Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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208 Grappler NOBARA

(……騒がれる前に全員潰す!!)

 

 予備部隊の指揮官。最後方に位置していた赤服のリリベルをノバラは顎を蹴り抜くことで、その意識を闇の中に追いやった。

 

 全員潰す、そう決意したのは良いが、全員殺すのと意識を失わせる、あるいは制圧するのとでは手間が違う。

 

 銃というのは、最も効率的な武器だ。

 

 銃口を向け、引金を引けば容易く人を殺せる。連射も可能だ。

 

 対して体術。刃物で人を殺すことは難しい。

 

 一瞬で人を殺すことはできたとしても、複数を瞬時に殺すことは難しい。

 達人クラスでも同じこと。

 間合いを詰める、振りかぶる、斬る。言葉にするだけでも銃よりもワンテンポ遅い。

 ……最も致命的なのは射程距離だ。

 一歩。その間合いを詰めるだけの時間で、銃は何なら殺せる。次の相手までの詰める時間、それは完全なロスである。

 

 加えて無視できない要素は技術である。

 時代劇や映画のように一刀の下に伏せるというのは理想論。素人がやれば、肉に遮られ、骨に弾かれる。致命の一撃を確実に為すならば、達人と言われる領域までの鍛錬が不可欠である。

 

 これだけで銃の利便性が理解できるだろう。

 

 指さえ動かせ、銃を支えられるならば、赤子であっても人を殺せる。銃はそういう武器だ。

 

 対して、体術。この原始的な武器で人を殺すことは容易ならざることである。

 

 人を一撃で殴り殺そうとすれば、相当の体重差あるいは速度が必要であろう。これを容易に埋めることができるとすれば、ある意味人間を辞めていると言っていい。

 殴殺、というのは、基本複数回やって初めて成り立ち、一撃で、というなら、殴られたことよりも、転倒した際に頭を打ち付けたときの当たり所の悪さが肝である。

 

 結論として、体術というのは、人殺しに向いていない。

 

 殺傷できる範囲は銃よりも刃物よりも短く、殺傷能力は著しく低い。

 

 唯一の利点は自分の身一つあれば構わない、という点か。

 

 いざというとき、身を守る術としては有用だが、銃器がそこかしこで手に入る時代、人を殺せるほどに体術を身に着けている者は稀だろう。

 

 リコリスは一応素手でも人を殺せるように仕込まれているものの、それを常から手段としている者は少ない……どころか、数えるほどしかいないだろう。

 

 そして、ノバラはその『数えるほど』の中の一人である。

 

 そんな彼女であっても、殺すならまだしも、残り四人を騒がれずに倒すのは難事だ。

 

 ……全員を倒すこと自体に問題はない。

 

 ……問題は時間だ。

 

 例えば、絞める。

 飛びついて、首を絞め、落とすまで最低でも一人当たり十秒ほど。

 

 例えば、殴る、蹴る。

 不意を討つならともかく、身構えた相手から意識を飛ばすの難しい。上手くいったとして、一人当たり五秒ほど。

 

 例えば、投げる。

 こちらも同じ。抵抗されれば、崩すのは難しい。同じく一人当たり五秒ほど。

 

 どんなに最短でも、最後の一人まで十五秒ある。

 

 一般人ならともかく、訓練されたリリベル相手にこの十五秒は大きい。

 

 応援はないにしろ、残りの本命が事態に気づき逃亡する時間は作られる可能性が高い。

 

 ならばどうするか?

 

 ……少々、ズルをする。

 

 ほんの一瞬でいい。

 

 死に身近な彼らはすぐに悟るだろう。

 

 ノバラの本性。人を殺すために生まれたとも言うべき業。

 

 ……『天敵(Natural Enemy)』の特性を。

 

◇◆◇

 

 リリベルたちはすぐにノバラを認識できなかった。

 

 完全に気配を消していたノバラの存在はそれほどに薄い。

 

 自分たちの隊長が仰け反って倒れていくのをどこかぼんやりと眺めていた。

 

 敵襲よりも先に病気を疑った。

 

