Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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すみれちゃん バトル回


24 One-to-Many : Violet side

 すみれは緊張していた。

 

 ノバラ以外との模擬戦の経験がほとんどないからだ。

 

 すみれの場合、難しい作戦を覚えることはできないし、周囲との連携を問われることもない。

 小難しいことはノバラに任せて、ノバラの言う通り、その辺を押しつぶす。それがすみれの役割だからだ。

 

 今回の出向は『それではダメだ』という、ノバラと楓と、そしてデイジーの言により、仕方なく(ノバラと一緒に遠出ということに目を輝かせたことはおいておく)やってきたのだ。

 つまりは、この模擬戦もすみれの研修の一環である。

 

(……う~ん……でも、相手はリコリスだから、殺しちゃダメなんでしょ? ……自信ない……)

 

 胃の辺りがしくしくと痛む。

 

 ノバラは千束とたきなに声をかけると言ったまままだ帰ってこない。自分はこの不安を誰に言ったらいいのか、とすみれは頭を抱える。試合開始まであと十分もない。

 

(……ノバラちゃ~ん……!)

 

 うるうると目を潤ませたすみれの様子は、捨てられた子猫のようだった。

 

「……すみれ、何で泣きそうになってるの?」

 

 まるで、すみれが限界になるギリギリまで待っていたかのようなタイミングの良さでノバラがやってきたので、あっという間にすみれの涙腺は決壊した。

 

「ノバラぢゃ~んっ!」

 

 だばーっと涙を流しながら、胸に飛び込んできたすみれの頭を撫でながら、ノバラはにまにまと上機嫌そうに笑みを浮かべていた。

 

「よしよし。とぉっても、可愛いわねぇ、すみれ」

 

「何でこんなカッコなのぉぉぉぉ!」

 

 すみれはセカンドの制服に、猫耳と猫シッポと肉球グローブを付けられていた。

 楠木との悪だくみその一である。

 相手がどれだけいい試合をしようと、舐めた格好のセカンドにいいようにやられたようにしか見えないようにするためだ。すみれの負け?あり得ないから考慮にすら入れられていない。

 それにすみれの戦闘スタイルに合わせたルールも組み込まれる予定もある。

 

「ん? 私が楽しいから?」

 

 だが、理由の半分くらいは、ノバラの私情だった。

 

「ノバラちゃんの意地悪ぅぅぅ!」

 

 すみれは可愛い(ウチの子可愛い)

 これはすみれの本部デビューを華々しく彩り、印象付けるためのノバラの作戦でもある。何せ、すみれは本格的なリコリスの訓練を受けたのは自分と組んでからなのだ。知名度も低く、少々おバカなところがあるすみれは実力を示さなければならない。見た目はふざけているかもしれないが、上層部はあんまり見た目は気にしない。

 ・・・そして、今回の件。余さず上層部に伝えられている。

 やらかした彼女達の尊厳とすみれの羞恥を犠牲にして、問責しないことは打ち合わせ済みである。

 その趣旨からすれば、すみれの模擬戦は、すみれの性能検査とも言うべきものであった。

 

「大丈夫よ、すみれ。でも、そうね。私からのアドバイスはぶつかる前にちょっと止まってあげて? それだけで十分よ。……できるわね?」

 

「んっと……ぶつかる前にちょっと止まる」

 

 顔を上げたすみれは確かめるように呟く。ノバラはそっとすみれの両手を取るとその上から包み込むように握りしめた。

 

「そうよ。簡単でしょう?」

 

 念を押すようにノバラがすみれに笑いかけると、すみれはちょっとだけ顔を赤らめて笑みを浮かべた。

 

「うん!」

 

「いい子ね……じゃあ、やっちゃいなさい、すみれ!」

 

「うん!行ってくるよ、ノバラちゃん!」

 

 愛しき相棒に背中を押されたすみれは揚々と足を進める。

 

 

 

 すみれが演習場(キルハウスブース)に入ると、その場にいたリコリス達は明らかに激怒していた。

 

 だが、事前に聞いていたとおりではあるが、すみれからして見れば、こんな格好をさせられた自分が怒ることではあっても、彼女達が怒る理由はよく分からなかった。

 人とのコミュニケーションが少ないすみれは、他人の感情に疎い。共感性に乏しいと言うべきだろうか。未だ成長途上のすみれにとって、世界はノバラと楓でできているようなもので、正直、それ以外はどうでもいい。そこに、千束やたきな、楠木やフキといった面々は入れても構わないが、関わりのない人間は、心底どうでもいい。

