Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
どたん、という大きい音がしたことに気づき、カエデはその音を確かめに、警戒しつつ、様子を伺った。
(……さぁて? ハジメだろうとは思うが……)
……ハジメなら、
それ以外なら、完全に厄介事になる。
(……監視もされているようだしな。何をしたいのか分からんが)
……隠されてはいる。巧妙に。
ハジメは、何となく監視されている、程度に気づいているくらいだろうが、カエデには大体設置されている場所も予想が付いた。
あると思って探れば、巧妙に偽装されていることも分かる。機械にも気配はある……正確に言えば、設置された意図がある。それを読み解いていけば、どこにどのように設置されているかが分かる。
故に、早い段階で監視されていることには気づいたが、それはそもそも今回の実験と称されているものの目的の一部であろう。だからこそ、カエデもハジメも無視していた。そも、彼女たちが暮らしている寮にも監視カメラなどは設置されているから、さほど気にもならない。
……まぁ、今回はちょっとばかり、プライベートに踏み込みすぎた位置にも設置されているので、気持ち悪さがないこともないが。
「……っ!? おい、ハジメ!?」
カエデはハジメが帰ってきたのだと分かり、ほっとしたものの、次の瞬間には、慌てていた。
……あのハジメが。
倒れるようにして壁にもたれ掛かっていたからだ。
「大丈夫か!? ちっ……ベッドまで歩けるか?」
カエデが近寄って、ハジメを支えようとする。
……しかし。
ぱしっ、とハジメに手を振り払われた。
「……えっ……?」
まるで拒絶されるようなその動作に、カエデは思いがけず、ショックを受けたような声が漏れた。
……手を振り払われることは、普段からある。
カエデが冗談半分に抱き着いたり、撫でようとしたりするとき、ハジメが抵抗するように、その手を振り払う。
だが、それは、カエデも、そういうこともある、と思って仕掛けていることだし、ハジメのそれもどちらかと言うと、照れ隠しに近い。
だが、今のは……。
(……本気で嫌がられた……? ……どうして……? ……いや、それよりも私は……どうして、こんなにも悲しい気持ちになるんだ……?)
一番の問題は、普段、他人のことになんて全く興味のないカエデが、どうしてそこまでハジメの行動に心を揺り動かされるのか。
(…………あぁ……そうか……)
……元々好意はあった。
ハジメは女慣れこそしていないが、面倒見の良い方であるし、リリベルの隊長クラスまで昇りつめただけあって、あまり意識はしていないのだろうが、人の心の掴み方が上手い。
少し背伸びをしたようなリードとそれが空回りする様は、カエデには可愛らしく映っている。
そして、戦闘となれば、これほど頼りになる存在もおらず、戦っている姿は美しいとさえ言える。
……嫌いになる要素はない。
だから、相棒としての好意は確かに感じていた。
……このときまで、カエデは、恋というものを理解できておらず……。
(……私は、ハジメを……)
……だが、初めて自覚した。
であるからこそ、こんなにもショックを受けたのだ……と理解はしたものの、カエデは、それだけでぼろぼろ涙を零して引きこもってしまうようなヤワな性質ではない。
……いや、むしろ、嫌がられれば嫌がられるほど、責めたくなる性質である。
「おらぁ!? 人の好意を無視するな!!」
うがぁ、とカエデが吠え、ハジメの手を引こうとしたとき。
……情欲に濡れたハジメの視線がカエデを射抜いた。
「……あ?」
「さ、触、る……なっ!!」
ぎりぃ、とカエデにも聞こえるほど大きな歯を食いしばる音。
はぁはぁ、と荒い息。
汗ばんだ体。
紅潮した頬。
(……媚薬……いや、催淫剤!? 何のために……っ!?)
……気づく。
「……ハ……くふっ……クハハハハッ! そうか、そうか!
腸が煮えくり返る。
……誰の発案によるものかは分からないが、おぞましいことを考えるものだと思った。
さして広くもない場所に、年頃の男女を二人きり。
……問題が起こらないはずもない。
どころか、その問題を起こして欲しかったのだろう。
しかし、カエデとハジメは平然と生活していた。
……だから、強攻策が執られた。
これが、逆であれば、ハジメは鉄の意志でカエデを取り押さえ、やり過ごせたかもしれない。
だが、単純な腕力差において、カエデにはハジメに抗う術がない。
ハジメの理性が飛べば、思うままに蹂躙される。
……何事もなく終わるにはハジメが耐えるほかない。
それ故の拒絶。
「……ハァー…ハァー……っ! ……近寄るな、カエデ……っ! 一人にしてくれれば、それでいい……頼むから……! ……今だけは、一人にしてくれ……っく!」
ハジメの口の端から、血が流れ落ちる。
理性を保つため、舌を噛んだのだろう。
暴れる体を押さえつけるようにしているその両手は、自分の肘に爪を立てて、ぽたぽた、と血が流れている。
……本能の赴くまま、思う様にカエデを貪ってしまえばいいのに。
……そうすれば、そこまで苦しい想いをしなくてもいいのに。
かっ、と見開いたような目は、真っ赤に染まり……そして、血の涙を流し始める。
「かはっ! ……ハァーッ……ハァーッ……!」
ハジメはどうして、そこまで我慢するのだろうか。
カエデは考えを巡らせる。
……本能に身を任せるのを良しとしないから。
……情欲に負けることなどプライドが許さないから。
……可愛がっている妹分を傷つけたくないから。
……カエデを愛しているからこそ、こんな形で奪いたくないから。
(……大事にされてんなぁ、私)
こんなときに何だが、カエデはちょっと嬉しかった。
……カエデがハジメにベタベタとくっついているとき、ハジメは、へたれか、というくらい臆病であり、また、紳士的であった。
彼が本気になれば、何時だって、どんなときだって、自分の思うようにできたのに。
ハジメは自覚の足りていないカエデに合わせてくれていたのだ。
『好き』という感情も、『恋』という感情も何処かに置き忘れてきたかのような、無邪気で幼いカエデの心に。
だが、カエデはもう自覚している。
……気を使われるような子どもではない。
「……ったく! ほら! 行くぞ!」
……カエデは覚悟を決めている。
覚悟を決めて、ハジメに触れた。
ハジメの腕を取り、ハジメに肩を貸すようにして立ち上がる。
「……や……やめ、ろ……っ!」
はぁはぁ、と荒い息のまま、ハジメが耐えるにように拳を握りしめ、そして、血を流す。
「やなこった。アンタが我慢している間は、私はいつもの私を続ける」
ずる、ずる、とゆっくりとした足取りで、いつも二人で寝ている部屋に近づいていく。
「……アンタが我慢できるってことは、私はその程度の女ってことだ」
……ドアを開ける。
「……バカ、が……っ! 俺が、どれだけ、我慢している、と……っ!」
どさり、とハジメをベッドの上に下ろす。
……ハジメには、カエデを離せなかった。
ぎゅうっ、と痛いほどにカエデを抱きしめて離さない……離せない。
「……………………………………………………………………ぃぃょ?」
……もう、我慢はできなかった。