Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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223 Even so I still believe

 目の前で、たきなと楓が戦闘を始めた。

 千束は呆気にとられて、しばし、固まっていたが、漸く事態を把握した。

 

「たきな! 気を付けて! その人は元ファーストだよ!」

 

 本人が言わないことをべらべらと喋る訳にも行くまい、と千束はたきなにその事実を語ったことはなかった。無論、ノバラに聞いている可能性もあるが。

 

 千束は楓とともに仕事をしたことはない。だが、その戦闘能力は伝え聞いていた。

 

 最も得意としているのは、電子戦。しかし、体術、射撃術ともに隙がない。

 小柄な体ながら、大口径の銃を自在に操り、大の大人でさえ投げ飛ばす技量。

 

 ……そして、何より、ノバラに体術の基礎を仕込んだのは楓だ。

 

 それを考えれば、その戦闘能力が察せられるというものである。

 

「……この人が強いっていうことは最初に会ったときから分かっています」

 

 たきなは、楓が元ファーストと聞いて特に驚きはなかった。

 

 元々、違和感があったのだ。

 司令官だ、と紹介されたから、そういうものだと追及はしなかったが、あの握った手は、固く厚くなった、修練を重ねたものだった。

 

 現役時代だけのものではあるまい。

 今なお、修練を欠かすことがない、という証でもある。

 

 たきなが駆け寄りながら、銃を放つと、やはり、ぬるり、という感じで避けられる。

 

 ……しかし、銃撃は囮だ。

 

 先の動きから、銃撃は、千束とノバラのように避けられる可能性が高いと分かっていた。

 

 近寄って蹴り飛ばした方が有効、と判断したたきなの判断はあながち間違いではない。

 

 ぴゅ、と風を切って、たきなが蹴りを放つ。

 

 ……放った、はずであった。

 

(……は?)

 

 気づいた瞬間には、たきなは宙を舞っていた。

 

 投げられたのだ、と認識すると同時、体を捻りつつ、腹筋で無理やり体を丸めて、何とか足で着地をした。

 

 楓はたきなが蹴りを放ったときから見ても、ほとんど位置が変わっておらず、銃も右手に持ったまま。

 

 ノバラの吸込むように投げるのともまた違う。

 

(……私の蹴りを反らして、足を払いつつ、押し投げた、という感じでしょうか)

 

 どうやって投げられたのか、を考えているたきなは自然、楓を睨んでいた。

 

 そんなたきなを楓は面白そうに見ている。

 

「私が元ファーストだというのは、別に隠していた訳ではないが、たきなは知らなかったか。千束やフキは私と現役時代が被っているし、先生もミズキも知っていることだから、言うまでもないと思って忘れていたな……」

「……随分余裕ですね」

「お前たち二人ぐらい同時に相手できなければ、ウチの司令官なんてやってられんよ。揃いも揃って問題児だからなぁ、ウチの娘たちは……はぁ……」

 

 若干、疲れた顔の楓を見れば、日頃の苦労が偲ばれた。

 

 だからと言って、たきなは同情するつもりもないが。

 

 銃で、ぽんぽん、と肩を叩いて肩凝りを解している楓の様子は、確かにアラサーという年齢を感じさせたが、そんな隙だらけの様子に隙が見えない。

 現役を退き、身体能力的にも下り坂に入っているはずの彼女ではあるが、現役リコリスと比べても遜色ない……いや、それ以上の実力だと分からせられる。

 

 たきなは楓を警戒したまま、銃を構えて動けないでいたが、千束は地面にぺたんと座ったまま、悲しそうに楓を見ていた。

 

「……どうしてですか、楓さん……」

「ん~……?」

「何でこんなことしてるんですか!? あなたは、ノバラにとっても、私にとっても恩人です……私がリコリスになって、フキもそうなって……一人きりになって処分されてもおかしくなかったあの子を拾い上げたのあなたでしょう!?」

「ふむ……?」

 

 千束の言葉に、楓は当時のことを思い出す。

 

◇◆◇

 

 ノバラは五歳か六歳になるか、という年頃。

 千束とフキという姉二人を奪われた形になったノバラは、表面上はいつもどおりの不愛想な子供ではあったが、行動は少々攻撃的になっていた。

 苛立ち、怒り……そういった感情は表には表れないものの、戦闘訓練では少々力みがちになり、教官たちの手を焼かせていた。

 

