Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
いつもの時間に見ている人は、前話飛ばさないようにね。
「……んくっ……んくっ……ぷっはぁ~! ……かぁ~っ! 一仕事終わった後の一杯は最高だね!」
傷口を洗い流すため、リリベルたちのバックパックから接収したミネラルウォーターの余りの一本を、千束は腰に手を当てながら一気飲みした。
由緒正しいお風呂上りの牛乳の飲み方だが、口から出た言葉は、サラリーマンのビールを飲んだ後のそれである。どことなくおっさん臭い。
そんな姿を苦笑しながらも、どこか、ぽぅっ、とした様子でたきなは見つめながら、自らもミネラルウォーターのボトルに口をつけた。
「……んっ……」
きゅぽ、と飲み口から口を離し、口の中にある水を、ごくり、と飲み込む。
集中している間は気づかなかったが、思っていた以上に喉が渇いていたようで、喉を通って行った水が若干ひりつく程であった。
ぺろっ、とたきなは、唇についた水滴を舐め取る。
……ふと、千束が顔を赤くしながら、視線を送ってきていることに気づく。
「……どうしました、千束?」
「あ!? いや!? 何でも!?」
(たきなの舌がえっちぃと思ってたとか言えない!)
もしかして、私の性欲強過ぎ!? と考え、千束は更に顔を赤くする。
先ほどまで、戦闘していたから、ということもあるし、リリベルを制圧し、ついでに応急処置も終え、帰っている様子を見送って、ホッとしたというのもある。
……こんなときに、と思わないでもないが。
……千束は非常にムラムラしていた。
俗に、極限状態にあると人は、子孫を残そうと性欲が高まるという。
それと似ているのかもしれない。……子孫云々は全く関係ないが。
戦闘という極度の緊張感から解放され、安堵したところに、愛する相棒の無防備な姿。
これで外では無かったら。
無理矢理にでも一緒に部屋に入って、今日一日の予定を立てるまでもなく、やることが決まってしまっていただろう。
そんな邪な気持ちが表に出ていたからなのか、たきなは、くすり、悪戯っぽい笑みを浮かべ、千束の方に歩み寄ろうとするが……。
……何かに気づいたように、足を止めた。
戦闘直後である。汗で制服が濡れている。ついでに、すん、と鼻を鳴らしてみれば、やっぱり、ちょっと汗臭い。
乙女心的に、たきなはこんな状態で千束と抱き合うのはちょっと遠慮願いたかった。
「あ、あれ? た、たきな?」
千束は、完全にたきなもその気になったのかと思い、抱きしめる体勢ばっちりだったのだが……。
たきなは、くるり、と振り向いて、千束から距離を取ろうとした。
「ちょーっ!? ちょっと、たきなさん!? 今の完全に抱き合う流れだったでしょ!?」
肩透かしを食らった形の千束は不満気に唇を尖らせる。
「……いえ、今の私、ちょっと汗臭いですし……それに、よくよく考えてみれば……」
ちらり、とたきなは上空を見上げる。
クルミのドローンは未だ健在だ。
つまりは、見られている、ということ。
クルミだけならまだいいが……。
(……店長、ミズキさんにも見られている可能性がある)
加えて言えば、DA側が何の観測も行っていないとは思えない。
本当の最悪は、延空木事件のように全国ネットで晒されている可能性がある。
……用心するに越したことはない。イチャイチャしたいのは山々だが。
「あ、そっか……見られちゃうかもしれないんだねぇ……で、でも、ちょっとだけなら!」
えぃ、と千束がたきなを追いかけてその右腕に抱き着く。
「ちょっと、千束!?」
「……すんすん……たきな、ちょっと汗くさぁい……でも、好き!」
「……ノバラの気持ちがちょっとだけ分かりました。あんまり嬉しくありませんね。……でも」
少しだけ不機嫌そうな顔をしながら、たきなはため息をつく。
そして、お返しとばかりに、千束の体臭を、すぅぅ、と吸い込む。
……汗の匂い、なのだろう。だが、普段よりもずっと濃く、甘く、心地良い香り。
「……私も、千束の匂いは大好きです」
にこ、と微笑むと、千束は慌てたようにたきなを離す。
「あれ!? 私も、もしかして汗臭い!?」
「むしろ、私より動いていた千束の方が汗臭いかと」
「なし! さっきのなし! たきな、汗の匂いなんて忘れて!?」
「……ふふっ、忘れてあげません。千束との思い出は何一つ」
くすり、とたきなが満面の笑みを浮かべる。
「全部、大切な宝物ですから」
そんなたきなの様子を見て、千束は口元に手を当てると恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。
……が。
(あぁぁぁぁぁ!? 私の恋人が可愛すぎるぅ!? ちゅうしたい! 今すぐ抱きしめて、ちゅうしたい! ぐっちょぐちょのねちっこいちゅうしてあげたい! いや、むしろ、※※※※を※※※※※て、※※※したい!! でも、我慢しなきゃ……! え、でも、待って! 何コレ!? 拷問!? 新手の焦らしプレイ!? くぅぁぁぁぁっ!? 早くたきなとおうち帰りたぁい!! たきなとおうちで※※※したぁい!)
……などと、頭の中ではピンク色の考えで染まっていたことにたきなは気づかなかった。
くねくね、と体を捩らせている千束を不思議な生き物で見るような目で、たきなは観察しながら、考えを巡らせる。
(……これで問題は片付いたハズです。……でも、どうしてでしょう? 嫌な予感が消えません……)
事ここに至ったのなら、後は対象を送り届けるだけ……それだけのことに何か起こる訳もない。
たきなの理性的な部分はそう訴えるが、本能的な部分は未だに警鐘を鳴らしたままだ。
……気を抜いてなどいられない。
「……千束、早く車のところに戻りましょう」
「……うん? たきなは心配性だなぁ……あっちにはすみれも、楓さんもいるんだから、心配な……」
『い』、と千束が口に出す前に、ずどぉん、と重い銃声が響き渡る。
「クルミ! 状況は!? ……クルミ!?」
スマホの画面を確認して、たきなは少しの間固まった。
クルミが随時更新していた戦況を示すマップはフリーズしており、通話状態にあったハズのクルミも応答しない。
空では、まだドローンが飛んでいるので、クルミの身に何かあった、という訳ではないだろうが。
銃声とクルミの応答がなくなったこのタイミング。
偶然ではなく、意図的なものだと分かる。
(銃声は一発だけ……交戦中ではなく、目的を遂げたということでしょうか? それに、あのクルミを抜いて、システムをフリーズ? 普通の状況でないことは間違いないです。それにこの図ったようなタイミングは……狙ってやった、ということでしょうか? ……いずれにしろ、マズイ状況に変わりないですね……)
「千束、急ぎましょう!」
「そうだね!」
千束とたきなは、駐車場に向かって駆け出した。
ちり、とたきな胸を焦がすような胸騒ぎが、事態はまだ続いている、と訴えかけ続けていた。