Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「うしっ! そんじゃあ、やってやりますか!」
千束は様子を見ることなどしない。
……先手必勝である。
まさか、いきなり飛び込んでくるとは思わなかったのか、リリベル側も慌てた様子が見て取れる。
「わっほぉ!」
問答無用。
千束は手近にいた一人の隊員の顎を蹴り上げる。
すこん、と顎を蹴り抜かれた彼の幸運は、変に力が入っていない状態であったためか、顎が砕かれることなく、綺麗に意識を失ったことと……千束の履いている真っ赤で扇情的な下着を脳裏に焼き付けたことだろうか。
「……ちっ! 撃て! 殺しても構わん!」
(……お?)
見覚えのある顔から、そんな指示が出されたのを聞いて、千束は、にやり、と笑った。
……彼はかつて、千束の寝込みを襲いに来たリリベルの一人だ。
順調に出世して今や、隊長クラスというのは、千束としても、喜ばしい限りである。
あの時以来、何度か顔を合わせているが、いつも苦み走った顔で、千束を睨みつけてはいたが、いきなり、殺しても構わん、などと嫌われている様子は無かったのだが……。
(……良く分かってんじゃないの!)
……彼の判断は正しい。
奇襲に失敗した時点で、リリベル側の作戦は破綻している。
加えて、錦木千束というリコリスの最大の切り札を相手に、
それは、現在戦闘中のリリベルの中で彼が一番分かっていることだ。
この人数差、火力差の上、殺しに掛かってなお劣勢。
……だが、それでも負けるわけにいかない。
「隊列を崩すな! 相互の連携を維持しろ! ヤツも人間だ! 飽和射撃なら避けられん!」
号令一下。
わずかに乱れていた足並みが揃う。
ARX160が一斉に火を噴き、さすがの千束も木陰に身を隠す。
個々の力量は千束に劣るが、チームとしては負けていない。
……そのはずだった。
……タン!
彼の部下の一人の銃が吹き飛ばされる。
(当ててきただと!?)
木陰から突き出た銃を精密に射撃された。
それを理解するのに、時間はいらなかったが、正直信じられない想いである。
千束が切り込んで、隊列がわずかに乱れたとはいえ、そこまで無様な隙を晒していたわけではない。
だと言うのに、正確に射貫かれた。
隊の中には、少しばかりの動揺が走っていた。
……その隙を千束は見逃さない。
「……しまっ!?」
素早く駆け寄ってきた千束が、腰溜めに構えて一発を鳩尾の辺りに、わずかに体を反らして顎の下辺りを撃ち抜かれる。
……非殺傷弾である。死にはしない。
だが、意識を飛ばしてしまいたいほどの痛みが走り、視界が白く染まる。
それでも体を動かせたのは、訓練の成果だろう。
……自分より年下の小さな少女に叩きのめされ、窓から放り投げられ、骨を折り、戦線を長く離脱したのは、彼にとって、苦々しい思い出だ。
「……っぁああああああ!!」
ARX160の銃把を千束の頭を目掛けて振り下ろす。
「……っと!」
する、と千束が躱しつつ、背後に回る。
ふわり、と香る甘い匂いに気を取られつつも、ぐる、と体を捻って回し蹴りを放った。
「よっ!」
膝裏を蹴られて、がくり、とバランスを崩す。
にぃ、と笑った千束の顔が目に映る。
ごり、と肘が鳩尾にめり込んでいた。
「がぁ……っ!」
足に力が入らない。それでも、渾身の力を込めて、拳を振るった。
ぴっ、とわずかに拳を千束の頬を掠める。
……それが限界。
彼は拳を振り下ろした格好のまま、意識を手放し、地面に崩れ落ちる。
「……やるじゃん」
◇◆◇
リリベルの練度は
連携の訓練を余程綿密に行っているのか、千束が切り込んでも動揺は最小限だった、と言ってもいいだろう。
リリベルとしても、本来敵対している訳でもないリコリスの相手というのはやり辛い相手だ。
集団運用を前提としたリリベルに対し、リコリスは基本的に、単独かペア。通常、多くても班くらい。奇襲を前提としたリコリスと隊列を組んで戦闘を行うリリベルは実のところあまり相性は良くない。
集団というものは恐ろしいもので、一人二人と崩れれば、集団全体が崩れかねない。多少の損耗があったとしても、適切な指揮で隊全体をまとめ上げ続けなければいけない。
リコリスであれば、個としての強さが高いなら、指揮官としての適性はそれなりでも何とかなる。だが、リリベルには、個としての強さのほかに、絶対的に指揮官としての適性が求められる。
冷静に。冷徹に。
熱くならず、淡々と職務を全うすることを求められる。
それを考えれば、彼らにしても、今回の作戦は不本意なものだ。
御形ハジメの奪還、それが不可能であれば処分。……これは、まぁいい。
問題は、錦木千束の身柄の確保である。
上層部が何を考えているのかは分からないが、彼らも何となくきな臭いものを感じ取っていた。
……しかし、楽観もあった。
史上最強のリコリス。『
そう言われているのだとしても、どうせ一人の少女なのだろう、と。
だが、その考えは誤りであった。
錦木千束はどうしようもないほどの化け物である。
倍以上の敵に平然と切り込み、銃弾を離れても、ひらひらと躱してしまう。
懐に飛び込まれれば、その圧倒的身体能力と反射神経で蹂躙される。
だから、彼らの隊長が、殺しても構わない、と言ったのは英断だった。
その覚悟がなければ、本当に鎧袖一触で蹴散らされていた。
……誤算があったとすれば、そう……。
……化け物はもう一人いた、ということだ。
『
英雄の片翼を冠する彼女は、その名に恥じない化け物だった。
◇◆◇
千束が乱した隊列をたきなは見逃さない。
それがわずかな隙であったとしても。
リリベルとしては、要注意人物なのは千束で、正直、たきなは添え物程度の認識であっただろう。
……このときまでは。
僅かに木陰からはみ出た銃を狙い撃つ。
こちらに気づき、銃を向けようとするその銃口を撃ち貫く。
千束に向けられた銃を持つその肩口を、千束を殺そうと駆け寄ろうとするその脚を穿つ。
千束が乱して、たきなが狩る。
ノバラをして、最強姉二人、と言わしめるそのコンビネーション。
アイコンタクトすら必要としない阿吽の呼吸。
一人でも厄介なのに、二人揃えば、より難敵である。
……それでも、千束に隊長を堕とされてなお幾ばくかの時間持ちこたえたのは、彼らの矜持故のことだろう。
『……たきな。北側が来ているぞ』
粗方の敵を撃ち終えたたきなはクルミの声に、反対方向の気配を伺う。
「車の方には?」
……まぁ、行ったら、終わりだ。あれはミミックのようなものなので。
『こちらが優先のようだな』
こくり、と頷き、たきなは駆け出す。
「……なら、千束と合流して、林の中で迎撃しましょう。さすがに私には千束みたいに器用に避けることはできませんので」
『……無難だな』
「無茶をする必要はありません。『命大事に』、ですから」
……もちろん、敵も、と心の中で付け足した。