Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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239 Stay alive

 

「……良かったんですか、すみれ?」

 

 楓を見送ったすみれの様子は、寂しそうではあったが、これまでにない程、彼女にしては大人っぽく見えた。

 

「んー? たきなちゃん、何のこと?」

 

 未だ腫れぼったい瞼ではあるが、すみれの瞳にはもう涙はない。

 やんわりとした笑みすら浮かんでいた。

 

「……楓さんに付いていかなかったことです。先の話を聞いた限り、すみれの本当の母親なのでしょう?」

「そうだったみたいだね。全然気づかなかったよ! ノバラちゃんは知ってたのかなぁ……知ってたんだろうなぁ……。でも、言わなかった……言えなかった。楓さんが言えなかったなんだから当然だよね」

 

 少しだけ寂しそうな顔。

 

 考えているのは『もしかしたら(if)』の話だろうか。

 

 もっと早い段階に打ち明けられていれば、すみれは楓にもっと甘えることはできただろうし、この不自由なリコリスという立場でも、もう少し幸せに過ごすことができたのかもしれない。

 

 ……しかし、それはもう叶わない話だ。

 

 すみれは楓から離れ……愛したノバラは儚くなった。

 

「……それに、私はノバラを……」

 

 たきながそう口にしたとき、すみれの指が、ぷにゅ、とたきなの唇に押し当てられた。

 

 それ以上は言っちゃダメ、とすみれは目で訴えかける。

 

 その顔は泣いているようにも見えるし、笑っているようにも、怒っているようにも見えた。

 

 ノバラが儚くなって悲しいことには間違いがない。

 だが、ノバラの望みが叶ったことは嬉しい。

 でも、遺された者のことを考えていなかったことには怒っている。

 

 表に出していないだけで、ノバラを直接手にかけた……かけてしまったたきなへの恨みがあってもおかしくない。

 

 ……そんな様々な感情がない交ぜになったすみれは、困ったように笑う。

 

「……たきなちゃんが悪いんじゃないよ。ノバラちゃんは自分から当たりに行ったんでしょう?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、すみれが、たきなの唇から指を離す。

 

「……ええ。私はそう思います。ノバラなら避けることができるタイミングだったと思います」

「だからさ、それは、悪いのはノバラちゃんでしょ? お姉ちゃんに妹を殺させるなんて、相変わらず性格悪いよねぇ?」

 

 仕方ないなぁ、とばかりにすみれが笑う。

 

「……すみれは、どうしてそんな風に笑うことができるんですか?」

「うぅん……何でだろう? ……ノバラちゃんにはさぁ、リコリスなんて仕事、何時死んだっておかしくないんだ、って、耳にたこができるほど聞かされて、聞きたくなくても、死んだときの話までされちゃうから。だからかな? 悲しいのは悲しいし、ぽっかり胸に空いてしまった感じはあるけど……でも生きて行かなければならないでしょう? だから、今は涙を流すときじゃないと思うんだ。……ま、実のところ実感がないかもしれないだけだけどね?」

 

 えへ、といつもの無邪気な笑顔を浮かべる。

 

 実感がないという意味ではたきなも同じだった。

 すみれとともにノバラの体が冷たくなっていくのを感じながら看取った。

 

 だと言うのに、『ノバラちゃんが来ましたー!』と言って、ひょっこり現われそうな感じすらある。

 

 すみれはくる、とたきなに向けて、上ってきた太陽の方に手を伸ばす。

 

「たきなちゃん、私はさぁ……ノバラちゃんが助けてくれなかったら、そもそも生きていたかどうかすら怪しいんだもの。人から見たら、私とノバラちゃんの過ごした時間なんてわずかだって、思えるかもしれないけど。私はノバラちゃんに生きて行くための術を教わったつもり。だからこそ、私はノバラちゃんが私に期待したように生きなきゃいけない。それこそ、とびっきり幸せにね!」

 

 この言葉を聞いて、すみれは悲しんではいるが、それでもノバラがすみれに託した『生』を生きるつもりなのだと知る。ノバラにすみれの恋としての想いは受け取ってもらうことはできなかったが、すみれがノバラをどれだけ愛しているのかよが良く分かる。

 

「……すごいですね、すみれは。正直、私はまだ、今の状況をそこまで咀嚼できていません。ですが……あなたが言うとおり、私たちは生きているんです。だからこそ、ノバラが私に末期に言った言葉、『ずっと幸せに』生きていかないと、ですね」

 

 たきなとすみれは互いに見つめ合って、くすくす、と笑う。

 

「じゃあ、すみれ。千束と…………ノバラを迎えに行きましょう」

「うん……そうだね」

 

 残った車に乗って走り出す。

 千束が収容されている病院まで。

 

 ……ノバラの遺体があるその場所まで。

 

◇◆◇

 

 鉄面皮の楠木であっても、目に見えて分かるほど顔を顰める光景がそこにはあった。

 

 前座として、元ファーストの楓対現役最強ペアの千束とたきなの戦い。

 東京に来てからは共に生活をしていたという、千束とすみれの戦い。

 父親違いの姉妹だということが判明した、たきなとノバラの戦い。

 

 ……決して見せ物にして良いものではない。

 

