Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
可能な限り頑張るけど。
すみれの使ったノバラのコンビネーションは未完成のものであろう。
ノバラが使えば、普通に避け続ける限り、必ず回避できないという状況まで詰めていくコンビネーションだが、それはノバラの経験から相手の避ける動きを読んでいるからできること。
すみれが再現できたのは、そのごく初歩的な、それも一部でしかない。
……だが、そのパターン内において、すみれの攻撃は正確に、千束の避け方を見切っていた。
これはおそらく、ノバラの練習が最も手強い相手として、千束を想定していたからだろう。
すみれは、その最も手強い相手が千束だと知ってか知らずかは分からないが、過去に見たノバラの動きを再現して見せた。
体格、膂力はすみれの方が上だが、技のキレ、練度は明らかにノバラの方が上だ。
しかし、すみれの膂力は、その差を補って余りあるほどである。
相手がノバラであれば、千束は幾つかの打撃をわざと受けて、反撃をすることもできるが、すみれ相手にそれは自殺行為であった。
余程上手くタイミングを取らなければ、ぷちっ、と引き千切られて、デッドエンド。
どう戦うにせよ、千束には楽な戦いなどできそうにもなかった。
……だが、当然、勝機はある。
すみれはおそらく負けるその瞬間まで気づかないだろう。
すみれがどのような戦闘方法を取るにしろ、千束のプランは完全に定まった。
◇◆◇
すみれの中には焦燥があった。
認めたくはないが、このままでは負ける、という想い。
そして、それを理解していながらも、決して負けることができないという想い。
冷静さを忘れ、思うが儘に動きたい気持ちもあるが、それでは易々と千束にやられてしまうということは想像に難くない。
少なくとも、すみれは、ノバラとたきなの勝負が着くまでの間は、千束を自分に注目させておかなければならないのだ。
逸る気持ちを押さえながら、すみれはノバラのことを考えて何とか冷静さを保つ。
(……もう少し。もう少しだけ、すみれにノバラちゃんの力を貸して!)
すみれは再びオーソドックススタイルに構える。
千束相手に同じコンビネーションは使えない。
ノバラであれば、その無限とも言えるバリエーションで翻弄することもできるだろうが、すみれに再現できるのは、精々で、十数個。
普段、ノバラが使うことが多いものだけだ。
「……せぃっ!」
右足で地面を蹴りながら、左足で突くように蹴る。
テコンドーてはまま見られるが、間合いを詰めながら蹴るという動きは、リコリスの通常体術には含まれていない独特のものである。
……しかし、千束は見慣れているのだろう。慌てる様子すらなく、すみれから見て、左側に躱しつつ、既に銃を構えている。
だが、すみれも、それは分かっていたことだ。
千束が自分の信条を捨てるなら、すみれの頭を撃ち抜いて終わりだが、千束に殺す気がないのは分かっている。
そして、すみれは頭以外に銃弾を撃ち込まれたところで止まることはない。
ドスドス、と脇腹に銃弾が、撃ち込まれる感触があるが気にしない。
宙に浮いていた左足を地面に着地させると、体全体のバネを使って、飛び上がるようにしながら右足で、千束の側頭部を狙って蹴り突ける。
わずかに身を屈めた千束の髪が、ふわり、と揺れ、空間に少しだけ残ったそれをすみれの蹴りが引き裂いた。
はら、と黄金色の髪が散る。
千束は自分に背を向けた形になったすみれから離れるように、とん、と後ろに下がる。
そして、再び銃を、構えようとするが、それよりも早く、すみれが着地した右足で地面を蹴り、腰を捻るようにしながら、左足の踵で蹴りを放つ。
変則の胴回し回転蹴りのようなものである。
「……ちっ!」
千束は銃撃を諦め、更に後ろに下がる。
……にぃ、とすみれは笑みを深めた。
回転を伴った蹴りから着地すれば、すみれの得意とする体当たりのスタートを切る姿勢に類似する。
(……さぁ、逃がさないよ、千束ちゃん!!)
……そして、その距離はすみれの必殺の間合い。
すみれは自らの得意技の射程に千束を捉えていた。
◇◆◇
すみれからすれば、この三つの蹴り技は、最も得意とする体当たりへの布石だったのだろう。
高度なバランス感覚と空間把握ができていなければ、そもそも成功するはずのないコンビネーション。
生まれ持ったものでないのならば、度重なる修練を必要とするそれを、おそらくはぶっつけ本番で成功させた。
そのこと自体には、千束も素直に感嘆した。
(……あぁ、やっぱりすみれは強いし、凄い。訓練自体に制限があって、なおかつ、たった五、六年くらいの訓練期間。教えたのがノバラだってことを差し引いても、他の誰だって同じことはできやしない)
千束の目の前で、すみれが着地をして、体当たりの姿勢に入る。
……無駄な硬直のない理想的な流れ。
(……相手が私じゃなかったら、アンタの勝ちだったよ……)
ずがん、と地を抉り、すみれが飛び込んでくる。
常人であれば、何の反応もできない。
達人であっても、その威力を知っていれば、避けることを選ぶだろう。
……しかし、千束は一歩前に踏み出した。
千束にとっては、既に経験し、何度も見ている
千束の洞察力も動体視力も使う必要がない。
すみれの動きを見るまでもなく、そう来ることが分かっている。
大きく踏み切り、速度に乗った体を相手にぶつけるその直前。
すみれがもう一歩踏み込むその寸前に千束は割込み、膝を上げる。
「がっ!?」
アゴを撃ち抜かれたすみれの踏み込む足の力が抜ける。
「……ぐっ、つぅ!」
千束にとって予想外だったのは、小柄で軽いノバラに比較し、大きく重く固いすみれの突進力。
膝でアゴを撃ち抜いてなお、突っ込んでくるその衝撃に後方に吹き飛ばされた。
受け身を取りつつ、体を起こせば、折れてこそいないだろうが、体のあちこちに痛みが走り、特に膝は千束の人生史上一番の痛みが走っている。
「あぃったたたっ!?」
涙目になりながら、膝を擦り、本当に折れていないか確認する。
(……すでにめっちゃ腫れとる……)
歩くことはできそうだが、ずきんずきん、と痛みが走っていた。
(……すみれは?)
千束はすみれのいる方向に視線を向ける。
「……ぁ……ぁぐ……ぅっ!」
(どんだけタフなんだよ!?)
千束自身の膝の痛みからすれば、完全に入ったことに疑いはないし、すみれのアゴの骨が折れていてもおかしくない。既に、地に伏せ、気を失っていたとしても仕方がない……ハズであった。
……だが、それでもなお、すみれは、自分の足で立ち、がくがく、と震える足のまま、再び前に進もうとしている。
目は既に虚ろになり、何時気を失ってもおかしくない状態である。
「……ぃ……ゃ……だ……っ! い……やだ……っ! 負け……たく、ない……っ! 負け、られないっ!!」
……じゃり、とすみれは、不安定な足取りで、それでもまた一歩踏み出した。