 ……引退を考えていた楓がノバラと出会ったのは偶然だ。

 

 現役リコリスとして、後輩たちを指導するため、教官役としてたまたま楓が派遣された。

 

 訓練生とは言え、戦闘訓練ではあまりの生温さに頭を抱えた楓であったが、その中に一人だけ、楓のお眼鏡に適った者がいた。それがノバラである。

 

 肉体的なポテンシャルは高くはない。小柄で華奢な体は、同年代の中で、痩せっぽち、と言っても過言ではなかった。

 

 しかし、感情のない黒く昏い瞳、そして、戦闘を組み立てる巧みさ、それを支える頭の良さ。

 

 自分が、自分のファーストとしての全てを伝えるとしたら、この子しかいない、と不思議とそう思えた。

 

 自分の娘と同じ年頃だ、と気づいたのは、ノバラをスカウトした後の話。

 

 だが、楓にとって、ノバラは自分の優秀な弟子であると同時に、手塩に掛けた最愛の娘でもある。

 

◇◆◇

 

「そうだなぁ……まずは、誤解を解くとしようか? 別に私は裏切ってなどいない。強いて言うなら、内部告発、というヤツだよ。少々、武力は使うがね」

「……そういうのをクーデターと言うんですよ」

 

 たきなの呆れたような声に、楓は、くつくつ、と笑う。

 

「私は別に権力になんぞ興味はない。やるにしてもそういう面倒臭いことは楠木先輩当たりに押し付けるしな。……だが、今の上の連中は気に入らない。だから潰す。それだけの大義名分はあるし、証拠も揃えた。今のヤツらを殺したところで、私は職務を全うしているだけだし、誰に憚ることもない。ただ、まぁ、お前たち二人には、私がハジメを殺したことを知られているし、少々都合が悪い。それにそもそも、お前たち二人は自分たちの立ち位置を理解しているか? 特に、千束」

「……私?」

 

 名指しされた千束は、きょとん、とした顔をする。

 

「『殺しの才能』に目を付けたのはアラン機関であって、DAじゃない。だと言うのに、ここぞ、という場面では、上層部は絶対にお前を投入しようとする。捻じ込んでくる。史上最強、歴代最強、『英雄』。確かにお前は強い……が、だからと言って、お前にこだわる必要性はないハズだ。何故自分が、とは考えなかったか?」

 

 そう言われて、千束はじっと考える。

 

『英雄』。そう呼ばれること自体が恥ずかしいが、評価されていることは嬉しい。

 だが、例えば作戦を遂行するに当たり、楠木が本当に千束を使おうとしていた真意を千束は知らない。

 しかし、客観的に見るのなら、殺しが前提のリコリスにおいて、殺さず、を信条としている千束を積極的に作戦に投入する理由はない。それこそ、殺さず生け捕り、という作戦なら分からなくはないが。

 

 楠木は千束の強さを信頼してはいても、リコリスとして信用はしていないだろう。

 

 だが、上層部が、千束が戦っているところを、殺しをするところを見たがっているとしたらどうだ?

 

「……上層部には、アラン機関が関わっている?」

「そういうことだな。我々のスポンサーの一人だ。吉松はそのエージェントの一人に過ぎない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 千束の心臓に、ずき、と痛みが走った。

 

 楓の言葉は、あの延空木事件で、吉松が言っていた言葉が真実だと言う。

 

 だとするなら、今、この胸の中にある心臓は一体……何なのだ!

 

「……うぷっ……!」

 

 千束は吐き気を堪えながら、涙を流す。

 

 逃げられた、と聞いていたが……楽観的に考えなければ、殺して奪った、と考える方が自然だった。

 

「はは! 何だ知らなかったのか? だが、そういう意味ではお前もノバラと同じ人体実験の被害者だろう? 上層部に、DAに恨みはないのか!?」

 

 ぎり、と千束は歯ぎしりをした。

 

 恨みがないとは言わないが、感謝もしている。少なくとも自分が生きているのは、DAがあってこそのもの。辛いと感じることもあるが、DAを潰したい、などとは考えられなかった。

 

「……それでも……それでも私は……!」

 

 千束は立ち上がって、楓に銃を向けた。

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