Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
……まったく気が乗らない。
しかし、戦わない、という選択肢もあり得ない。
楓もノバラもずっと準備を重ねてきた。
楓は上層部に復讐をするために。
ノバラはすみれを命を救い、普通の少女として生活させるために。
だから、どんなに気乗りしなくても降りるという選択肢は取り得ない。
最愛の姉たちと戦うことになろうとも……そして、それが絶対に勝ち目がなくとも。
(……たきな相手ならまだ勝負になったし、そのときなら千束に勝てる目もあったけど。真っ向勝負じゃ、やっぱり分が悪すぎる……非殺傷弾使ってくれるなら、まだ、その迷いを利用させてもらうこともできたんだけどなぁ……)
とほほ、と内心で涙を流しながらも、表情は余裕たっぷりの笑みを作る。
「……誰に言ってるの、司令? ……いいえ、
ぱし、と右の拳を左の掌に打ち付ける。
「どんな敵でも、どんな相手でも……私は
ぽふっ、と楓がノバラの頭を柔らかく撫でる。
「……さすが、私の……私たちの娘だ」
(……どうして司令といい、御形さんといい、実の娘のすみれをほっぽって私を娘にしがたるかなぁ……?)
すみれが嫉妬しやしないか、とノバラがすみれに視線を向ければ、当の本人は気にした様子も見せず、にっこにこのきらきら笑顔である。
(……あぁ……すみれがあんな感じで喜んじゃってるから、余計に、か)
すみれは精神性こそ幼いが……いや、幼いからこそ、敏感に周囲の機微を敏感に察知している部分もある。
(……不覚。すみれに見透かされていたか……)
……例えば、そう。
ノバラが本当はここで死ぬつもりだったこと。
少なくともそうする可能性が高かったことを敏感に察知されていた。
だが、今のこの状況。
……たとえ負けたとしても容易に死ぬことは許されない。
楓と御形、二人の娘として。すみれの姉として。この家族の一員として。
認められたが故に、認められてしまったがために、ノバラが考えていたことは実行できなくなった。
(……残念。せっかく、千束と一緒になれると思ったのに)
千束に自分の心臓を移植させて共に生きる。
たきなにもできない、ノバラだけに許された結末。
……それはそれで、ノバラとしては幸せな未来だったのだが。
(……たきなお姉ちゃんを一人にするわけにもいかないし。上層部への欺瞞工作もそのまま……正式記録で、
ノバラにとって、千束は致命的に相性の悪い相手だ。
戦う、それ自体に気が乗らないこともそうだが、千束の洞察力はごく自然にノバラの全てを見抜いてしまう。
実際に一緒に暮らした時間が短いとは言え、千束こそが、ノバラの母であり、姉である。
ノバラの仮の人格も思考パターンもそのほとんどが千束から学んだもの。
彼女にとって見れば、自分以上にノバラを理解していると言っても過言ではない。
仮にノバラが千束に勝機を見出すとすれば……。
(……千束が冷静でいられない状況を作るか。千束が知らない私の引き出しを使うか)
前者はもう適わない。
その状況が作れるとしたら、たきなを殺して、怒り、悲しんだその瞬間だけ。
ノバラがたきなを殺すという選択肢が取れなくなった時点でその状況を作ることはできない。
必然的に後者となるが……。
(……どこまで通じるか分からないけど、やるしかないかぁ……)
勝ち目のない戦い……だが、既に勝ちは見えているのだから。
「……ね? ちょっと電話していい?」
◇◆◇
「……やれやれ、たきなめ……便利に使いやがって」
たきなから戦域情報の送信を依頼されたクルミはぶつくさ文句を言いながらも片手間で、たきなの依頼に対応する。
「……ったく。ボクへの依頼は高く付くぞ!」
たきなに……ついでに、千束にも何をやらせようか、とクルミは頭の隅で考える。
本来の彼女であれば、金銭を要求するところではあるが、採算を度外視しても構わないくらいには、喫茶リコリコを、その面々を気に入っている。
延空木事件の前までには、自らの安全を確保するためだったり、ちょっとした罪悪感が理由でもあったりしたが、今では仲間意識を強く持っている。
だからこそ、打算抜きで、手助けしてやろうか、という気にもなるのだ。
だが、しかし。正式な依頼があるならば、そちらもちゃっかり手掛ける訳で。
「ふむ……ノバラの依頼の方も予定どおりだが……」
先般、ノバラから依頼された内容からすれば、それなり以上に危ない橋を渡るのだろうと想像していたが、現在の戦況を見る限り、ノバラが危機に陥るとは到底思えない。