 だと言うのに、すみれがアスファルトを抉る程に地面を踏みつければ感嘆の声を、そして、そのバカげた破壊力を持つすみれにほとんど触れることさえもさせずに気絶させた千束の強さに歓声を上げる。

 

 たきなとノバラが戦いを始め、ノバラが銃弾を撃ち落とせば、子どものようにはしゃぎ、たきなが銃弾を躱して見せれば、驚嘆の声が上がる。

 

 ……そして、たきながノバラに銃弾を命中させた際。

 

 手を叩いて喜んでいた。

 更には、誰が賭けていたか、いくら賭けていたか、などと醜い笑顔を見せている。

 

 ……ノバラは命令を意図的に曲解して、斜め上方向の解決をすることで、上層部の……大人たちの企みを散々ひっくり返してきている。司令官クラスに留まらず、上層部ですら煮え湯を飲まされた者は少なくないのだろう。

 

 だが、彼女は極めて任務には忠実で優秀なリコリスであった。

 

 ……断じて、その死を喜ぶことが許される少女ではない。

 

 司令室の誰もが無言であった。

 

 ……無言で怒りを蓄えていた。

 

(……なるほど。楓が潰そうと思うわけだ)

 

 楓は被害者である。

 

 今回と同じように、楓本人が、自身への企みとともに、その純潔を散らす様を見せ物にされていたのだとしたら、到底許せるものではないだろう。

 

 どの時点でこの状況を知ったのかは定かではないが、楓が自身のあらゆるものを使って復讐しようという気持ちは分からないではない。

 

 ぎり、と知らず、痛いほど、奥歯を噛みしめていた。

 

「……司令。今からでもサクラたちを現場に回します」

 

 普段は優し気な瞳をしている秘書官が、視線だけで人を殺せるようなギラギラとした目をしている。

 

 周りの者を見渡せば、誰しもが同じような目をしている。

 

 ……当然だろう。

 彼女たちは、直接現場にいなくとも、志はリコリスたちと同じ。

 

『世界一の安心と安全』、『犯罪とは無縁の笑顔の溢れる国』。

 安全神話、それを国民に信じさせる。

 

 それを使命としてきた。

 

 ……それを汚されたと感じている。

 

 それは、楠木も同じであり、だからこそ、はぁ、と深いため息をついた。

 

 サクラたちを赴かせ、あの醜悪な連中を物理的に黙らせる。

 そうしたいのは山々だが、今、自分たちが動くのは少々マズい。

 

 せっかく、楓が何かあったとき、こちらに火の粉が降りかからないように配慮してくれた気持ちを台無しにしてしまう。

 

「……始末は楓がつける。手出しは無用だ」

 

 楠木は瞑目し、そう告げた。

 

「でも!? でも、こんなのっ! こんなのってないです!」

「……黙れ」

 

 食い下がる秘書官に楠木は短くそう言い放つ。

 

「司令っ!!」

「黙れっ!! これは楓の……()()()の復讐だ! 私たちに手を出すことは許されん!! 例え、誰が殺されても! 今後、死ぬことになろうともだ!」

 

 立ち上がった楠木が、ぎろり、と秘書官を睨みつける。

 

 ぽた、と立ち上がった楠木の拳の間から、血が滴り落ちる。

 

 秘書官はそれを見て悟った。

 本当はこの場の誰よりも怒り狂っているのは、目の前にいる楠木であるということを。

 

 そして、それでもなお、冷静に、今後のことを考えて、その怒りを飲み込んでいる。

 

「…………ラジアータが復旧し次第、通常業務に移る。……お前の要件は済んだか、ウォールナット? 要件が済んだなら、早くラジアータを返せ。そして、さっさと失せろ。私たちはいつもの業務をいつものように行わなければならない。我々の中で、どんな悲劇があろうとも……安全神話、『それを国民に信じさせる』こと。()()()()()()()()()。それが我々の使命。それを成し続けることが我々の矜持だ」

 

 じっ、と楠木はウォールナットのアイコンを睨む。

 くすり、とこの場に似合わない笑い声がした。

 

『くすくす……おばさん、格好良いね! ……いいよ? ボクの目的は達した。退散するとしよう。……それでは、DAの諸君。ごきげんよう!』

 

 ウォールナットのアイコンが消えると同時、ラジアータの再起動シーケンスが自動的に開始され、数秒もしない内に正常起動……いや、異常ではないのに、正常以上の情報処理を開始する。

 

「え……え!? し、システムは正常! 稼働率は高めですが、遅れた分が……一瞬で……? それよりも見たことない機能が!?」

 

 起動したラジアータのある意味豹変した様子にオペレーターたちは混乱している。

 

(デイジーめ、何をしたのやら……それとも、ラジアータ側で何かをしたのか? まぁ、こちらはそれほど悪いことにならんだろう)

 

「……落ち着いて対処しろ。それと、技術開発部の連中を呼んで来い。ハッキングされたことも含めて、大いに話し合おうじゃないか」

 

 くつくつ、と楠木が剣呑な笑いを浮かべている。

 技術開発部の相次いだ失敗と今の楠木の機嫌の悪さ。

 オペレータ連中は我関せず、といった体で仕事を続ける。

 

 ……技術開発部の連中が、不機嫌極まりない楠木に、ただただ平謝りし、冷たい視線で、淡々と責められる様子が目に浮かぶようであった。

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