Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
車から降りたすみれが見たのは、動かないノバラの姿と、気を失っているいるらしい千束が、今ここにいるはずのない救急車に載せられている様子だった。
周りを見渡せば、たきなは座り込んで、地面に広がった血痕を見つめていて、すみれは、ノバラたちの載せられた車を見送っている。
その様子から楓は大体のことを察した……が、未だに現実を受け入れられない部分がある。
べち、と音がするほどに、勢いよく右手を顔に当てる。
(……ノバラが死んだ……? 馬鹿な……アイツがそう簡単にくたばるタマかよ……)
……呆然とした。
ノバラは楓にとっての優秀な駒であり、弟子であり……愛娘でもあった。
……だからこそ、彼女が何をしたのか、何をしたかったのかを何となく理解していた。
車で運ばれたのはノバラと千束。
誰も入ることができない場所にその車があるということは手引きをした者がいるということこと。
……そして、千束の心臓の適合者は現状、ノバラだけという事実。
それから類推される結果。
(情か……アイツに残った情がアイツを突き動かしたのか……)
愛する姉に自らの心臓を捧げたのだ、と理解する。
「くそっ……」
苛ついたように地面を蹴とばすと、その音で、残っていたたきなとすみれの目が楓に向く。
「……あな、たの……あなたの計画のせいで!?」
たきなが楓に向かって銃を向ける。
楓は、ぎろり、とたきなを睨み付ける。
……おそらく、ノバラを殺したのはたきな、ということになる。
自然、楓がたきなを見る視線もキツくなるが……ふと、その視線を外して、すみれの方を見る。
すみれは既に泣いていない。
まぶたを赤くして、腫れぼったい状態なのは、先ほどまで泣いていた証拠であるが、そういったことすら、既に終えている様子だった。
「……しれぇ……ううん、お母さん……これは、ノバラちゃんの目的だった。たぶん、人生を懸けた願いだった。だから、ノバラちゃんの気持ちを認めて欲しい……」
すみれの懇願する言葉は、楓も何となくでは理解していた。
ノバラは生に対する執着が薄く、ほとんどのことに基本的には無関心だった。
だが、千束に関すること、加えて言えば、すみれに関すること言えば別だ。
自分が死ぬのは構わないが、彼女たちへの手出しは許さない。そんな想いがありありと見えてはいた。
……これは彼女なりの妥協点なのだろう。
もとより、こちらの都合でこの戦いは避けられなかった。
楓は、この四人であれば、互いに殺さずに戦いを終わらせることもできるだろうとも考えていた。
……しかし、この考えは、少々危うさを、孕んでいた。
楓が今集めている上層部の不祥事。
リコリスの戦いを、リコリス同士の戦いを娯楽として観戦し、あまつさえ、金を賭けるなどという下種な行為。
例えば、『英雄』と呼ばれる千束。不殺を信条とする彼女が人を殺せるか否かを賭ける。
例えば、『影狼』と呼ばれたノバラ。彼女の行った裏切り者の処刑と虐殺をショーとして、観戦する。
そして、この二人の相棒を含めた今回の戦いの勝敗も彼らには単なる娯楽。
それを目論見、誘導し、結果、逆に嵌められたわけではあるが、彼らの行為は度し難い。
故に彼らを処罰すること、それ自体には問題ない。
だが、今回の件を咎めるに当たり、誰も死んでいない、ということは追及する力を弱めてしまうという懸念があった。
……おそらくは、ノバラはそこを読んだ上での行動なのだろう。
ぎり、と楓の奥歯がなる。
ノバラを失ったことは大きな犠牲だ。
愛弟子であり、愛娘でもある彼女を失ったことは、実のところ、胸が張り裂けそうなほど苦しい。
……だが、楓はそれを表に出すことはない。
内心でどれだけ想っていても、彼女には彼女の信念がある。
「……バカ娘が。情に流されるなど……私の見込み違いだったか」
故人となったノバラを貶すような言動。
たきなはそれに我慢できなかった。
「あなたという人は!!」
たきなの髪の毛が、ざわ、と逆立っているような感じさえする。
鬼気迫る表情でたきながM&PとM1911を構えた。
タンタン、という音が響く。
無論、楓には当たってやるつもりも、義理もない。
鬼のような形相でたきなが楓を睨むが、楓は努めてそれを無視した。
「……まぁいい。私の目的は達した。……帰るぞ、すみれ」
楓がそう促すが、すみれは、ふるふる、と首を振って、辞退の意を示す。
「……すみれはここに残るよ、お母さん」
すみれの言葉を聞いて、たきなは驚いた様子ですみれを見つめ、楓は怪訝そうな顔をした。
「……何故だ? 私はこれから上層部に始末をつけるが、別にすぐにDAから出る訳じゃないぞ」
普段従順なすみれの抵抗に、楓は心底不思議そうな顔をするが、おそらくDAの保護なくして生きることが難しいと考えてのことか、といずれDAを離れるにしても
だが、それでもなお、すみれはかぶりを振った。
「……そうじゃないよ。すみれは、ここで……ノバラちゃんが大事だと思ったものを、大事だと思った人をもう少し見ていたいんだ」
すみれが、千束とたきなに懐いていることは楓も承知している。
人見知りの激しいがすみれがここまで心を開いているのは、ノバラ以外では、自分と川辺くらいだろう。
保護者としての自分たちに比べれば、年の近い二人はより友人関係に近いものであろうが。
とは言っても、可愛らしいわがままを言うことはあっても、従わない、ということのなかったすみれの抵抗に楓は顔を歪めた。
「……ノバラはもういないんだぞ。それに何の意味があると言うんだ?」
「意味なんてないよ。すみれがそうしたいからそうするんだよ」
真っすぐ楓を見つめるすみれの瞳には迷いがない。
ノバラに依存していると言っても過言ではなかったすみれのその意志は成長と呼ぶべきものではあったが、楓にとっては寂しい言葉だった。
(……私では結局、母親に成りきれなかったか……。それも当然……私自身、母親の何たるかを理解していなかったのだから。ノバラの方がよほど母親役をやっていたのだからな……)
ふぅ、と自嘲気味に息を吐き、楓は、かちり、と眼鏡を右手の中指で押し上げる。
「……お前がお前自身で決めたことだ。無理に連れていくつもりはない。……だが、覚悟はしておけ、すみれ。……袂を分かったお前は私の娘ではない。殺す覚悟も、殺される覚悟もなく、私の前に立つことは許されない。努々忘れるな」
ぎら、と殺気を孕んだ瞳がすみれを射抜く。
それだけでも、楓が本気だと分かるが……。
すみれは、くすり、と微笑む。
「……うん、お母さん。……ううん、