Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……識別、ウォールナット、です」
オペレーターの女性は呆然とした声で、そう伝えながらも、指示通り現状の把握を行う。
各支部とのリンクの状況は限定的ではあるものの、生きてはいた。
「……辛うじて、予備は生きているようですが……こ、こんなの、人間業じゃない……」
ラジアータクラスの次世代AIが組み込まれたシステムを同時に複数個所ハッキングする、という離れ業はにわかには信じ難い。
だが、事実、各支部が予備システムに切り替わっていることは間違いない。
死んだ、と思われたウォールナットが生きていた。
これはこれまでもあったこと。ウォールナットは何度か死んだことになったのにも関わらず、忘れた頃には再び世間を賑わす。
おそらくは、技術を継承した者がウォールナットを名乗っているのだろう、とは思われていた。
悪名高い『
『……うふふふ。……あははは! あーっはっはっはぁ!!』
合成された音声。
だが、それは不思議と少女を連想させた。
……それもとびきり悪戯好きで、性格の悪そうな……。
『DAの皆さぁん、おっはようございまぁす!! 朝早くからお勤め、ご苦労様どぅぇすっ!! そんなあなたたちに朗報でぇす! あと、今日は仕事できませぇん! だから、今日はもう家に帰って家族サービスでもするといいよ! あははは!』
多くの者は困惑している様子であったが、楠木は心当たりがありすぎて頭が痛くなった。
……他者を嘲り笑うような言動。ふざけているようで大真面目。
「…………何者だ、貴様?」
楠木は、一応、問う。
……答えは分かっているが。
『何者って、何に見えているのかな? ボクがウォールナット以外に見えるとでも? ……残っ念っ! 死んでませぇん! ボクは死にましぇーん! ウォールナットは永遠に不滅ですっ! うっふふふふ!』
(……ああ、うん……完全にデイジーだな……)
DA仙台支部にデイジーという名のラジアータ型AIが配備されていることは知っている者も多いが、彼女が対話さえ可能である人格(少なくともそう思えるもの)を有していることを知る者は少ない。
ハード部分はともかく、その根幹システムの開発は極秘裏に行われていたが故に、『デイジー』が三代目『
そんな彼女がウォールナットを名乗るのは、当然ながら偽装ではあるだろうが、その名を使ったのは、死んだことになっている、という使い勝手の良さとある種のリスペクトでもあるのだろう。
(……まさか、本当に延空木事件のときからか……? だが、手口が違い過ぎる……やはり、別にホンモノがいる、ということか? まぁ、いい。騙されてやろうじゃないか。公的にはそういうことにしておいてやる)
「……老人がまた何の用だ?」
はぁ、とため息をつきながら、楠木が問う。
『えぇ!? 酷いなぁ……ボクはぴっちぴちの十八歳! 永遠の十八歳だよ! ……羨ましい? ねぇねぇ、おばさん、羨ましい?』
「要はガキということだろう? 年を取る楽しみも分からないと見える」
『うふふ! 負け惜しみ? それって、負け惜しみかなぁ? まぁ、どうでもいいけど? あぁ、何の用かって聞かれてるんだっけ? 用なんてない
おそらく駄洒落のつもりなのだろうが、多くの者がハテナ顔である。楠木もまったく面白くない。
「……なら、お引き取り願おうか? こちらはガキに付き合うほど暇じゃない」
『暇なら作ってあげたでしょう? ボクに付き合ってよ!』
「……用もないのにか?」
『遊ぶってそういうことでしょう? 何ならもう少し楽しくしてあげるからさ?』
そう言うと、メインモニターが切り替わり、画面に映ったのは、千束とたきなである。それだけで大体楠木は察した。
「……何のつもりだ?」
……予感はあった。
楓の計画を聞いたときから、どこかのタイミングでこうなるであろうことは何となく分かっていた。
DAを潰そうとするなら、その最強戦力をどこかのタイミングで叩かなければならない。
そして、それを相手にできる者は限られている。
『最っ高の見せ物でしょう? 史上最強のリコリスとその可愛い相棒。
電波塔事件の『
延空木事件で『英雄』を支える翼となった、『
これに対し。
裏切者を葬るという汚れ仕事をここ十年専属に従事させられている、史上最もリコリスを殺したリコリス、『
最強最悪のリリベル、御形ハジメと初代『
ある意味分かり易いベビーフェイスとヒールという構図。
この四名がこれから戦うことになる、とこの自称ウォールナットは言っているのだ。
「……悪趣味なことだ」
楠木としてはそういうほかない。
扱いづらいところもあるが千束もたきなも楠木にとっては優秀な部下であり、ノバラとすみれもまた可愛らしい姪のような存在である。
そんな彼女たちが殺しあう姿など、見たくなかった。
『そうだね? ボクだってこんなのは趣味じゃない。……これを趣味にしているのは、ほら』
再び画面が切り替わり、会議室のような部屋が映し出される。
『……キミたちの親玉だよ?』
◇◆◇
「デイジー、ちゃんと、ウォールナットに偽装できた?」
クルミが仕掛けたタイミングでラジアータ以外のシステムにデイジーが仕掛けた。そして、ウォールナットがラジアータを落とした瞬間に、デイジーが介入した。ウォールナットとして。
今後ウォールナットは決して表に出てくることがないデイジーが本人だと認識されることになるだろう。そうなるように仕掛けたのだから。
『誰に物を言っているんですか、お母さん! デイジーはできる子ですよ!』
えへん、とスマホ内でデイジーのちびキャラが胸を張る。その様子にノバラは、くすくす、と笑う。
「そう……ならあれも?」
上層部が、今回、千束とたきな、ノバラとすみれの各ペアが戦闘状態に入る、ということを見せ物にするらしいということは分かっていた。
特にこれまでも、大きな事件の際には、まるで娯楽のように楽しんでいたというのだから、上層部の腐敗具合がよくわかる。
『いひひ☆ 全支部にライブ中継やってますよ、こっちも上層部も』
「そう。結構なことね。もしかして、賭けもやってる?」
『嫌だなぁ、ノバラ。腐ってるんだからやってるに決まってでしょ?』
「ふふ……これでいつでも引きずりおろせるわ。あと、人を見せ物にしている代価はきちんと頂かなくちゃねぇ」
にやぁ、とノバラは悪い笑みを浮かべた。