Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「来たか、千束」
フキはノバラと手をつないでやってきた千束に声をかける。そして、「……何だ、それ?」という顔をした。
たきながノバラに覆いかぶさるようにして、ノバラの頭に顎を乗せて抱きしめている格好だからだろう。千束が諦めたような遠い目をすると、フキも「ああ……いつもの……」と諦めた。
千束は隣は見なかったことして、フキに意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「お、主犯の一人」
『楽しいショー』とやらの仕掛け人の一人はフキだと言うから、からかうつもりだったのだが、フキは断固否定の姿勢を取った。
「これから、何かおきてもそれは私のせいじゃない。絶対に!」
フキからして見れば、自分が提案したことはサクラのことだけなので、間違えるな、というところだ。
そこまで否定されるようなことを考えるなんて、楠木とノバラの二人は一体どんなことを仕掛けているのか……。
「え……まじ。どんなえげつないこと考えてんの……?」
驚愕の表情をする千束に、ノバラは苦笑した様子で答える。
「えげつないことは考えてないんだけど……楠木さんがね~……何と言うか、激おこ?」
不機嫌そうな様子を見せることはあるが、目に見えて怒りを露にすることなどほとんどない楠木が『激おこ』とは……。
ノバラが確かめるようにフキに確認するように視線をやると、フキも困ったような顔をしていた。
「あ~…………そうだな……怒ってるのに笑ってんだよ。怖かったな……」
笑顔は元来攻撃的なものであるという。フキが見たそれはまさしくそれであった。ノバラと二人笑顔で打ち合わせをしているのに、隣にいるフキ(とすみれ)は冷や汗が止まらなかったという(なお、楓はけらけら笑っていた模様)。
「ちょいちょい! え!? 楠木さんが、激おこって……?」
千束には全く想像が付かなかった。
「ほら、『まっじまさ~ん! 事件』で、欠員がいっぱい出たでしょ?」
「延空木事件な、そうな」
真島の関連した一連の事件は、『延空木事件』としてまとめられているが、DA内部においては、『真島事件』とした場合、地下鉄襲撃からリコリス襲撃までを指し、『延空木事件』としては、リコリスが日本中に晒された件を指している場合が多いが、ノバラの言いたいことは全部の事件で、ということだろう。相当数のリコリスに欠員が生じたことに間違いはない。
「んで、欠員埋めるために、訓練所のリコリスをサードに格上げして、パッとしなかったけど、地方でセカンド務めてるヤツとか、本部で格上げされてるんだけど」
治安維持のために欠員の補充は必須である。
元々、リコリスはその性質から多量の欠員が出ることはあまり想定されていない。派手なドンパチは本意ではなく、誰にも気づかれず、騒ぎにせずに、速やかに静かに『消す』。電波塔事件も含めて、前面に出て戦闘をするのは、本来彼女たちの役割ではない。それでもリコリスが様々な面で使用されてきたのは、警戒されずに奇襲できるから、というある意味、都市型ゲリラのようなものだ。基本的に少数精鋭。全体での動員数はともかくとして、一作戦当たりの直接従事者は少ない。大規模動員があるのがそもそも異常なのだ。
「あ~…………やらかした?」
欠員補充の直後だ。
千束としては、不慣れな連中が何か大きな失敗を起こしてしまったからと思いたかったのだが。
「単にやらかしただけだったら、別に楠木さん、そんなに怒らないじゃん。淡々と評価下げるだけで」
そう、一リコリスに楠木が怒りを露にすることなどほとんどなく、考えるとしたら、次、どこに異動させようか、使えないし、と考える方がしっくりくる。
「それも怖いけどな」
フキが苦笑をした様子だったが、ノバラがその先を話す。
「おバカがね、「私がいれば、あんな事件起こらなかった」とか、「『英雄』とか、何年前の話してんの?」とか、「晒されたリコリス、マジ無能!」とか、「地方もレベル低いけど、本部はもっと低い」とか言っててね」
ピキッと音をたてて、千束とフキのこめかみに青筋が浮かぶ。二人とも怒るか、無表情になるかと思いきや、やはり顔には張り付けたよう笑顔が浮かんでいる。元来笑顔とは(以下略。
一方のたきなは、ノバラの頭の上で首を傾げていた。
「……それ、本気で言ってるんですか?」
あれだけの事件である。欠員も出ている。それを実行部隊のいる本部内でそんなことを言うなんて、仮に思っていたとしても、普通の神経では実際に口に出すはずはない。
「ねぇ? 正気疑うよねぇ? ……でも、これがマジなんだな~」
正しく正気を疑うような発言である。古参のリコリスもいる中であり、狭いコミュニティだ。いずれ、誰かの耳に入るのは確実だ。そして、それを聞けば。
「そりゃ、楠木さんじゃなくても怒るでしょ……」
当然ながら、そうなるし、『なった』。
「本部のリコリスはねぇ、ただただ可哀そうなものを見る目で生温かく見て、うふふって微笑むだけなんだけど」
さすがにあの事件以降も現役を続けているリコリスは肝の座り方が違う。殻付きの雛がぴよぴよ言っていても、特に気にしていないようだ。少なくとも何等かの改善がなされなければ、一切のフォローがない『だけ』である。
「うわぁ…………」
千束は想像してしまった。新人や異動してきたばっかり者が、意思統一が図れずに、地方の流儀をそのままやってしまった結果、後始末が必要となったり、そもそも作戦が失敗するなんてことはよくある。通常は、ここで、先輩部隊が投入されて、事態の収拾を行ってくれるのだが、今回の場合、公然と無視されることだろう。司令室の者が気を利かせてくればくれればいいのだが、ノバラの話につは続きがあった。
「何より、司令室の人たちがね……『…………殺っちまうか?』みたいになってた」
その話を聞く限り、もはや、新人は四面楚歌である。
「え……えぇ! ちょいちょい、オペレーター連中まで敵に回してんの!?」
これは、オペレーターが故意に誘導を誤ることが示唆されている。
つまり、無能はいらんから、作戦中にせいぜい派手に囮になって死んでくれ、というところか。何せ、各オペレーターも担当するチームがあるし、仕事上とは言え、言葉を交わすリコリスには少なからず情は抱く。担当のチームの中で欠員の出た者もいるだろうし、自分の担当にほこりを持っている者もいる。そして、現司令室の人員は延空木事件を乗り切ったリコリス達には敬意を払っているのだ、それをバカにする?自殺志願者かな?
