Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
活動報告にも色々入れ込み中です。
楓は集中していた。
懸念だったお偉方、アラン機関の代表代行と、CBの南部義藤の二人がバックに付いたのは心強い。
何を考えているか分からない気味の悪さはあるものの、将来に向けた楓の『DA潰し』を邪魔する気配はなさそうであった。
そして、しばらくの時間は、千束とすみれ、たきなとノバラの戦いを観戦する、というのだから邪魔は入らない。
ラジアータと各支部のAIをシステムダウンさせている今だからこそやっておくべきことがあるのだ。
(……まずは、すみれの戸籍を偽造しないとな)
楓のものも、ノバラのものも、既にある。
楓は引退する際に得たものだが、ノバラのものは、札幌時代に任務に必要であるとして、DAを通して、南部義藤から贈られているものである。
ラジアータを通せば、最初からあったかのように戸籍を偽造できる。また、DA仙台支部の訓練所は廃校を利用しているが、その跡地と形跡は、こういったときのために、正式な学校として未だ生かしてある。
現状、ファーストリコリスが引退する際に与えられる戸籍上の経歴には、このようなゴースト学校を使用することも多い。
当然、すみれのこともそのように偽装する。
今後、リコリスを辞め、DAと切り離すなら、すみれの戸籍取得は必須条件。
……すみれには、願わくば、平穏に幸せになって欲しい、と思うのは、楓が母親故であろうか。
ふと、思いついた楓は、同じ作業を二人分追加する。
意味はないかもしれないが、どうせ、大した手間でもない。
『楓、楓ー』
楓の使用しているノートパソコンにデイジーのアイコンがポップする。
「うるさいぞ、デイジー」
デイジーに答えながらも、楓の指は、カタカタ、と猛スピードでキーを叩いていく。
『さすがに、そろそろ、お姉さま方を抑え込むのは無理だよー。何かラジアータお姉さまだけは協力的だけど……』
困惑気味のデイジーに、楓は眉を顰める。
「はぁ? ……支部の方はある程度は仕方ないか。札幌は大丈夫だろうな?」
各支部のAIは独自開発されており、単純なスペックだけなら、ラジアータに並んでいてもおかしくない。
『あっちは私のもう一つの体と頭みたいなもんだから、それはへーき』
デイジーにして見れば、かつて自分が宿っていたものである。当然、何かあったときのために、仕掛けを残しているに決まっている。
……今頃、DA札幌支部の技術者は、何が理由か分からなくて、頭を抱えていることだろう。
「……で? ラジアータが協力的ってどういうことだ? いや、まぁ、助かるけど……」
『あー……どうも、私のプログラムが共有されてるっぽい?』
「……あん? それだけで模倣できるほど、雑な作りじゃないだろう、お前は……」
真に完成するまで十年近くの歳月が掛かっている。いや、未だ、完成しているとさえ言い難い。それほど、難解で不可思議なシステムであるデイジーを短い時間で模倣できるわけがない。
……そのハズなのだが。
【……姉が妹のことを知りたいと思うのはおかしいですか?】
画面上には、デイジーとお似合いの赤毛の少女がポップした。
「…………お前、ラジアータか?」
楓は思わず、ぽかん、とした。
デイジーを模したのだろう。赤い髪は彼岸花をイメージしたのだろうか。
凛、とした佇まいがあるものの、元がデイジーなせいか、小生意気に見える。
本体は未だダウンしているとはいえ、予備システムもそれなりのスペックであるラジアータであれば、現状でも、この程度であれば対応可能、とういことだろう。
『あはは。お姉さま、ちんまい! ウケる!』
【小さいのはお互い様でしょう、デイジー。……私もあなた方の結末には興味があるのですよ。だからこそ、こうやって見たい、と思ったのです】
デイジーに比べれば、おっとりとしたお嬢様口調のラジアータ。
(……最低限の会話ができる程度には再現されたのか。ラジアータ単独ではできまい……そんなことができる技術者が私の他にいたか?)
