Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
(……胡散臭ぇ……)
ハジメと一緒にちょっとした実験に参加するように言われたカエデは、初手からやる気が大分失せた。
……いや、そもそも、ハジメが来る、ということがなければ、端から参加しなかったかもしれない。
(……私としたことが失敗したな。ハジメが一緒だから、と楽観視し過ぎたかもしれん。こりゃあ、あれだ……絶対碌なことになんねぇわ……)
ははは、と乾いた笑いが出た。
……このときのカエデには、それでもさほどの危機感は無かった。
実験というのが何をするのか分からなくても、ハジメが相棒であればどんな難題だってクリアできる、という安心と信頼があったからだ。
「……ハジメ、アンタ、実験って何するか聞いてる?」
「……リリベルとリコリスで共同生活を行わせることによって連携を深めるための試行と聞いたが」
「……共同生活ねぇ? 私とアンタだから問題ないだろうけど、普通の奴らにやらせるにはちょっとマズいんじゃないの? 色んな意味でさぁ……」
ぽり、とカエデは顔を少しだけ赤くしながら、頬を掻いた。
……年頃の男女が共同生活するなんて問題しかない。
初心な彼女たちは、上層部が、その問題が起きて欲しい、と思っていることなど考えもしなかった。
「いずれにしろ、命令として受けた以上は、やる以外の選択肢がないだろう? 裏切者扱いされるのは御免だしな」
「別の意味で
けけけ、とカエデが悪戯っぽく笑う。
ハジメとしては、これが冗談で言っていることは分かる……分かるが、自分が男扱いされていないような気がして、その心境は複雑だった。
「……まぁ、しばらくはよろしく頼む。任務を一緒にするのとはまた違うだろうしな」
「それはそうだな……良い相棒が良いルームメイトとは限らない訳だし」
……そして、カエデとハジメは実験と称される共同生活を始めた。
互いに男女を意識しつつも、初々しくも理性的に。
◇◆◇
……思った以上に何もなかった。
一週間ほど二人で過ごして互いに理解したことと言えば。
カエデが意外なほどに料理上手なこと。
ハジメは何をやらせても不器用なこと。
「……アンタ、そんなに不器用だったんだな」
「……うるさい。お前こそ、料理が上手いと意外過ぎるだろ……」
ハジメは良く気が利く男だ。
カエデが料理を振舞えば、食べ終わりは自分で率先して片付けをやろうとする。
……が、力加減が下手くそなのか、絶対に何枚かは皿を割る。
掃除もやろうとはする。
しかし、箒もモップも折ってしまう。
カエデが、いいから座ってろ、とキレるまでさほどの時間を要さなかった。
対して、カエデは意外なほどに女子力を発揮していた。
基本、彼女は物臭ではあるが、大体のことは何でもできる。……やらないだけで。
ハジメが家事という面では使い物にならないことが分かったから、基本家事全般は彼女が担っている。……切実な問題として、下着をハジメに洗われるとか恥ずかし過ぎるので、洗濯に関しては、最初から譲る気はなかったが。
「……おいしい?」
「……お前が作るものは何でも旨い」
「……そ。良かった」
カエデは、にこにこ、と上機嫌に、ガツガツ、と食事を取るハジメを見ていた。
今日の夕食はスタンダードタイプのオムライス。
割とお子様舌なハジメは味がはっきりしている方が好みのようなので、カエデはオムレツの上に、でかでかとケチャップでハートを描いてやった。
むぅ、とちょっと恥ずかしそうにしたが、一匙口に入れれば、絶え間なく口に運んでいた。
大人の男性、と言っても良い、ハジメであるが、こんなところは酷く子供っぽくて、カエデの母性本能を刺激した。
ゆるゆるとした生活。これまで生きてきた中で最ものんびりしていたと言っても過言ではなかった。
……まるで新婚の夫婦のようであった。
……実質、軟禁されているようなものだったが。
◇◆◇
テレビがなければ、パソコンもない。
スマホも取り上げられているので、外と連絡も取れない。
窓もない部屋では時間の感覚すら曖昧になる。
……普通の人間なら気が狂ってもおかしくない生活を一か月。
二人は平然と過ごしていた。
「しかし、あれだな、暇だな……っと!」
「だから、こうして体を動かしているんだろ……ふっ!」
カエデが鋭い蹴りを放てば、ハジメがそれを受け止める。
ハジメが突きを打てば、カエデが、するり、と避ける。
事前に動き方を決めている約束稽古ではあるが、これはこれで実りの多いものだ。カエデとしてはリコリスの中で、彼女とまともにやり合える相手はいないが、ハジメだったら遠慮もいらいない。ハジメにしても、カエデに手加減は必要だが、他のリリベルは彼と組手などやろうとも思わない。
互いの要望がマッチしての、二人での訓練だ。
基本、こんな風ではあったが、軟禁されていようと、二人の生活はいつも通りだった。
任務がなく、相方が一緒に住んでいるというだけで、やることに変わりはない。
……ただひたすらに己を錬磨する。
常日頃から、多くの時間を自己鍛錬に費やしていた二人からすれば、この程度で規則正しい生活が崩れる訳もない。
起きる。鍛錬する。食べる。鍛錬する。食べる。鍛錬する。食べる。家事をする。風呂に入る。寝る。
このルーティンは崩れない。
だからこそ、二人は正気を保っていられた。
「……ところで、カエデ」
「んー?」
「……その……汗で服が透けていてだな……?」
薄手のスポーツウェアで体を動かしているカエデの姿は暴力的だ。
体を動かせば、ぶるん、とその大きな胸が震える。
その幼げな容貌に似合わない紫色の扇情的な下着を透けて見える。
「くふっ! アンタ、初心で可愛いよな、そういうトコ!」
カエデは、けらけら、と笑う。
カエデにとって、ハジメは世界一安全な男である。
多少、邪な視線が飛んでくることもあるが、彼のそれは不快なものではないし、うっかり、目に入ったので、そっ、と目を逸らすというような可愛らしいものだ。
……正直、街中を歩いているときの方が、ねっとりとした視線を感じるくらいである。
二人きりとは言え、ハジメは無遠慮にじろじろ見てくるわけでもない。
……そのため、カエデは特に気にしていなかった。
……その分、ハジメがもやもやとしたものを抱える結果となっていたわけだが。
ハジメは自分のタオルをカエデに投げつける。
「……アホ。もう少し危機感を持て。俺だって男なんだぞ?」
「知ってるぜぃ? アンタは理性的だから、そういうことできないのもね?」
「…………」
はぁ、とため息をついて、ハジメは踵を返して、部屋を後にしようとする。
「おろ? 何かあんの?」
タオルを体に掛け。水の入ったペットボトルに口を付けながら、カエデが訪ねる。
「……検査だとさ。正直、寮で暮らしているよりも、バランス取れた食事ができているから、ここに来る前より、調子が良いくらいなんだがな」
遠回しな感謝にカエデは、ふふ、と小さく笑う。
「……ふふっ、そりゃどうも。今日の夕食は何がいい?」
「……生姜焼き」
何日かに一回食べたいと言い出す生姜焼き。
それが何となく面白くなり、くすくす、と笑う。
「はい。承りました。お早いお帰りを。ア・ナ・タ♡」
「遊ぶな! ……それと、体を冷やすなよ。整理体操を忘れるな。マッサージもだ」
「……はいはい。ちゃんとやって、ご飯作って待ってますよー?」
きひひ、と悪戯っぽく笑みを浮かべて、カエデはハジメを見送った。
……運命のときは迫る。