Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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第九章 TRUE END -Violets bloom vividly-
240 awakening


 ……夢を見ていた。

 幼い頃の夢だったような気もするし、最近のことでもあったように思う。

 

 当たり前のように彼女が何かを作って、自分がそれを食べる。

 

 ……だが、何の味も感じない。

 

 不思議に思って首を傾げる。

 

 まるで、自分が最初に作った失敗作のようであった。

 

 味付けを忘れたのか、と問えば、くすり、と笑い声が聞こえる。

 

 ふと、顔を見上げれば、それが彼女だと分かるのに、黒く塗りつぶされたように顔が見えない。

 

 ……不吉な感じ。

 

 慌てて、彼女を守ろうとその手を引こうとするが、手を伸ばしても届かない。何度やっても自分の手が彼女のところまで届かない。

 

 そうする間に彼女は、背を向けてゆっくり歩きだした。

 

 声をあげて呼び止めるが、彼女はその足を止める気配がない。

 

 ……じれったくなって走り出す。

 

 走っているハズなのに、彼女との距離が縮まらない。

 

 ……焦りが募る。

 

 ……今、あの子を離してはいけない、そう感じて必死に手を伸ばす。

 

 ぱり、と足元がひび割れるような音。

 もう一歩踏み出せば、ずぶり、と何かに沈み込む感触。

 

 ……もう、走れているかどうかすら分からない。

 

 だが、それでも。這ってでも、彼女に近づいて手を伸ばす。

 

 ふと、彼女が振り返り、苦笑するような気配が伝わった。

 

 ようやく足を止め彼女の口元だけが暗闇の中で赤く弧を描く。

 

 ……彼女がしゃがみ込んで、自分に手を伸ばした。

 ゆっくりと取ったその手は、まるで死人のように冷たい。

 

 ……不思議と恐怖はない。何故か悲しさを感じる。

 

 いつの間にか泣いていたらしい。彼女の指がそっと涙を拭い、指についたその雫を真っ赤な舌で、ぺろり、と舐める。

 

 悪戯好きの彼女らしい仕草に、どきり、とする。

 

(…………あれ?)

 

 ……違和感があった。

 違和感があるのに、それが普通だと感じた。

 

 そんな自分の困惑を知ってか、彼女は、にやり、と笑ったように見えた。

 

 とびっきりの悪戯を成功させたときのドヤ顔。

 

 ……そして、彼女はもう一度自分の手を両手で包むと、頬を寄せるようにして、耳元で何かを囁いた。

 

『……大事にしてね』

 

 ……そう言った気がした。

 

 ……彼女が離れていく。

 

 行かせちゃダメだ、そう思っても、体は何故か動かない。

 

 赤黒い何かが蠢くその先へ、彼女は嬉々として歩みを進め……そして、その中に消えた。

 

◇◆◇

 

「……んっ……」

 

 最初に感じたのは眩しさ。

 

 光で視界が白に染まった。

 

 目を、ぱちぱち、させながら、感覚を馴染ませていく。

 

 ふと、鼻腔を擽る柑橘類のような香りに、千束は視線を動かす。

 

 ぴょこ、と長い尻尾が揺れている。

 

「あ、おはよー、千束ちゃん!」

 

 花瓶に花を活けていたらしいすみれが、千束の覚醒を察知して振り返る。

 

 ふりふり、と揺れていたのは彼女のポニーテールらしい。

 

「……お、おはよう……?」

 

 状況が飲み込めないものの、とりあえず、挨拶を返す。

 

 アイサツは大事。古事記にもそう書かれている。

 

 ずきり、とした痛みに、視線をその痛みの元へと動かす。

 

 ……どくん、と音がした。

 

 恐る恐る、病衣を捲ると、胸のところには、ガーゼで処置されている痕がある。

 

 ……どく、どく、と聞こえる鼓動。

 

(…………あぁ…………)

 

『……大事にしてね』

 

 彼女は確かにそう言った。

 

 ぽたり、と涙が零れ落ちる。

 

 ……千束は顔を両手で覆った。

 

 ……今の事態を理解した。

 

 夢の中で感じていた違和感。

 自分の鼓動が聞こえる音。

 全身で脈を打つ血液の流れ。

 

 今、自分の胸の中にあるのは、ノバラの心臓だ。

 

 不愛想で、悪戯好きで、スキンシップが激しく、愛らしい……自分の妹。

 ……彼女の心臓が、今、自分の中にある。

 

(……あぁ……あぁっ!? 何で!? どうしてこんなことを!?)