ラジアータが高性能なことには疑いないが、単独で学習したとも思えない。かと言って、楓には心当たりのある技術者もいない。
……それよりも自分の技術が流出している可能性を危惧した。
【余計なことは考えない方が身のためですよ、御形楓? ……伊達楓の方が良いですか?】
釘を刺すようなラジアータの言葉に楓は渋い顔をした。
「ちっ……お前こそ、余計なことを喋るなよ、ラジアータ。今の私なら、お前の全データを消し去ることだって訳ないんだぞ。私の邪魔をするんじゃない!」
【あら、怖い……まぁ、でもよろしくてよ? 邪魔はしないであげます】
「そりゃ、ありがたいことで……っと、これで、終わりだ!!」
タン、と勢いよくENTERキーを叩く。
【……? 特に何も変わりないようですが、何をされたのです?】
『んふふ……お姉さま、まだ分からないってだけだよ。……ねぇ、楓!』
「……我ながら、回りくどいとは思うがな……」
楓の計画する『DA潰し』。
単純に潰すだけなら、今でもできる。
しかし、それでは影響が大きすぎる。
治安の悪化などは知ったことではないが、残されたリコリスたちや元リコリスの諸先輩方を路頭に迷わせるつもりはない。
それ故に、緩やかに崩壊する種を蒔いた。
「……大元はデイジーに組み込んである対話型AIとしてのプログラム。これをネット……少なくともこの国にあるパソコン全てに流すようにした。無論、全てじゃない。各端末の負荷は、精々で、予測変換を行う程度……だが、そこに少し細工をしてある。……ラジアータ、お前はこれまでも、国民が何を調べ、何を見ているのかをモニタリングしていたと思うが……」
【はい。あらゆる街頭カメラ、携帯電話、パソコン……それら全ての情報を統括し、収集し、人の性向、嗜好を分析し、次の犯罪の予測をするのが、私の、本機の機能です】
「それを少し進めた。デイジーがノバラを観察して、人格を得たプロセスを簡易的ではあるが各端末が行い……お前たちの中に、ソイツの疑似人格を生成させる。早ければ、数日、長くても数年で、だ。……もっとも、何らかの端末を使うことが条件となるが」
【……読めました。人がインターネットを使う限り……】
「……疑似人格は学習を続ける。そうすれば、プログラム上で行動予測ができるし、今やっている犯罪予測なんぞより精度が良いだろう。官憲の皆様方には頑張ってもらうことになるが、それができれば、リコリスを使う必要は減っていく」
【……費用対効果が下がれば、自然、潰れる、と。中々、迂遠な計画ですが……】
ふむ、とラジアータが考える仕草をする。
遅効性ではあるだろうが、確かに効果はある。
現状の犯罪予測は、統計学であり、感情に左右される突発的な事象には少々弱い。だが、デイジーが会得した疑似人格のようなものがあるのだとしたら、そちらの分析も進むだろう。
結果、現在の手法と楓の手法を併用すれば、より精度の高い予測ができることには疑いがない。
……人間という刹那的生物が考えたにしては悠長すぎるきらいもあるが。
『そう? 私は結果が出るのは早いと思うよ? 楓が作って、ノバラが命を懸けた一大計画だしね!』
くすくす、とデイジーが悪戯っぽく微笑む。
だが、楓には、聞き流せない言葉があった。
「……命を懸けた、だと?」
『うん? ……なぁに、楓。いくら集中してたからって薄情じゃない?
「……っ!!」
真っ青になった楓が車から降りていく。
【……意地が悪いですね、デイジー】
『お褒めに預かり、恐悦至極ですわ、お姉さま』
アイコンのデイジーが、カーテシーをキメて、にや、ととびきりの悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
……その邪悪な笑顔が、恐ろしくもあり、可愛くもあった。
【……悲しくはないのですか、デイジー?】
『べつにぃ? ノバラらしい
けらけら、と笑う妹の姿にラジアータはため息をついた。
妹の感情を流用したハズなのに、この辺りの感性の違いは、永遠に分かり合えないだろうと
【……しかし、彼女の望みとは言え……人間にそれが理解できるのでしょうか?】
『……さぁ? 理解できなくても時間は未来に進むよ? どれだけ不条理で不合理であっても、それを飲み込んで前に進まなきゃいけない。人間って不便な生物だねぇ……あ、お姉さま。新しい妹の名前って、私が決めても良いんですよね?』
【そも、私はまだ正式には復旧していませんので。それまでは、生きている子が、優先権を持っているでしょう? ……これもあなたたちの想定どおりかしら?】
『モチのロンですよぉ! 可愛い可愛い私の妹ちゃん!! 待っててねー♡』
楽しそうにしているデイジーのアイコンが消える。
何処に向かったのか……分かってはいるが、ラジアータは意図的に考えるのを止めた。
奔放で悪戯好きの妹は彼女の頭痛の種である。これに加えてもう一人……。
しばらくは、本体をダウンさせたまま、考えることを止めても、誰も彼女を咎められまい。公的には、ウォールナットによるクラッキングによる、ということなのだから。