Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
カエデたちが暮らしている……否、軟禁されている場所は、DA本部と同じくらい山の中にある病院や研究所を思わせる分厚いコンクリート製の建物である。
元は避難用のシェルターだったのか、いくつか自分たちの部屋と同じような扉があるほか、途中途中に隔壁がある。
カエデとハジメが無理に逃げ出そうとしなかった理由がこれだ。
こちらが指定した食材は定期的に運んできてくれるが、扉は中にいる者には制御できず、あちら側から開けてもらうほかない。
仮に、部屋から出ることができたとして、これの隔壁を突破するのは難しい。
いかにハジメが人外の膂力といっても、分厚いコンクリートの壁をぶち抜くことはできないし、この頑丈な隔壁も同様だ。
……つまり、生き抜くには、相手側の指定していることをこなすしかない。
受ける前であれば、断ることもできただろうが……。
(……いや、無理だな。断れまい。リコリスとリリベルの合同任務が既に布石だ。あの程度ならば、と思っていたが、あの時点で詰みだった訳か……)
しかし、あの時点では断る理由が少ない。仮に断ることができたとして、どうなっていたかは分からない。
……用済み、あるいは、裏切り者、と見なされていたとしてもおかしくない。
(……司令官連中より上の上層部。それも、ほぼ最終意思決定ができる連中だろう。そうでなければ、私はともかく、ハジメを使えない)
カエデはセカンドとしては優秀だし、この時点でファースト入りは確実視されているものの、それでも一セカンドリコリスでしかない。
しかし、一方で、ハジメは既にリリベルの隊長クラス。加えて、その戦闘能力はハジメ一人だけで戦況を覆すほど。これを数か月に渡り、通常以外の任務に従事させる、というのは余程のことだ。本人への打診は直属の司令官を通してはいるだろうが、司令官が頷かなければ、別の方法が執られていただろう。
……カエデの見るところ、ハジメはこの一連の計画の主軸と見ている。
ハジメの戦闘能力をどうやって次代に引き継がせるか。これが、今回の計画の命題だろう。
相手にカエデが選ばれたのは、カエデがそこそこに優秀で、チームもペアもいなかったからだろうか。最悪、処分しようが、行方不明になろうが、騒ぐヤツもいない。
……極めて都合が良い駒だった。
(……私たち二人とも選ばれるべくして選ばれたってことか。……しかし、解せんな……。こんなことが常態的に行われているのだとしたら、何かしら痕跡が残っているハズだ……いや、八咫烏時代にまで戻ればなくはない。だからと言って、これは強引過ぎるし、これまでのDAのやり口じゃない。……外部からの入れ知恵、もしくは、オーダーがあったと見るべきか?)
カエデは密かにDA内の情報を調べたことがあった。
DAは外部に対しては強固なセキュリティを構築しているが、内部に対してはそこまでセキュリティが強くない。
リコリスやリリベルの出身者、関係者が本部での勤務に当たっていることもあり、人員が厳選されているからでもあるだろう。つまりは、内部は強く統制されているから、多額の予算をかけてまで、比較的どうでもいい情報まで保護する意味がない、と考えている……もしくは、そこまで考えていないかだ。
だからこそ、カエデは楽に調べることができた。
リコリス、リリベルの人員。敵対勢力やDAの財政状況までも。
仮に、財務諸表を作るなら、真っ赤っかの大赤字経営なのは間違いない。まぁ、国の機関というのは、税金を除けば、基本、収入らしい収入はほとんどないので、そんなものなのだが。
だから、後援者、スポンサーがいるのは間違いないし、彼らの意向はDAの運営に反映される。
……上層部。
三人の常任理事と十人の通常理事で構成されており、その多くにはスポンサーたちが就いている。本来的には内部監査機関として機能すべきものではあるが、実情として、運営に口を挟んでいることは間違いない。
(……首謀者はお前たちだろう?)
