Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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214H Aphrodisiac and entreaties

(……はは。なるほど。こりゃあ、キツイ……!)

 

 注射を打たれてすぐは、特に異変はなかった。

 医師の女性に、一応は礼を言って、部屋を出て帰路に着き、部屋のすぐ近くに来たところで、突然に来た。

 

 ぐる、と世界が回り、視界が白く、ぱちぱち、と弾ける。

 

 ふわふわ、と体が軽くなるような感覚から一転。

 ぞわ、と体全体が何かに撫でられるような感触がした。

 

「……っ!? ~~~~っ!!」

 

 わずかに流れている空気が肌を撫でただけだ、と分かる。

 

 だと言うのに、くすぐったいような、それでいて、脳が痺れるような感覚。

 

 きり、と歯を食いしばったわずかな痛みさえ……。

 

「はぁ……ぅ……♡」

 

 強制的に快感へと変えられてしまう。

 

 一歩歩けば、触れた空気が、衣擦れが、足が地に着く感触が、呼吸さえ。

 

 ぞくぞく、と爪先から脳天まで突き抜けるような快感。

 

「あっ……うぅ!?」

 

 びくびく、とカエデは痙攣させた。

 

(アイツと同じ薬だと限らないわけだが……ヤバいな……ただ歩いているだけでこれだぞ? しかも、今は感覚が敏感になっていだけだが……おそらく、それだけじゃないだろう)

 

 何とか、部屋まで辿り着き、中に入る。

 

 ……少しだけ、安心する。

 

 気を抜いたのいけなかったのだろうか。ふらり、と足元が覚束なくなり、どさり、と倒れる。

 

「あ……ぁ、ん……っ……」

 

 横になった状態で、無意識の内に両手を両足の間に入れて、ぎゅぅ、と丸くなる。

 

 自らの髪が体に張り付いて、全身が汗でべたべたになっていることに気づく。

 

(……べたべたして、気持ち悪い……)

 

 だからと言って、できることもない。

 この姿勢は今の状態において、比較的楽ではあるが、妙に自分の汗の匂いが気になる。

 

(……触覚、嗅覚の鋭敏化。痛覚は鈍麻し、快感を増幅させるってとこか? なんつー薬を作ってんだよ……常習性はないだろうな……? これをまともにやり続けたら、廃人まっしぐらだぞ……)

 

 よし、とカエデは、まだ理性は働いていることに安堵する。

 

「……カエデ!? ……くそっ……!」

 

 ……ハジメの匂いがした。

 

 それを意識した瞬間、脳が蕩ける。

 

 何も考えられなくなりそうだった。

 

 少しの間、意識が飛びかけ、その間に自分がどうやら抱きかかえられているようだ、と気づく。

 

 必死なハジメの姿が目に映る。

 

 ……ぽす、とベッドの上に優しく下ろされた瞬間、カエデはハジメの頭を抱きかかえ……

 

「……カエ、んむ!?」

 

 有無を言わせず、その口を塞ぐ。

 

「……ん……んぅ……ちゅ♡」

 

 啜るようにハジメの口に吸いついたカエデは、狼狽えたハジメの一瞬の隙を付き、舌をねじ込む。

 

「ちゅる……ぢゅ……ん……ぇる……♡」

「んんっ!?」

 

 ぐっ、とハジメの体に力が入り、やや乱暴にカエデの体を引き剥がす。

 

 つーっ、と粘度の高い唾液が二人の口の間に糸を作った。

 

「……やめろ、カエデ! ……やめてくれ……」

 

 ……ハジメを悲しませている。

 

 それはカエデとて理解している。

 

「……ハジメぇ……♡」

 

 だが、本能は鼻にかかったような甘ったるい声でハジメを求め、目を潤ませる。

 

(……まさか、私がこんな声を出すとは……!)

 

 一方で、理性は普段なら絶対に出すことはないであろう、この甘える声に身を震わせていた。

 

 ……そして、理性は口を開く。

 

 追い打ちをかけるように。打算的に。甘く。切なく。

 ……それでいて、悲しく。

 

「……切ないよぉ……ハジメぇ♡」

 

 胸を揺らし、軽く持ち上げ、体をくねらせる。

 魅惑的に。蠱惑的に。

 

 ぎし、とカエデの上にのしかかってきたハジメの顔は……泣き始める一歩手前の顔をしている。

 

 ……何をしてもハジメを傷つける結果になることは分かっている。

 ……どうしても自分が傷つく結果になることは分かっている。

 

 しかし。

 

 どれだけ仕組まれたことであろうと、望んだシチュエーションではなかろうと。

 

 カエデの胸の奥にある愛しさはウソじゃない。

 

 ……それだけは、真実だった。

 

 だから、カエデはハジメは抱き締める。

 

 ……せめて、今だけは、何もかもを忘れて自分に溺れてくれるように。

 

◇◆◇

 

 ()が済んだ後、どうやら二人で抱き合って眠っていたらしい。

 

 先に目を覚ましたカエデは、隣のハジメを確認して、少しだけ顔を綻ばせる。

 

 ……次いで、周りの惨状を目にして頭を抱えた。

 

(……あちゃあ……前回にも増してぐっちゃぐちゃのどっろどろだぁ……)

 

 自分の乱れ具合も思い出し、毛布に顔を当て、少しだけ恥ずかしがる。

 

 途中、色々拭ったりしたらしい、ティシューをゴミ袋にまとめた後、散乱したタオルと、一番汚れの酷い、ブランケットを一枚奪い取る。

 

 ……本当は全部引っぺがして、洗濯したいところではあるが、ハジメが起きる様子がない。お情けで後で洗濯をすることにして、自分は裸のまま、シャワールームへ急いだ。途中、洗濯機に洗い物ぶち込んで、自動モードで洗濯を開始し、自らはシャワールームに入って、ふぅ、と気を抜いた。ぽたぽた、と昨日の残りが流れ出すも、今からシャワーを浴びるのだから、それほど問題ではない。

 ……まぁまぁの量が注ぎ込まれているのは明らかだが。

 

 前回シャワーを浴びた際は、正直茫然自失としていたから、ちゃんと考えていなかった部分もあるが、やはり、ハジメと()()ことに対する不快感はない。

 だから、本来は、前回以降、カエデとしてはいつ求められたとしても良かったのだが、一切、そういう気配を見せようとしなかったのは、ハジメ本人がカエデに何と言ったらいいか分からないまま、戸惑っていたからだろう。

 ……この辺り、ハジメはまだ子どもだな、と感じる。

 あそこで、愛の言葉の一つでも囁いてくれれば、前後の状態は兎も角としても、カエデはちゃんと受け止めることができたかもしれない。

 

 だが、もうそうなることはない。

 ……それは確信だ。

 

 ハジメの瞳の中に灯った憎悪の炎を見た。

 同時にハジメもカエデの瞳に同じものを見ことだろう。

 

 共通している想い……絶対に首謀者をぶち殺す。

 

 互いにどこかで繋がっている愛しい想いとは別のその目的。

 

 どこかで交わることがあるだろうか。

 

 カエデはそんなことを考えながら、冷たいシャワーを頭から浴びる。

 未だ火照っているような熱い体には、とても心地よかった。

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