DA内部の参考記録でも、ノバラが戦闘を行っている映像記録は少ないが、数少ないそれを素人のクルミが見ても、周囲から一頭抜けていることは疑いがない。
それを踏まえれば、延空木事件で投入されたリリベルクラスであれば、彼女にとって物の数ではないことは想像できる。
(……ノバラがテロリスト側と戦っていた映像が撮れなかったのも痛い)
考えてみれば当たり前の話ではあるが、ノバラはクルミに作戦の内容全てをリークしていた訳ではなかった。
そもそもクルミが聞いていた話では、千束たちと別行動をするとも聞いていなかったし、戦闘が起こるとしたら、ノバラの依頼にあった場所、今現在戦闘をしている場所だけだと思っていた。
(……先入観を上手く利用されたな。失敗した)
ノバラの依頼。
即ち、彼女が死に瀕した場合、速やかに彼女の心臓を千束に移植する手筈を整えること。そして、その予定の場所は、現在の千束たちが戦闘している場所。
東京都内からそこまでドローンで追うのは無理だと判断し、クルミは事前にそこにドローンを運ばせることで、状況確認をすることとした訳だが。
……結果、うまうまとノバラに出し抜かれた形である。
(そもそも、アイツは諜報活動も行っているんだし、情報戦はお手の物、ということだな……まぁ、ノーリスクで勉強できた、とでも思っておこう)
実際、クルミに損害はない。
強いて言えば、テロリストを撃退している映像が撮れなかったことくらいである。
電子戦に限るならまだしも、対人に関する情報戦ではノバラに一日の長がある……まぁ、クルミの対人スキルの低さもあるのだろうが。
クルミは頭を切り替えて、千束とたきなのバックアップを行いながら、今、やるべきことを進めていく。
……それはもう一つのノバラの依頼。
指定されたタイミングでラジアータをハックする。
かつて、アラン機関、吉松に依頼されたものと同じ、というのは、クルミに嫌なものを感じさせるが、十分な報酬と、少なくともノバラがクルミを殺そうとする理由がない、ということから引き受けたものだ。
……それに付き合いこそ短いものの、クルミはノバラを気に入っている。ミカは機械がてんでダメだし、千束はメカメカしいものが好きな割に、ハードもソフトもからっきし。たきなは一般常識レベルくらいはあるが、専門的な話になれば付いてこれない。ミズキは元情報部というだけあって、それなりに詳しいが、クルミと同レベルで話せるか、と言えば、そこまでの専門的知識を有している訳でもない。
だが、ノバラは、クルミが話せる、と思うくらいには、こちらの事情に詳しい。仕事のパートナーにしたい、という話を振ったのも冗談ではなく、本気である。
(……まぁ、あのべたべたくっついてくるのだけは勘弁願いたいが)
ノバラの高めの体温を思い出し、ぽっ、とクルミは頬を赤くする。
……恥ずかしいだけで、別に嫌な訳ではないのだ。
あとは、ENTERキーを押すだけ、という状態になって、ふと、クルミは考える。
(……そう言えば、こっちもボクにやらせているのは、何か理由があってのことか? 有機的に対応できる、という意味では確かにボクに任せるのが一番だろうが、単純な演算能力という意味では、デイジーの方が上だろう。得手、不得手はあるにしろ、ボクにも、デイジーにもできることのハズ……ノバラがボクに依頼した、ということはそれ相応の理由があると考えるのが自然だ)
クルミから見てもデイジーは高性能だ。
ある意味において、ラジアータよりも隙がない。
ラジアータが演算能力でのごり押しを得意とするなら、デイジーは最低限の演算能力で正面を防御しつつ、その余の全力を使って相手の裏を突くことに特化している。
コンピューターの正攻法に頓着しない、発想力とも言うべきその性能こそが、デイジーの最も恐ろしいところである。
クルミの見るところ、デイジーは単純な演算能力こそ、ラジアータに劣るが、仮に仕掛けたとするなら、ラジアータを容易に落とすだけのポテンシャルを秘めている。
これだけの能力を持つデイジーをノバラが遊ばせているとは到底思えない。
(……何か隠している?)
過去に二度、クルミはラジアータのハッキングに成功しているし、現在でも当時のバックドアも残っている。更には、ノバラから渡されたアクセス権限もあり、三度目が失敗することはあり得ない。
ノバラ的に絶対に失敗できないからこそ、クルミに任せたのだと思えなくもないが……。
(……絶対にそれだけのハズがない!)
……確信をもってそう言える。
(何を企んでいるんだ、ノバラ?)
ノバラちゃんの愛が重い……