 

 ノバラが繰り返し殺すなと言っているから、手加減をするだけだ。ちょっと間違えても、まぁ、別に構わないだろう、という意識だった。

 

 セカンド二人にサードが三人。すみれが彼女達を見る目は、まるで虫を見るようなものだった。

 

「お前、何だその恰好は!?」

 

 指揮官役らしいセカンドが怒りも露に声を荒げる。

 しかし、すみれはきょとんとした様子だった。

 

「これ? 本当に可愛い? ノバラちゃんが着ろって言うから、着たけどホントに似合ってるかなぁ?」

 

 ノバラが『可愛い』と言ってくれたこと以外にすみれはほとんど興味がなかった。しかし、何となく自分が場違いな恰好をしているとの認識はあり、それが恥ずかしくはあったが、相手がどう思っているかは興味の範疇外だった。それでも、褒めてくれれば、対応も変わっていたのかもしれないが。

 

「そんな話はしていない! 舐めてるのか、お前!?」

 

 すみれの場違いな発言に煽られていると認識したセカンドは更に激昂する。

 そして、それは、すみれの認識と致命的な程にずれていく。

 

「うるさいなぁ……何で、そんなに怒ってるの?」

 

 同意を得られないすみれは徐々に不機嫌になっていく。入場したときはまだ笑みを浮かべていたが、その顔はだんだんと固くなっていく。

 

「何だとっ!?」

 

「すみれ、分かんないなぁ……」

 

 そう言ったすみれの顔は、何を考えているか分からない無表情だった。

 そのセカンドはそこで初めて、背筋の辺りがぞわりとして嫌な予感を感じていた。

 

『双方、お喋りはそこまでだ』

 

「……ちっ」

「はぁい」

 

 スピーカー越しの楠木の声に、セカンドは舌打ちをして、すみれは緩く返事をした。

 

『……いい子だ、すみれ』

 

 そう楠木に褒められて、すみれは、えへへ、とやっと笑みを浮かべた。

 

 画面越しのすみれに楠木は内心で冷や汗をかいていた。

 問題があるとは言え、貴重な戦力が摺りつぶされるところだった、と認識していたからだ。

 正直、現状を理解することすらできていないリコリスは死んでも構わないとさえ考えてはいたが、それにしたって、今ではない。せっかく育ててきたのだ。無駄に死なれては、コストパフォーマンスに見合わない。

 

『状況演習を開始する。想定は銃火器で武装し、耐銃火器を想定した装備をしているものとする。弾はペイント弾ではなく、訓練用ゴム弾。体術、ナイフの使用を許可する。……ああ、あと、そのグローブも有効扱いだ。ただし、戦闘不能判定はラジアータで行うので、やられたものは状況終了まで自力移動は不可だ。すみれは全員を制圧しろ。やりすぎるなよ? チームはすみれの頭を打ち抜け、それ以外は無効だ。五対一だ、それくらいはできるだろう?』

 

 楠木の言葉に五人は、自分たちに楠木が何か含むところがあることを悟ったが、この戦力差だ。根拠もなく、自信あり気にすぐに終わらせてやる、と互いに思っていた。その時までは。

 

 ビーっというブザー音。

 

 阿吽の呼吸と言うべきか、五人のうち、サードは一人が正面から、残り二人は放射状に左右に散開し、セカンド二人はその間に陣取った。

 

 対し、すみれは左足を大きく引き、腰を深く落として、両腕はまるで顔を隠すように目の前に掲げられている。

 近い体勢をあえて挙げるなら、ボクシングのピーカブースタイル。しかし、頭も胴体もすべてが隠れている。

 両腕を盾に見立てた防御姿勢も思える。

 

 だが、すみれは獰猛な視線で相手を観察していた。

 

「撃てっ!」

 

 指揮官役のセカンドが射撃の合図をすると、各リコリスがグロック(支給品)を抜き放ち、銃弾の雨がすみれを襲う。訓練用ゴム弾とは言え、威力は相当なものだ。装備があったとしても、衝撃でのけ反ったり、姿勢が崩れるのが普通だ。

 しかし、すみれは微動だにせず、腕の間の僅かな隙間からただジッと見ている。

 

「ちっ!」

 

 焦れたように右側に散開した(すみれからは左側)サードのリコリスが更にすみれの背後に回ろうとする動きを見せた瞬間。

 

 すみれの立っていた地面が爆ぜた。

 

 多対一で最も優先して狙うべきは『頭』。それを繰り返し言われていたすみれはただただ愚直にそれを行う。

 何せ相手がわざわざ間を空けてくれたのだ。指揮官と思しきセカンドのリコリスはすみれからすれば、無防備な獲物だった。

 

 あの体勢からまともな移動は無理だろうと思っていたところ、爆発的なスピードで真っすぐ迫ってくるすみれに驚きながらも、そのセカンドはすみれに狙いを絞って銃弾を放つ……それと同時、すみれは更に右足で大きく地面を蹴りだすと、まるで地面に頭を擦り付けるような前傾姿勢で相手の右側面の躍り出る。

 

(体術勝負かっ!? バカがっ! 一瞬でも隙がつくれれば、コッチの勝ちだ!)

