Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「あー……くそっ。ノバラのヤツに気を遣わせちまったなぁ……」
運転席からすみれの座っているシートへ移動した楓は、はぁ、と溜息をついた。
すみれは、ノバラが気を遣った、という意味が分からず、こてん、と首を捻る。
そんな様子のすみれを楓は、ふ、と柔らかい微笑みを浮かべながら、ゆっくりと髪を撫でる。
(……んぅ……しれぇに撫でられるのも好き……)
ほわ、と目を細めて、すみれは楓の手を受け入れる。
優しく髪を梳いていくような撫で方。
ノバラも楓もそのときの気分によって撫で方は違うが、どちらもすごく落ち着く……まぁ、ノバラに撫でられれば、どきどきしていることも多いのだが。
「……さぁて、私はノバラと違って回りくどいことを言うのは苦手だからそのまま言うぞ。すみれ、心して聞きなさい」
珍しく真剣な表情をした楓が、すみれの両肩に手を置いた。
「う、うん? まぁ、すみれ、バカだし、難しいこと言われても分からないからその方がいいけど……」
一体何だろう、と首を傾げる。
正直、すみれには楓がそんなに真剣な表情をする事柄に、全く以て心当たりがない。
……いや、あるとすれば、ノバラと粘膜接触的なちゅうをしたことくらいか。
さすがに昨日の今日でバレている訳もないし、楓のことだから、バレたところで、特に驚きもせず、笑って終わりだろうとも思っているのだが……。
「……私がお前の母親で、ソイツがお前の父親だ」
…………。
………………すみれには言っている意味がよく分からなかった。
だから、にこっ、と笑って小首を傾げた。
話が良く分からなかったときは、可愛らしくにっこり笑って首を傾げれば、大体の人は噛み砕いて説明し直してくれる、というノバラ流処世術の一つである。すみれが世話になることの多い技だ。
その様子に、やれやれ、と楓も苦笑する。
「……そうだな、前置きも何もなしにそんなこと言われても困惑するだけだな。えー、じゃあ、まず子どもの作り方から……」
「そうじゃないよ!? さすがのすみれだって、そこまで子どもじゃないよ!?」
指で丸を作って、そこに人差し指を入れて説明しようとしている楓にすみれは顔を赤くして叫んだ。
「えー……じゃあ、どっから説明すっかなぁ? 事故とは言え、ヤることヤったからお前が出来たとしか言えないんだが……」
「やめてぇ!? 身近にいる人の生々しい話なんか聞きたくないよ!?」
すみれが耳を塞いで赤い顔をしながら、ぶんぶん、と首を振る。ちょっと涙目だ。
「まぁ、聞け。冗談でも嘘でもない、マジな話だ。そして、今日、この日を除いて、私らが三人揃う機会はまず無い。だからこそ、ノバラは席を外したんだよ」
「……うん……じゃあ、ホントなんだね……? しれぇが、すみれのお母さんで、この人がお父さん……」
すみれが、うるっ、と目を潤ませて、二人を見る。
「ああ! 私がママだよ!!」
すみれが目に溜めている様子を見た楓は、両手を広げて微笑んだ。
「…………」
……だが、すみれは、すん、と表情を失った。
「……あれぇ!? 何か反応薄くない!?」
もっと、感動の御対面的な何かがあるだろう、と思っていた楓は肩透かしを食らったような感じである。
しかし、すみれにも言い分がある。
楓の様子から察するに、何時カミングアウトするべきか迷っていることは伺われるが、ノバラに保護されてからずっと一緒にいたのだ。他にも言えるタイミングはあっただろう。
確かに楓はすみれの面倒を見てくれてはいたし、実際、母親のように思っていた。
だからこそ、何で今更そんなことを言うのか、という不満。
……あと、おそらく照れているのだろうが、真面目な場面で茶化されると、感動できるものも感動できない。
……ぷっくぅ、とすみれは盛大に頬を膨らませる。
不貞腐れた様子を見せて、楓の顔を見ようとしないが、ぽてん、と楓に寄り掛かる。
……もっと、撫でろ、と言う催促だろう、と楓は考え、再び優しく頭を撫でていく。
(……姉妹揃って不器用な甘え方だな。……いや、愛情表現が不器用なのは私も同じか)
ノバラがすみれを保護したとき。
一目見て、すみれが、自分の産んだ『すみれ』だと思った。
産んでから一度も抱くこともできなかった実の娘がそこにいる。泣き出したい気持ちもあった。だが、それをぐっと堪えた。
自分から取り上げられた娘とは、もう二度と会うことはできないだろうと思っていた。
だから、様々なショックから立ち直れていなかった楓は、取り上げられた娘の消息を調べることはしなかった。当時の楓では、調べられる内容も限定的であった可能性は高いが、意欲的に探すこともできなかった。
無理矢理に作らされた我が子。
微かな恋心を抱いて相手であったのはまだ幸いだったかもしれない。
しかし、その行為自体は互いにとって最悪で、お互いの心に傷を残した。
妊娠が分かった楓は、隠されるようにして過ごすこととなったし、その間、相手方である御形にも会うことはできなかった。十代の少女にはあまりにもショックすぎる出来事で、心はどんどん冷たくなっていった。お腹が膨らみ始めた頃は、全く以て我が子を愛せる自信が無かった。いや、むしろ、憎んでさえいた。
だが、超音波検査で我が子のシルエットを見て、その鼓動を聞いて、お腹を蹴るようになって初めて、自分の子が待ち遠しいと思えるようになった。
……そう。なっていたのに無理矢理に取り上げられたのだ。
あまりのショックと絶望。茫然とした楓には、娘を探す勇気も気力もなかったのだ。
それが、忘れていた頃の突然の再会である。
表面上こそ取り繕ったが、内心は相当困惑していた。
しかし、秘密裏にDNA検査を行い、すみれの過去をどうにか調べ上げ、裏付けを取り付けた頃には、母親
言い訳するとすれば、同じ年頃のノバラに対しても、体術の師でありながらも、まるで母親のように接していたため、ノバラをすみれの代替にしていたのではないか、という罪悪感もあって話すことができなかったという事情もある。
……もっとも、今日のノバラの反応を見る限り、ずっと前から、少なくとも楓がすみれの母親であろう、と気づいていた様子ではあったが。
(やっとだ……やっと……ちゃんと、母親として抱きしめることができる……)
万感の想いを込めて、楓はすみれを、ぎゅうっ、と抱きしめた。
……その頬には一滴。涙が零れていた。