Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……うん、お母さん。……ううん、
すみれが自分のことを『楓さん』と呼んだことに寂しさを感じながらも、未練を吹っ切るようにすみれから背を向ける。
……その際、一滴涙が零れ落ちたのも仕方ないことだろう。
母親らしいことが何もできなかった悔しさ、母親とは慕ってくれなかった悲しさ、これからともに歩くことができないという寂しさ。
そういったものがない交ぜになった一滴だった。
「……待ってください」
気になることはあるが、たきなはこのまま楓を行かせるつもりがない。
そういう気持ちで、再び楓に銃を向ける。
だが、楓は、ふっ、と鼻で笑った。
「……命を粗末にすることはない、たきな。生き残ったお前たちのことは、楠木先輩がちゃんと保護してくれる」
「……そういうことではありません!! あなたのせいで……あなたのせいで、私は! 私は、ノバラを……妹を殺すことになったんですよ!?」
「…………妹?」
たきなのその告白に楓は、じっ、と考える。
確かにたきなとノバラがよく似ているのは、楓も把握している。
だが、楓がデイジー経由で得ている情報では、たきなとノバラの姉妹関係は否定されている。
……しかし、それはあくまでデータ上の話。
データ上の話となれば、ノバラが偽装している可能性は極めて高い。
だが、それを楓にまで伏せていた理由は何か。
……それはこれから、上層部を吊るしあげたときに分かるかもしれない。
どういうルートを通ったかは分からないが、本当の情報は上層部に握っていると思われた。
だからこそ、『片翼』と『影狼』の戦いに異議が差し込まれなかった。
姉妹同士の殺し合いを見るために、と考えれば、あの下種な上層部であれば、不思議はない。
「…………そういうことか。……相も変わらず、胸糞の悪い話だ。……だが、仮にお前が私を殺してどうなる? 言っちゃあ何だが、ノバラは望んで死んだんだろう? お前の後悔、憤りは理解するがな……あんまり短絡的な考え方はおススメしないぞ? 復讐にもならんし、だからこそ、やり場のない気持ちがあるのは理解するが。お前が罪の意識を持って今後生きていくことには変わりがない。
「……どういう意味ですか……?」
「あの子は望んで千束に心臓を捧げたんだろう? お前がそのザマじゃあ、千束はもっと酷いだろう。……それで、恋人として千束を支えられるか?」
くく、と揶揄うように笑った楓に、たきなは顔を赤くしながら答える。
「な、何で知って!?」
「見てりゃ分かるわ、そんなもん。おそらく、ミズキ、クルミ辺りは気付いているんじゃないか? ……言わないだけで。いずれしろ、お前が千束を今後支えていく、という選択をするなら、罪悪感を持ったまま生きるのか? あの子はお前にそれを望むのか? よく考えてみることだな」
『お姉ちゃん、ずっと幸せでいて。後は任せるよ』
ノバラはそう言って、たきなに後のことを託した。幸せに生きようと思うならば、彼女を殺した、という罪悪感は邪魔だ。
悼んでもいい、後悔してもいい。だが、彼女の遺志を尊重するなら、罪悪感など持ち続けずに、千束とともに幸せに生きることを優先すべきだ。
かしゃん、とたきなは銃を落とした。
そして、ノバラの言葉と彼女の気持ちを考え、再度、泣き崩れる。
そんなたきなの様子を見ながら、楓は、ふ、と軽く頬を緩める。
「……では、さよならだ、すみれ、たきな。また会わないことを願うよ。……ああ、そうだ。罪滅ぼし、という訳ではないが、お前たちに贈り物をしておいた。帰ってから楠木先輩にでも聞くと良い」
そう言い残し、楓は二人から離れ、車に乗り込む。
口の中には、まだ苦いものが残っている。
大きなところの賭けは楓の勝ちではあるが、だが、失ったものも多い……。
結果としては、もっとも大きな目的を果たし、自らの願いを叶えたという意味で、ノバラの一人勝ちと言っても良い。
……今後、やるべきこともあった。
……やらせたいこともあった。してあげたかったこともある。
……楓にとって、唯一無二の自らの愛弟子であり、愛娘でもあったノバラを失った影響は余りにも大きい。
(……なるほど、我々の思いつかない方法で盤面をひっくり返す、か……)
今の現状は、確かにノバラによって、盤面をものの見事にひっくり返されたと言って良い。
大した策士だと、改めて思う…………思うが。
「……親を置いて死ぬヤツがどこにいる……あのバカ娘が!!」
ガン、とハンドルを叩く。
……楓の仕事はまだ終わっていない。
じんじん、という手の痛みを無視して楓は車のエンジンをかける。
ふぉん、ふぉん、と軽く吹かしてから、車を発進させ、封鎖された東北自動車道の逆走をしながら、東京へと向かう。
都内で、待機しているエクストラ隊員へ、スピーカーモードで通話を繋げる。
……正直、彼女たちにノバラの死を告げるのは気が重かった。
ノバラは好かれるか嫌われるかの判断が人によって極端に分かれるが、どちらにも共通しているのは、その実力と手腕は、評価されているということだ。
……遺された彼女たちには、業務的にも心理的にも相応の負担を掛けることになる。
……これからのことを、考えれば、楓の気持ちはどんどん憂鬱になっていった。
「……お前ら、位置についているか?」
楓は上層部が観戦を行っていた都内某所をこっそり制圧して待機しているであろうDA仙台支部特殊作戦群の者に電話をかける。
『お? 司令じゃん! あたしらはいつでもいいよ!』
「……そうか、ならやれ。……それと、ノバラが死んだ。次席だったお前を繰り上げる。エクストラの全体統括は任せたぞ、『ゆうがお』」
『……あ? ……あん!? いや、あのクソガキがくたばるとからありえねぇ!? 大方、あたしに面倒な仕事を押し付けようとしてるだけだろ!?』
口は悪いし、ノバラとの相性は最悪だったゆうがおではあるが、ノバラのその実力は認めていた。
彼女ですら、すんなりと納得しないのだから、特殊作戦群の誰もが、ノバラが死んだ、と聞いても、その遺体を見るまでは、あるいは見たとしても、まるで実感が湧かないことだろう。
「……事実だ。中に証拠があるだろう。全て押収しろ。報いは受けさせる」
楓の深刻な、そして、少し震えるような声が、電話口のゆうがおにもそれが真実だと思わせた。
『……マジ……? あのクソガキが……? …………報い、報いか……。そうだなぁ……生きてきたことを後悔するくらいには、報いを受けさせないとなぁ! 野郎ども、突入だ! 殺すなよ! クソジジィどもは楽に死なせねぇからなぁ!!』
ノバラのことを『クソガキ』呼ばわりしているが、電話口のゆうがおの怒り具合は相当なものだ。おそらく、残りの者も同じだろう。
自分が着くまで、やりすぎなければいいが、とぼーっと考える。
一度、通話を切った楓は、アクセルを目一杯踏み込み、猛スピードで車を走らせる。
……誰も見ていない車内。
……一人きりの空間。
エンジンの爆音があらゆる音を消す中で、楓は一人、大声で叫びながら、涙を流した。