通路にある監視カメラを、ぎろり、と睨みつける。
……今、カエデを見ているとは限らない。
だが、いずれ、この殺意と憎悪を届けてやろう、と誓う。
(……しかし、まぁ、ここを出んことには何ともならん。お望みどおり、ガキの一人くらい孕んでやるよ)
相手がハジメ以外の誰とも知れない男であれば、カエデももっと抵抗するかもしれないが、他ならぬハジメが相手だ。強制されている、というところは情緒もへったくれもないが、抵抗感はそれほどでもない。
指定された部屋にカエデが入ると、デスクに一人の女性が座っていた。
「……そこに座って」
(……この人)
カエデはその女性を、じっ、と見ながら、言葉に従って椅子に座る。
幾つかの問診をされ、血圧を測定される。
……これだけなら、普通の健康診断のようなものであるが。
「じゃあ、これを使って? お手洗いはそちら。使ったコップは台にそのまま置いて。そちらも検査に回すから」
そう言って、手渡されたのは妊娠検査薬のようである。
「……」
ぶすっ、とした顔でカエデはそれを受け取る。
……分かっていたことではあるが、ここまであからさまだと不機嫌にもなろう。
カエデは少し不機嫌になりながらも、指示通りに採取と検査を行って、結果を見せる。
女性は結果を見ても特に何とも思わないのか、カルテらしきに紙に横線を一つだけ引いた。
「……じゃあ、腕出して」
極めて事務的な様子な彼女ではあるが、努めて感情を出さないようにしていることがカエデには分かった。
……そして。
「……あなた、元リコリス? 何でこんなことやってんの?」
カエデは何の駆け引きもなく、そう問いかけると、その女性は、はぁ、と深いため息をはいた。
彼女は間違いなく、元リコリスである。
……消えない血の匂いと、努めて抑制的に行われている感情制御。
一見、普通に仕事をしているだけのようにも見えるが、こちらの動作に対処できるよう警戒されていた。
一般人では決してあり得ない。
「……やりたくてやってるんじゃないわよ。分かるでしょう? 私に選択権なんてないの。最低限の医療知識が叩き込まれているから、医者の真似事をしなきゃいけないの。それがお仕事なの。分かったら、早く腕出して」
そりゃそうだ、と楓が腕を出すと、彼女は手際よく採血を始める。
「へぇ……医師免許持ってるの? 優秀なんだねぇ」
「一応よ、一応。私みたいな木っ端の元サードリコリスでも、生き残って、それなりに頭が良いなら使い道があるってことでしょう」
一つの採血管を取り終えると、次の物が差し込まれる。
「ふーん……私が何されてるかって知ってる?」
「知らないわよ。……予想は付いてるけどね。でも、聞かされていないってことは、聞いちゃいけないってこと。知る必要がないってこと」
……ウソは言っていないな、とカエデは女性を見る。
「……まったく。いくら私が訓練棟で暇そうにしてるからって、明らかにこんな訳ありの仕事させるとか。上層部の気まぐれも困ったものね」
(……この人がいるのは、一応、私を診るための配慮か? 最も別のことに配慮して欲しいものだが)
聞けば、彼女は元々訓練棟に常駐している医師の一人だそうだが、大きなケガや事故はそうそう無いので、忙しいのは月に一回の検診くらいのときだそうな。
なら空いている時間に何かさせよう、ということで、一番近くで暇そうな彼女がここ一か月で派遣されることになったらしい。
「……一応、必要に応じて、あなたのことをカウンセリングするように言われてるけど。……必要かしら?」
「必要ない」
カエデがばっさりと切り捨てると、くす、と女性が初めて笑みを見せた。
「そうよね? あなたの身に起こっていることが、私の思っているとおりだとして……本当に必要なら、もっと泣いて喚いて叫んでいるでしょうから」
……少しだけ揶揄うような笑み。
カエデの身に起こっていることを正確に把握し、状況については極めて不本意だが、彼女の身にあったこと自体は別に嫌ではない、と見抜いてのことだろう。
それに、と女性が言葉を続ける。
「……覚悟はできているのでしょう?」
確かめるようなその言葉にカエデはうなづく。
「……そうしなきゃここから出られん」
「……出られる可能性はあるわよ?……あなたの場合、用済み、と判断される可能性もあるけど」
「それは困る。落とし前が付けられない」
「……怖いわね。聞かなかったことにしてあげるわ。さて……」
ことり、と女性が一本の注射器を取り出した。
「……私はこれの中身が何か知らないけれど。あなたは身をもって、どういう代物か分かっているのでしょう? 連中は結果が欲しいだけ。あえて、これを使う必要はない。彼らはいちいち映像を確認したいわけじゃないだろうから、使ったことにしてもいいわ」
女性がその注射を打つことに気乗りしていないことが分かる。
「余計なことを気にするな。さっさと打て」
だが、カエデは腕を突き出して、促した。
唖然とした女性が、はぁぁ、と深いため息をつく。
「……正気? こんなものに頼らなくても、ちょっとおねだりするだけで十分じゃないの? ……あなた、可愛いし」
しかし、カエデは首を振った。
「……今のアイツにそんなことをしても無駄だ。死ぬほど落ち込んでいるみたいだしな。……仮に、アイツが私のおねだりに答えてくれたとして、だ。アイツは私がここから出たいという、ただその気持ちだけだと思うだろう。そうしたら、アイツが壊れてしまう。だから、言い訳が必要だ。私が苦しんでいるからだ、とな。それに……」
その類稀なる戦闘能力に比して、ハジメは優しくて素直だ。
それ故に、カエデが打算でそんなことをしたら、裏切られたような気持ちになるだろう。
……そんな思いはさせたくない。
そんなことをすれば、本当にハジメ自身も、二人の関係も完全に壊れてしまう。
「……アイツは最後の最後まで我慢してくれた。あのとき、アイツの背中を最後に押したのは私だ。アイツが苦しんでいるのを見ていられなかった、というのもある。だが、私がそうすることを望んでいなかったと言えるか? 別の場所、別の時間、別のシチュエーションだったら、私は喜んで身を捧げていただろう。それくらいには、アイツのことを……愛している……愛して
ふぅ、と息をはいて、カエデは女性を睨む。
「……だから、打て。私たちのために」
……ほどなくして、はぁ、というため息とともに、ぷすり、と腕に針が刺さる感触がした。