「だって、ねぇ? 昨日、今日ここに来た私が耳にするくらいなんだよ?」
ノバラの言は自ら聞いた、ということであるが。千束としては、そこまで派手に話しているとは思えなかった。
「…………フキ?」
そのため、フキに確認するが、フキもその話を今しがたであり、楠木のときも『不用意に不適切な発言をしてくれる者が多くてな』と大分濁されていたのだ。当然、フキが過ごしていて、耳になど入っている訳もなかった。
「…………いや、今日初めて聞いた……」
さて、そうすると一つの疑問が出てくる。ここで暮らしているフキが知らないことをノバラが知っている。そして、ノバラは隠密とか、諜報とか大得意。自ら、わざわざ調べたという可能性は否定できないのだ。
「……それ、楠木さんにリークしたのアンタじゃないの?」
疑惑の表情を千束に向けられたノバラは「そうなるよね~」とばかりに苦笑したものの、その理由を口にした。
「私じゃなくて、ラジアータ」
千束もフキも、意味が分からなかった。
ラジアータは本部の誇る最強AIである。ラジアータは犯罪の未然防止や抑止といった予測を常にしている訳で……。
「……ん?」
フキはもう一度聞き返す。
「ラジアータ」
そうだよね、信じられないよね、と頷きながら、ノバラがもう一度答える。
「……なんて?」
更に、信じられないものを見ているよう顔で千束が問う。
「あまりにアホ過ぎて、ラジアータに抹殺対象に認定されたの!」
うがーっと答えるノバラに一同は沈黙した。
千束、フキ、たきなの目線が交錯する。
(…………マジ?)(いや、マジだろ)(マジですね)
ラジアータは監視カメラの映像などを収集分析して、犯罪を未然防止しているのだが、当然、DA内の監視カメラやマイクの音声も分析されている。多少の愚痴や文句は当然にリコリスにもDA職員にもあり得ることだ。しかし、これまで、それで引っかかったことはなかった。程度の差はもちろんあるが、今般の彼女たちの言動は……。
「……つまり、そいつらはテロを起こして、治安を乱すレベルでマズイって?」
困惑の理由を千束が代表して口に出す。
「どうかな~? 無能な味方は敵より怖いってことかもしれないけど……びっくりなことは、単品ならそれなりに優秀だったのに集めてみたら、アホの集団とか! 計算違いも甚だしい!」
……それは、確かに誰も計算していないだろうな、と三人で頷いた。
「まぁ、そんなんで、楠木さんが激おこ!
「はぁ……するってぇと、悪だくみって言うのは・・・」
にたぁとノバラは凄絶な笑みを浮かべる。
「『やっちまえ』ってさ! ……ま、プライドはばきばきにへし折ってくよ! 私とすみれで!」
ちょんちょんとノバラがたきな腕をつつくと、たきなは分かりましたと言うように、頷きながら、ノバラを放す。『やっちまう』準備があるのだろうと悟ったからだ。
とんとん、とステップを踏んだノバラは、フキの方を見ながら、一言付け足した。
「あ、サクラの件は別口なんで、私が直々にフキと一緒に叩いてあげるから!」
「……言ってろ。提案は提案だが、私もマジでやる」
フキの挑戦的な笑みに、ノバラは目を輝かせた。
「……だから、フキお姉ちゃんって好き!」
「アホ」
「……って、訳で、私はナマ言ってるクソガキどもをぶちのめしたいので、ちょっと行ってきま~す」
そう言ってノバラは三人に背を向ける。
振り向きざまに見せたノバラの鋭い怒気に、たきなは軽く身を震わせた。
そして、確かめるように隣の千束を見て、くすりと笑った。
ノバラの笑顔も言葉も、静かに怒りを滲ませたその背中も、千束にそっくりだった。
(……本当に似たもの姉妹ですね)