 

「……っく……うっ……うあぁぁぁぁ!」

 

 それを答える相手はいない。

 彼女が、何を考え、何を思い、何故そうしたのか、もはや聞く術がない。

 

 ……彼女の成した結果だけが、ここにある。

 

 その事実に悲しさがこみ上げ、涙は止めどなく溢れ出た。

 

 ぽふぽふ、と誰かが頭を撫でる感触がした。

 

 涙を拭いながら、顔を上げれば、すみれが優しい顔をしながら、千束の頭を撫でている。

 

「……千束ちゃん。泣いてもいいけど、悲しくなっちゃダメだよ?」

 

 よしよし、と子どもあやすように、すみれが優しく千束の髪を撫でる。

 

 ……普段と逆だ。

 

 そのシチュエーションが千束の羞恥心を呼び覚ます。

 

「……ば、ばかたれ……私を慰めるなんて、アンタには十年早いよ……」

 

 強がってそう答える。

 その言葉を聞いて、すみれは、えへ、と笑った。

 

 すみれの心情を慮れば、本来、千束よりも辛いのはすみれだろう。

 

 最愛の母。最愛の姉。最愛の女性。

 

 ……それを失ったのだ。

 

 いつものすみれならもっと泣きじゃくっていてもおかしくない。

 

 だと言うのに、すみれは笑顔を見せるだけでなく、こちらを気遣うことさえしている。

 

(……大人っぽくなった?)

 

 彼女の場合、精神年齢が幼い分、表情や仕草が子どもっぽいだけで、容姿だけを見るなら、十分大人である。

 

 だが、今のすみれは、まだあどけなさこそ抜けていないものの、ぐっと大人っぽく見える。

 

「……すみれ、私はどれくらい眠ってた?」

「んー? 十日くらいかなー? 一時期はちょっと危なかったんだよ? 手術は成功していたはずなのに、体が心臓の動かし方を忘れちゃってたみたいだねぇ……たきなちゃんが泣き喚いて大変だった。この件は、ノバラちゃんも誤算だったのかな?」

 

 うーむ、とすみれが考える表情をする。

 ノバラのことを口に出したのに悲壮感がない。

 

 ……自分が眠っている間に、心の整理を付けているのだろう。

 

「…………ノバラは……?」

「……うん。千束ちゃんの手術が終わった翌日かなー……ちゃんと送ってあげたよ。……って言っても、楠木さんの手配で遺体が引き取られていっただけなんだけどさ。本部で……他の亡くなったリコリスたちと一緒に眠ってるって。……千束ちゃんも落ち着いたら行ってあげてね?」

「……そっかぁ……」

 

 分かっていたことではある。

 ノバラの心臓がここにあるということは、彼女は生きてはいない。

 

 ……それでも、平然と顔を出しそうな感じはするが。

 

「あ、たきなちゃんに連絡しとかないと! えーっとぉ、『ちさとちゃんおきたよー』。えい、送信! ……あ、でも、たきなちゃん、仕事中かな? スマホはロッカーかも? ……んー……あ、クルミちゃんなら絶対見るよね! えい!」

「……たきなはリコリコ?」

「うん。昨日はたきなちゃんが一日中看ててくれたんだよ? ……残念だったね、千束ちゃん。昨日だったら良かったのに……」

 

 にひ、とすみれがからかうような笑みを浮かべる。

 

 ……千束も、どうして、たきなじゃなかったんだ、と一瞬思ったが……。

 

「ばか。からかうなよ。……それに、さすがに……たきなとすぐ顔を合わせるのは恥ずかしいかなー……お風呂も入ってないし」

 

 乙女の尊厳的にはちょっとどころじゃなく恥ずかしい。

 

 お風呂入ってないから臭うだろうし! 何ならカテーテルが入りっ放しだから、尿とか見られちゃうし!

 

「あ、でも、私的には丁度良かったかも? 東京(こっち)にいるのは今日で最後だからさ」

「……帰るのか、仙台に? 楓さんは……」

「……()()()はもう仙台にいないよ。表向き、今回の件でお咎めはないけど……それでも、一時的に関東は制御から外れちゃった訳だし? 独断専行し過ぎ、って。今度は沖縄だってさ! いいなぁ、沖縄。……これで私はしばらく沖縄には行けないなぁ……」

 

 しょぼん、とすみれが悲しそうな顔をした。

 

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