 ……例えば、貧血や胃潰瘍。

 ストレス溜めてそうだったもんなぁ、と駆け寄ろうとする。

 

 そこで、初めて気づく。

 

 ……傍らに佇む少女の姿に。

 

 漆黒の髪に、人ならざるような黒く昏い瞳。華奢な体。翡翠色の制服。

 

 リコリスだ、と気づくまでの間に、死を告げる天使が顕れたのか、とさえ思った。

 

 刹那の瞬間、その美しさに目を奪われる。

 

 決して派手ではない。しかし、目に映れば、手を伸ばしたくなる、小さく、可憐な花。

 

 ……しかし、その花には茨があった。

 

 ぞわり、と怖気が肌を舐めた。

 

 重く、息苦しい感覚。

 汗でべったりと服が張り付く。

 足が重りを付けられたかのよう地に根を張る。

 

 ……動いてはいけない。目線を外してはいけない。

 ……息をしてもいけない。瞬きをしてもいけない。

 

 そのいずれかを破ったとき、死が降りかかる。

 

 ……墜落死。地上にいながら何階も上から突き落とされる浮遊感。頭の潰れる感触。

 感電死。バチバチと肉の焼け爆ぜる音と臭い。痺れるような感覚。

 溺死。藻掻いても藻掻いても水面は遠く、ずるずると水底へ引き摺られていく感覚。苦しさ。

 失血死。傷口から溢れ出ていく命の雫。徐々に冷たくなる体温……

 

 何故それを連想するかさえも理解できない。

 

 ただ目の前の存在が、最初に感じた通りの死を告げるモノだと理解する。

 

 ……そして、少女は動き出した。

 

◇◆◇

 

 カチリ、とスイッチを切り替える。

 

 ノバラという少女の人格を消し、ノバラという機能を立ち上げる。

 

 何処か戦闘という行為を楽しんでいる様子のある少女の印象すら消え失せる。

 無邪気に笑うことも、不器用に甘えることもない。

 

 ただただ人を殺すだけの機能、あるいは本能。

 

 一切の殺意もなく、害意もなく。

 それが自然であるかのように死を振りまく。

 

 強いて言うならば、食欲に近い。生きるための本能。生存するために必要な機能。

 

 だが、だからこそ、被捕食者にとっては絶望的に死を意識させる。

 

 天敵を前に身を竦ませる。

 

 その一瞬こそがノバラが求めていた時間。無防備な隙。

 

 ……口を開き、牙を突き立てようと動く、その直前。

 

 ノバラは理性的にスイッチを再び切り替えて動き出す。

 

 たん、と勢い良く足を踏み込み、体格上、下から突き上げるように鳩尾への左の肘撃ち。

 

「がはっ!」

 

 苦悶で下がった頭に、くるり、回りながら、コメカミに右の肘を撃ち付ける。

 

 とん、と踏み切り、相手の足を台にして、膝蹴りで顎を撃ち抜く。

 

「ぐぅ!?」

 

 倒れるまでの間に、その肩を両手で掴み、腕の力だけで飛び跳ね、次の相手に向かって行く。

 

 くる、と回りながら、反動を付け、踵落としで相手の脳天を蹴りつける。

 

「がっ!?」

 

 倒れたその頭を踏みつけながら、最後の一人に向かって、踏み切る。

 

 すれ違い様に取った、右手首を捻りつつ、その肘を押し上げ、後方に体勢を崩す。

 足を一歩引き、外側に腰を切るようにぶん回す。

 円の運動で斜め後ろ方向に重心が強制的にずらされた。

 相手の体が、ふわ、と宙に浮いた瞬間、肘を押していた右手を相手の喉元を押さえ、そのまま地面に叩きつける。

 

「ぐぶっ!」

 

 ぐしゃ、と地面の拉げる音がする。

 

 ぴくぴく、と痙攣している様子を確認し、死んでいないことを確認して、ノバラは、ほっ、と息をついた。

 

 やり過ぎてしまわないことこそが唯一の懸念。

 

 時間にして数秒。

 

 隙さえあれば、手練れのリリベルさえ物ともしないノバラの最も得意とする体術である。

 

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