Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
(……はは。なるほど。こりゃあ、キツイ……!)
注射を打たれてすぐは、特に異変はなかった。
医師の女性に、一応は礼を言って、部屋を出て帰路に着き、部屋のすぐ近くに来たところで、突然に来た。
ぐる、と世界が回り、視界が白く、ぱちぱち、と弾ける。
ふわふわ、と体が軽くなるような感覚から一転。
ぞわ、と体全体が何かに撫でられるような感触がした。
「……っ!? ~~~~っ!!」
わずかに流れている空気が肌を撫でただけだ、と分かる。
だと言うのに、くすぐったいような、それでいて、脳が痺れるような感覚。
きり、と歯を食いしばったわずかな痛みさえ……。
「はぁ……ぅ……♡」
強制的に快感へと変えられてしまう。
一歩歩けば、触れた空気が、衣擦れが、足が地に着く感触が、呼吸さえ。
ぞくぞく、と爪先から脳天まで突き抜けるような快感。
「あっ……うぅ!?」
びくびく、とカエデは痙攣させた。
(アイツと同じ薬だと限らないわけだが……ヤバいな……ただ歩いているだけでこれだぞ? しかも、今は感覚が敏感になっていだけだが……おそらく、それだけじゃないだろう)
何とか、部屋まで辿り着き、中に入る。
……少しだけ、安心する。
気を抜いたのいけなかったのだろうか。ふらり、と足元が覚束なくなり、どさり、と倒れる。
「あ……ぁ、ん……っ……」
横になった状態で、無意識の内に両手を両足の間に入れて、ぎゅぅ、と丸くなる。
自らの髪が体に張り付いて、全身が汗でべたべたになっていることに気づく。
(……べたべたして、気持ち悪い……)
だからと言って、できることもない。
この姿勢は今の状態において、比較的楽ではあるが、妙に自分の汗の匂いが気になる。
(……触覚、嗅覚の鋭敏化。痛覚は鈍麻し、快感を増幅させるってとこか? なんつー薬を作ってんだよ……常習性はないだろうな……? これをまともにやり続けたら、廃人まっしぐらだぞ……)
よし、とカエデは、まだ理性は働いていることに安堵する。
「……カエデ!? ……くそっ……!」
……ハジメの匂いがした。
それを意識した瞬間、脳が蕩ける。
何も考えられなくなりそうだった。
少しの間、意識が飛びかけ、その間に自分がどうやら抱きかかえられているようだ、と気づく。
必死なハジメの姿が目に映る。
……ぽす、とベッドの上に優しく下ろされた瞬間、カエデはハジメの頭を抱きかかえ……
「……カエ、んむ!?」
有無を言わせず、その口を塞ぐ。
「……ん……んぅ……ちゅ♡」
啜るようにハジメの口に吸いついたカエデは、狼狽えたハジメの一瞬の隙を付き、舌をねじ込む。
「ちゅる……ぢゅ……ん……ぇる……♡」
「んんっ!?」
ぐっ、とハジメの体に力が入り、やや乱暴にカエデの体を引き剥がす。
つーっ、と粘度の高い唾液が二人の口の間に糸を作った。
「……やめろ、カエデ! ……やめてくれ……」
……ハジメを悲しませている。
それはカエデとて理解している。
「……ハジメぇ……♡」
だが、本能は鼻にかかったような甘ったるい声でハジメを求め、目を潤ませる。
(……まさか、私がこんな声を出すとは……!)
一方で、理性は普段なら絶対に出すことはないであろう、この甘える声に身を震わせていた。
……そして、理性は口を開く。
追い打ちをかけるように。打算的に。甘く。切なく。
……それでいて、悲しく。
「……切ないよぉ……ハジメぇ♡」
胸を揺らし、軽く持ち上げ、体をくねらせる。
魅惑的に。蠱惑的に。
ぎし、とカエデの上にのしかかってきたハジメの顔は……泣き始める一歩手前の顔をしている。
……何をしてもハジメを傷つける結果になることは分かっている。
……どうしても自分が傷つく結果になることは分かっている。
しかし。
どれだけ仕組まれたことであろうと、望んだシチュエーションではなかろうと。
カエデの胸の奥にある愛しさはウソじゃない。
……それだけは、真実だった。
だから、カエデはハジメは抱き締める。
……せめて、今だけは、何もかもを忘れて自分に溺れてくれるように。
◇◆◇
先に目を覚ましたカエデは、隣のハジメを確認して、少しだけ顔を綻ばせる。
……次いで、周りの惨状を目にして頭を抱えた。
(……あちゃあ……前回にも増してぐっちゃぐちゃのどっろどろだぁ……)
自分の乱れ具合も思い出し、毛布に顔を当て、少しだけ恥ずかしがる。
途中、色々拭ったりしたらしい、ティシューをゴミ袋にまとめた後、散乱したタオルと、一番汚れの酷い、ブランケットを一枚奪い取る。
……本当は全部引っぺがして、洗濯したいところではあるが、ハジメが起きる様子がない。お情けで後で洗濯をすることにして、自分は裸のまま、シャワールームへ急いだ。途中、洗濯機に洗い物ぶち込んで、自動モードで洗濯を開始し、自らはシャワールームに入って、ふぅ、と気を抜いた。ぽたぽた、と昨日の残りが流れ出すも、今からシャワーを浴びるのだから、それほど問題ではない。
……まぁまぁの量が注ぎ込まれているのは明らかだが。
前回シャワーを浴びた際は、正直茫然自失としていたから、ちゃんと考えていなかった部分もあるが、やはり、ハジメと
だから、本来は、前回以降、カエデとしてはいつ求められたとしても良かったのだが、一切、そういう気配を見せようとしなかったのは、ハジメ本人がカエデに何と言ったらいいか分からないまま、戸惑っていたからだろう。
……この辺り、ハジメはまだ子どもだな、と感じる。
あそこで、愛の言葉の一つでも囁いてくれれば、前後の状態は兎も角としても、カエデはちゃんと受け止めることができたかもしれない。
だが、もうそうなることはない。
……それは確信だ。
ハジメの瞳の中に灯った憎悪の炎を見た。
同時にハジメもカエデの瞳に同じものを見ことだろう。
共通している想い……絶対に首謀者をぶち殺す。
互いにどこかで繋がっている愛しい想いとは別のその目的。
どこかで交わることがあるだろうか。
カエデはそんなことを考えながら、冷たいシャワーを頭から浴びる。
未だ火照っているような熱い体には、とても心地よかった。