Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
すみれは千束を気に入っている。
ダイスキと言ってもいい。……順位は、ノバラ、楓に次ぐ三番目だが。
DA仙台支部特殊作戦群の中にも、すみれと仲が良い者も数少ないながら一応は存在する。
ただし、友人と呼ぶよりかは、やはり同僚と言うべき間柄だろう。
しかし、千束は友人と言って差し支えのない存在と言っても良い。感覚的には従姉のお姉ちゃんという気がしないでもないが、ノバラや楓といった家族から比べれば少し遠い。
だからこそ、友人、というのが適切だろう、とすみれは考える。
家族以外ですみれが最も長く共に時間を過ごしたのは、千束である。
最初こそ戸惑ったが、そこはノバラの姉をやっていた千束である。多少風変りな楓であってもしっかり受け止めてくれた。
たきなとノバラほどべたべたしないが、すみれも千束に結構甘えており、千束も何だかんだと甘やかした。
……まぁ、すみれが精神的には幼い割に、一通りの家事全般ができ、ノバラの躾のせいか、整理整頓がマメなので、千束が姉の尊厳を保持するため、甘やかすことで、その対面を保っていた、と言う面もあるが。
これらの事情に鑑みれば、すみれは千束と戦うことを好んで決めた訳ではない。
……殺しちゃうのは、ちょっとやだなぁ、会えなくなるのは寂しいなぁ、という思いはある。
だが、それに対して、戦うのはちょっと楽しそう、何よりノバラちゃんが言うんだし、という思いが優先された結果だ。
それ故に、すみれの思考回路は、楽しそう、に傾いている。
では、楽しく千束と遊ぶためにはどうするか。
『……適度に離れていればいいわ。どうせ、千束の銃の射程圏なんて決まっているし、離れた位置から加速すればいいだけよ』
そう語ったノバラの言に従うだけ。
震脚で抉れた地面をスターターに見立てて、すみれは水平に近い形で足を踏み切った。
それはさながら人間大の砲弾が飛んでいくようなものであった。
◇◆◇
千束はすみれが砲弾となって飛んでくるより早く回避行動をとり始めている。
……そうでなければ間に合わない。
これが単純な砲弾であれば、千束は余裕を持って避けることができるだろうが、砲弾さながらとは言え、相手は人間。動きながら軌道修正もしてくるし、ギリギリで避けようとすれば、手を伸ばして掴まれる。
そして、掴まれれば終わる。
すみれは体当たりを得意としているが、それ以外の技能がない訳ではない。それに服ならまだしも肉体を直接掴まれれば、その握力、腕力から逃れる術は千束にはない。
(……本っ当に厄介だな!)
千束がまともにすみれと戦おうとすれば、距離を詰めなければならない。
少なくとも千束の銃弾が確実当たる距離まで。
しかし、その距離はすみれの間合いでもある。
仮にすみれが銃で戦っているのであれば、何の問題もない。千束が圧勝する。
だが、現実は、拳銃の射程範囲としては短い千束の必中の間合いを、極めて速い速度ですみれが潰しにくる。
実弾に切り替えたところで、すみれの突進は止まる訳はない。相討ち覚悟で撃ったところで、もろともに轢かれて、ジ・エンド。
千束が拳銃の間合いで、正攻法を用いて戦うならば、ほとんど勝ち目はない。
……だからこそ、一工夫必要になる訳で。
(……不利な部分は経験と勘で埋める!)
すみれが先ほどまで千束のいた場所を通り過ぎるのを見送る。
前回の模擬戦で、すみれは、再突進をするために切り返し、動きを止めざるを得なかったのだが……。
(止まらない!?)
すみれは若干スピードは落としつつも、体を傾けて進路を変えた。
円を描くようにして、すみれは再び、千束に向かって突っ込んでくる。
(……確かに止まるよりも隙は少ないが……体力が持つのか!?)
仮に、当たるまで繰り返すとすれば、すみれは、ごく短い距離のインターバルランを繰り返すこととなり、その疲労は凄まじいことになる。
すみれは筋力こそあるが、千束と同様、身体的な問題で、多くの練習時間が確保できた訳ではない。
……つまり、体力はそれほどない。
それを考えれば、千束は余裕を持って、避け続ければ、すみれが自滅することになる。
(……いや、すみれは自分をバカだ言うが、精神年齢がちょっとばかり幼いだけで、地頭は悪くない。何か考えあってのことか……?)
「……ふっ!!」
すみれが急加速する。
千束は再びすみれが加速するよりも早く回避行動を取る。
それをすみれは気にした風もなく、再び進路を変えていく。
8の字を描くようにすみれは千束に何度も襲い掛かる。
はっ、はっ、とすみれの息が少しずつ上がり、額には汗が光っている。
……明らかに疲労していることが千束にも見て取れた。
(考えてない!? 明らかにバテてるじゃないの!?)
警戒して損した、とばかりに、千束は決着を付けることに決める。
……妹分の無様な戦いが見るに堪えない、知らず、そんな思いを抱いていた。
決着はもう付いた、とそんな驕りにも似た楽観。
……しかし、それは、ぞわ、と頭の上から爪先まで悪寒が走ったことで消し飛んだ。
歴戦の経験が告げる死の気配。
それを敏感に感じ取った千束は、すみれが加速に入る気配すら見せていない時点で、すみれの進路上から慌てて身を躱した。
……刹那。
ゴゥッ、と言う風音が横を通り過ぎる。
「……避けられちゃった!」
会心の体当たりを避けられたすみれが振り向いて、えへ、と平然とした様子で笑っている。
前髪に汗が伝ってこそいるが、息が乱れている様子はない。
「……一丁前に私を騙すつもりだったの?」
止まらないで行っていたすみれの突進は、模擬戦のときよりは早かったが、それでもなお、全力ではなかった。
最初から全力で行けば、千束には見切られる可能性が高い。
だからこそ、すみれは千束が油断するまで待った。
……確実に当てるために。
「……上手くできたと思ったのになぁ……。千束ちゃん、どうして分かったの?」
「……分かんなかったよ? ただ、ヤバイって意識が先に反応した」
「えぇ!? そんなのズルいよ! すみれが何してもダメってことじゃない!」
ぷく、とすみれが不満そうに頬を膨らませる。
そして、不満そうにしながらも、すみれのその瞳は楽し気だった。
(……いや、分かってたけどさぁ……やっぱ、すみれって、完全なバトルジャンキーじゃん!)
戦うこと、それ自体が遊びであって娯楽。すみれの育ちからすれば仕方のない面もあるが、
「ん~~っ、もぅ! せっかく、優しくテイクダウン取ってあげようと思ってたけど、やめるぅ!!」
(……あ、一応加減するつもりはあったのね? そんな風には見えなかったけど!)
「次は、ホントに本気なんだから! …………降参するなら、今のうちだよ?」
すみれが少しだけ瞳に寂しさを滲ませてそう口にした。
ただでさえ、すみれからすれば格上と言っても差し支えのない相手。
自分の作戦にハマってくれたのなら、まだ、優しく取り押さえることもできたのだが、最早、その余地はない……即ち、殺してしまう。
そんな哀れみとさえ取れるすみれの言葉を千束は鼻で笑う。
「はっ……誰が誰に降参するって? 泣いて謝るなら今のうちだぞ、すみれ?」
……千束の言葉は強がりかもしれない。
しかし、すみれには、『楽しい』を止めることができない。
その表情だけなら、遠足を楽しみにしているような子どものようにも見えただろう。
半身になって、ファイティングポーズを取ったすみれは、禍々しく満面の笑みを浮かべていた。