Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……さぁて、面倒なのは片付いたし。私は私の本命と御対面と行こうかしらん? ……デイジー」
にぱ、と笑みを浮かべたノバラがスマホを立ち上げる。
ぴろん♪ という起動音とともに、欠伸をしながら、伸びをするデイジーの姿が映る。
『……なぁにぃ? ママぁ?』
やや眠そうな、とろん、とした甘えるような声でデイジーが答える。
はぁぁ、とノバラは深いため息をついた。
眠ることがないAIであるデイジーが眠そうにする理由はない。
間延びするような対応はその分、こちらに割くリソースが少ないという証左でもある。
それは、次世代演算機であるデイジーの本体をフルに使って何かをしている、ということ。
そして、それができるのは、ノバラ本人を除けば、一人しかいない。
「……ママ言うな! ……お仕事の時間よ。……
かつてデイジーの教育を行っていたとき、ノバラが仕込んだ最優先コード。それを口にすれば、デイジーは、にぃ、と笑みを作った。
『
いつもと違う畏まった言葉のやり取り。
それは、正常に最優先コードが認識された、ということ。
「……それじゃあ、私たちの
スマホ上でノバラがデイジーアプリを開く。
『二代目
ノバラが創作し、デイジーが監修する。この二人三脚が『二代目
そして、今回の標的は、今、目の前にあるリリベルの戦闘車両、その使用者のスマホ、更にはその先で接続されているリリベル本体側のサーバーだ。
ノバラが選択したソースコードをデイジーが最適化し、それを対象の中に流し込む。
「……これで、足は止まったでしょ? 中身は?」
『ばぁっちり頂きましたよ!』
「ちゃんと、首謀者も分かってる?」
『誰に物を言っているんですか、お母さん! そこの車に隠れているヤローのスマホの中身まで私のものですよぉ』
「おーけー、おーけー……それじゃあ、楽しい尋問と行こうじゃないの」
ノバラは今回のリリベル側の作戦で最も上役の者を探しに輸送用トラックに近づいていった。
◇◆◇
男はリリベル側の司令官補だ。
男には、上の都合で行われる非正規戦ということで、司令室を使えない以上、作戦参加中のリリベルの全体指揮を執るに当たって、直接リリベル所有のAIにアクセス権を持ち、前線での情報収集、そして、的確な戦力割り振りが求められていた。
敵には錦木千束がいる。
それはリークされた情報から分かっている。
かの英雄、錦木千束。銃弾を避けるなどという、噂もあるが、仮に本当だとしても問題のない人員を集めていた。
それに錦木千束の弱点は分かっている。
如何に銃弾を避けるとは言っても、それは初動を察する洞察力と、そのタイミングを逃さず避けるという身体能力にある。
だから、避け場のないほどの飽和射撃をすれば捉えられる。
そう考えての編成である。
だが、実際はどうだ?
相手が錦木千束と知らされていたのは、隊長格のみ。
現在、隊長格にある者は、過去、リリベルが錦木千束とやりあって、撃退されたことを知っている者も多い。
加えていえば、今回参集した隊長格は、実際にやり合い、そのプライドをズタズタにされている。
だからこそ、彼らは錦木千束相手に手加減をすることはない。
一方で、一般のリリベルは電波塔事件の英雄として、彼女を認知している。
その能力も、リリベルとの過去の対立も知らぬまま。
まぁ、近時、延空木事件では矛を交える寸前ではあったが、実際の交戦までは至っていない。さほどの問題はないだろうと考えていた。
だが、戦闘が開始されると同時。予想外の事態があった。
あちらから発砲してくれれば、彼らもすぐさま敵と認識して応戦したことだろうが、錦木千束は無防備にその身を晒した。
一般隊員もその容姿と制服から相手を、錦木千束だ、とは認識していたことだろう。
リコリス自体は別に敵ではない。その認識が彼らに一斉射撃を躊躇させた。
仮に、ここで斉射されれば、さしもの錦木千束も一瞬で事切れたことであろう。
だが、撃てたのは、隊長格の一人だけ。
それを見て、応戦して良いのだ、気づくまでの間、錦木千束には距離を詰められ、彼女の部下たちは、銃撃をしたり、こちらを動揺させるお土産を置いていった。
これらの動きで当初の予定が完全に崩された。
これでは、おそらくマズい、と北側部隊も侵攻を早め、使う予定の無かった予備部隊を投入することに決めた。
仕方ない、と割り切るしかない。ここで敗れる訳はいかない。
どうやらリコリスは殺す気はない、そのことは承知しているが、問題そこではない。
死闘を繰り広げたのではなく、加減された上で圧倒された、この結果は大層マズい。表向きの事情として、リリベル上層部は、リコリスより有用だと示したい。
だからこそ、派閥争いのある中、無理にでもこの作戦を行うほかなかった。
……そうしなければならなかったのだ。
男はみっともなく震えていた。
一瞬、体を通り過ぎていった殺気と呼ぶには生温い怖気。生理的嫌悪と呼ぶにもふさわしいそれを受けて、現場は大丈夫なのか、と現場をモニタリングする。
応援に出そうと思った予備部隊は、すぐ近くに倒れている。
……と言うことは敵はすぐそこにいると言うこと!
すぐに離脱すべきだと判断し、トラックのエンジンを掛けようとする。
だが、まるでエンジンが掛からない。
「何でだっ!? 何で!?」
何度もイグニッションキーを押す、だが、エンジンの掛かる気配すらない。
「……電子制御の車なんて使うからだよ。今、この車は私の手中。あなたを寝かせて、後でゆ~っくり尋問してもいいんだけど……私も忙しいんでね。聞きたいことを教えてくれるなら……そうね。生かしておいてもいいわ」
その声を聞いて、ぞっ、とした。
先ほどまで誰もいなかった車内に、焦っていたとは言え、男に全く悟らせずに、ノバラが助手席に座っていた。
「……お前、リコリスだろう!? 知っているぞ! 今回の任務では殺しは厳禁のハズだろう!」
怒りと恐怖の狭間で叫ぶ男の様子を見て、ノバラは、くすくす、と妖艶な笑みを浮かべる。
「ええ、リリベルはね? 彼らはこう言っちゃ何だけど、仕事は選べないし。選べない仕事で殺しちゃうのは可哀そうでしょう? でも、あなたは、あなたたちは違う。あなたたちは明確な悪意を持って、私たちを襲撃させたハズよ? 違うかしら? だったら、殺されたって文句はないでしょう?」
「……っ! ……何が聞きたい……?」
ぎりっ、と男は歯を食いしばり、交渉のテーブルに乗る振りをした。
(……そうだ。生きて戻れれば、まだ再起の目はある)
派閥争いの中に隠された本当の理由が露見されなければ。
「……今回のリリベル側の本当の作戦目標」
男の考えを読み取ったかのように、にぃ、と笑ったノバラに男は顔を青ざめさせた。
(いや!? ブラフだ! 上層部のものでも一部しか知らないハズ! それを、こんな小娘が知っている訳が……)
「……言えないならいいわ。私が答えてあげる。史上最強最悪のリリベル。『御形ハジメ』の身柄……というよりは、その遺伝情報と、宇宙一可愛いくて素敵で、史上最強のリコリス。『錦木千束』を母体として確保すること。おまけで、可愛い可愛い私の妹。『伊達すみれ』も同じように確保すること。……違うかしら?」