 

 そのセカンドは安易にそう考えた。だが、その一瞬、すみれの目を見てしまった。熱さもない、冷たさもない、自らをまるで叩き潰すべき虫としか見ていない視線を。生理的な怖さを認識した瞬間、その刹那の瞬間の遅れがそのセカンドの対応を遅らせた。ナイフを抜き放とうとしたが、間に合わない。すみれが元の構えのまま突っ込んでくる。

 

 やむを得ず防御と受け身をと思った瞬間には、宙を飛んでいた。

 接触する瞬間にすみれがスピードを殺していたものの、まるで自動車と衝突したような衝撃。ズガン、と鋼板を歪めながら叩きつけられ、指揮官役のセカンドはそのまま意識を飛ばした。

 

 しかし、すみれはそれだけでは止まらない。

 次なる獲物を求め走り出す。

 

 正面に陣取っていたサードに狙いを定めると、同じように突っ込んでいく。サードは狂ったようにグロックを連射するも、すみれの歩みに乱れはない。雷のようなスピードと軌跡を描いたすみれの動きに、半分は外れ、半分はグローブに当たって弾かれた。

 

『頭以外は有効と認めない』、そのルールはこれが理由だと思い当たるも、時すでに遅く、目の前に迫っていたすみれに、轢かれる。

 跳ね飛ばされながら、自らの肋骨がぐしゃりと音を立てて砕ける音を聞いた。

 

 すみれは更に加速する。

 

 最も近い場所にいたセカンドは、先の二人を犠牲にした時間をうまく使い、距離を取っていたので、すみれはやむなく残りのサードを標的とする。

 

 散開したサードと元の位置のまま牽制するように射撃を行っているサード。

 見た目上、すみれは前後を挟まれるような形となった。

 ちらりと後方に位置した散開したサードの居場所と動きを確認すると、すみれは正面にいたサードが銃を捨て、ナイフを逆手にとった様子を見ていた。

 

 にぃ、と口角を上げたすみれは、相手が自らにナイフを切り込んでくるタイミングを見計らう。

 

「せぇっ!」

 

 振りかぶって、掛け声を上げて切りかかってくる刹那、すみれは、さらに前傾姿勢をとって、ナイフを前に躱す。通常であれば、転んでいそうなすみれの動きにナイフを持ったサードはすみれを見失う。

 同時、背後に回り込んだすみれは、体を切り返し、サードを背後から腕全体を使って押し出す。

 

「がはっ!」

「なぁっ!?」

 

 吹き飛ばしたサードでもう一人のサードを押しつぶす。

 

 すみれの計算通りに衝突させられた二人は、その衝撃でそのまま行動不能となる。

 

 しかし、すみれは、最後のセカンドを見失っていた。

 

 タンッ、と乾いた音がした。

 

 セカンドは正面からは、すみれの防御を崩せないと悟ったが故に、仲間を囮として、自分がすみれを狙う間をとった。

 意識を完全に逸らせることができれば、背後から狙うのが有効であろうが、気取られれば、爆発的な加速で前後左右のいずれでも確実に轢かれる。

 

 セカンドが選んだのは上方だった。

 

 身体能力を活かして、壁を蹴って宙を飛び、すみれの上方から頭を狙う。

 

 起死回生と言うべき発想ではあった。

 

 ……だが、それはすみれにとっては想定の範囲内。

 ノバラに指摘された自分の戦闘スタイルの弱点である。

 

 故に、自分が平面で見失った相手は空中にいると理解していたし、空中にいる相手はそれ以上どこにも動くことができない的だとも理解していた。

 

 すみれは相手の位置を確認しないまま、上方に腕を掲げると手のひらの辺りにこそばゆい感触を認識する。

 

 あらかじめの想定のとおりの位置に相手を把握すると、より一層笑みを深め、距離を詰めると同時、相手のスカートを摘まんで体ごと地面にたたきつけた。

 

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