Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
御形に見せつけるように、すみれをきつく抱きしめていた楓は、にやり、と笑みを浮かべる。
「…………」
御形が何か言いたげに、楓を睨むものの、楓は、にやにや笑いで勿体つける。
(……そりゃ、私だって母親らしいことのほとんどはノバラがやってくれたようなもんだが、コイツ、私以上に何もしてないだろ? そんなヤツ知らん……とも言えんか……はぁ……一応は父親だしなぁ……)
御形としても、黙っているよう言われているのに余計なことを言って、楓に機嫌を損ねられたら、せっかく娘に会えたのに、会話すらできないまま終わりかねないと考えて、少し苛立ちながらも、律儀に沈黙を保っているのである。
「……ああ! スマンスマン! 『私が、よし、と言わない限りは、お口にチャックだ』って、言ったまんまだったな、ハジメも喋っていいぞー。あと、お前にゃ手錠と意味ないだろう? 別に外してもいいぞ? 一応予備もあるしな」
「ちょ!? しれぇ!?」
楓の言葉に、一応、護送といゆ体裁から勝手に外すのは、と思ったすみれが若干慌てる。
しかし、ぐしゃ、ぶち、と何ら力んだ様子すらなく、御形は戒具を破壊した。
「……ふむ。やはり、こんなものか。確かに意味はない」
御形は破壊した手錠と捕縄を隣の席に投げ捨てた。
ちらりとすみれは、その壊れた手錠と捕縄を見る。
簡単に壊されることができないように作られた手錠は、無残にも鍵のあるところを毟り取られ、ワイヤーの入っている捕縄も、腰の位置で止めていた捕縄、を易々と引きちぎっている。
……これは確かに、すみれでもできる芸当ではある。だとすれば、この人の遺伝で自分の筋肉の付き方に異常があるのかもしれない、と頭の隅で考えていた。
「……一生会うことができないと思っていた愛しい娘だ。今日会うことができて、嬉しく思う。私が君の遺伝子上の父親、御形ハジメだ」
「……あ、う、うん……わ、分かりました」
すみはそう答えて楓を盾にするようにして退避する。
元来、人見知りのすみれである。いきなり父親だと言われても、楓のカミングアウト以上に現実感がない。
それでもやはり父親というものには興味があるのか、そちらの方を恐る恐る覗いている。
「んー? 何だすみれ? お父さんだぞー? 別に甘えてきてもいいんだぞー?」
「……別にいい。その人……敵、なんでしょ?」
楓の言葉に、御形をじっと見ていた楓はそう答えた。
『敵』。これは何の気なしに使った言葉だが、確かに『敵』というほかなかった。
現テロリスト、という立場。
死刑確定者、という立場。
楓の因縁の相手、という立場
つまりは、リコリスとして、『敵』と見る以外あり得ないのである。
そして、『敵』というのは、倒すべき相手であり、対話をする相手ではない。
……仮にそれが父親であったとしても。
楓も生真面目というか、そう育てられてきたすみれがそう思ってしまうのは仕方ないと思うものの、今生の別れとなる可能性が高い御形には手向けとして、もう少し会話をさせてやりたいという仏心もある。
「はいはい。そう言うのは取り合えず、今はいいから、お父さんと話してあげなー?」
「う、うん……」
すみれは不承不承といった感じで頷く。
「……あの……お父さん……?」
おどおどすみれは、少しだけ潤ませた瞳で御形を見上げる。
「あと、しれぇ……お母さんも……どうして、私たちは一緒にいられなかったの?」
これは素朴なすみれの疑問だった。
あまり、望まれて生まれてきたのではないことは確かだろう。
だが、だからと言って、引き離されて育てられる理由もない。
そこが一番の疑問である。
「ま、当時の私はただの一リコリスにすぎないしね……アンタの方が知ってるんじゃないの?」
「……あのなカエデ。当時俺たちは
「そうだな……私も同意見だ。……改めて考えてもクソだな」
ちっ、と楓が舌打ちすると、御形も深く頷き、この二人が、どれだけDA上層部に不満を持っているのか分かるというものだ。
「……私としては、引退の予定があったアンタが育てているのかも、と考えはしたが……まぁ、当時の私の精神状態では、すみれを探すところまでは頭が回らなかったなぁ」
「……俺も子どもは母親といる方が自然だろうと考えていたから、お前の方が育てていると思っていたのだが……気になって調べてみれば、行方不明ときた。そりゃあ、不審も募って、テロリストにだって与するさ」
「簡単にまとめやがって……私はアンタの顔がニュースで流れていたのを見て、初めて事態を把握したよ。……すみれには悪いが、当時のことは、私にとっては忘れたい出来事だったからな……。『きっと何処かで幸せに……』、なんて甘い考えだった。……つくづく思い知らされたよ。私たちがいるのはそういう世界だってな!」
御形も楓も過去のことを振り返って怒りを露わにしている。
(……無理矢理に、かぁ……。今の二人を見る限り、当時でも仲が悪い訳じゃなかったんだろうけど……当時のしれぇって十四、十五くらいかな? そりゃあ、ショックだったってことは分かるし、すみれのことまで気が回らなかったっていうのも頷ける……。この人にしたって、当時は今の千束ちゃんと同じくらい? 隊長クラスのリリベルって言ったって、上層部に伝手がなければ、探すことは難しい……だから、この二人は別に悪くないんだよね……)
二人とも、すみれも含めれば三人ともが被害者である。
故に、すみれは二人を責めるつもりはない。
それに……。
(……どちらかに育てられていたとしたら、すみれはノバラちゃんと会えなかった……)
確かに、客観的に見れば、すみれの生い立ちは不幸と思えるかもしれない。
しかし、すみれ本人は特に不幸と思ったことがない。
ノバラに保護される以前の記憶はほとんどないが、それ以降はノバラが隣にいたし、楓も良く面倒を見てくれていた。体質的な不便さはあるものの、両親がいないということに対する寂しさもなければ恋しさもなかった。
すみれの世界は狭い。
ノバラと楓。その外には、川辺、デイジー。札幌支部と仙台支部のエクストラの隊員。最近では、千束、たきななどの喫茶リコリコの面々。せり、すずな、すももという新しい同僚。フキ、サクラ、エリカ、ヒバナなどの本部の見知ったリコリス。
人間関係はその程度で、狭いが故にほとんど悪意に晒されることもなく、満たされた生活をしている。不幸どころか、幸せだったと言っても良いくらいだ。
「……うん。二人が少しでもすみれを気にかけてくれていたのが分かれば、すみれは十分だよ。だって、すみれは今でも十分幸せだもん!」
すみれは、えへぇ、と笑顔を浮かべる。
その笑顔に二人は毒気を抜かれたように、互いに目を合わせて苦笑した。
「……あ、でも? ノバラちゃんに保護されるまでの十年間くらい、すみれが何をしていたか、
すみれも把握できていない、空白の十年間に何があったのは気になるところではある。
「ああ、なるほど、その問題があったか……こっちは、当時の資料解析の結果から、すみれの場合は、保護された施設……まぁ、途中で動いている可能性もあるが、そいつらが実験に使っていたらしいことは分かっている。連中に渡った経緯もな、ノバラと同じ理由だよ」