Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
『……そっちの準備はどう、クルミ?』
ノバラから掛かってきた電話に出る。
マイクの拾う音声からすると、どうやら車から降りているらしい、と気づいたクルミが映像を確認すると、ノバラが車の後部スライドドアを閉めているところであった。
「……いつでも行けるぞ? だが、やる前に聞いておきたいな、ノバラ」
……彼女の企みは、少なくとも自分たちにとってそう悪いものにはならない。
クルミは確信に近くそう思ってはいるものの、だからと言って、無条件に信頼するほど、最上ノバラという少女を甘く見積もっていない。
『何かしら? 依頼主の筋として、話せることは話すけど……』
んふ、と悪戯っぽく笑う声が聞こえるが、ふぅ、と息をはいて、クルミは口を開く。
「……お前の本当の目的を、だ」
クルミがノバラから得ている情報。今回の作戦の概要。彼女たちとDA上層部との因縁。
これらを踏まえれば、今の状況は大体が予想が付く。
……DA内でのある種のクーデター。
組織全体を引っくり返し、根底からその存在意義を叩き直す。
おそらくは、そういうことだろう、とは思うが、それ自体はノバラの目的ではない。
『……本当の目的かぁ……うーん……まぁ、もう万が一があったときしかないだろうからいいけど、私の心臓を千束に移植するのが一番の目的
「……保険じゃなかったのか!?」
クルミは思わず呆れる。普通の神経をしていれば、そんなことを目的とすることなどあり得ない。これだけでもノバラの常識を疑うところだが……。
『まぁ、それは、もうできそうもないから、私の目的は別のものになるわね』
……更に他の目的もある、という辺りが、ノバラのノバラたる所以であろう。
(……一石二鳥……いや、この場合、狡兎三窟というべきか? 一手でいくつもの目的を狙う……これはボクにはできないことだ。……腹黒め、一体どんな目的を抱えていやがる?)
『……まずは大前提。私はすみれが大事。すみれが幸せに生きられるなら、基本、他のことはどうでもいい。……ま、千束とか、たきなとかは例外だけど?』
「……ん? その感じだと、たきなから聞いたのか?」
『うん。まぁ、言われる前に知ってたけどね? ……クルミ、隠すつもりがあるなら、最初から最後まで徹底しないとね? 特にリコリコは、外に出るものは張られてるんだから』
がん、と頭を叩かれたような衝撃があった。
クルミも警戒したからこそ、依頼も結果も紙で行ったのだが、その前後のやり取りや相手側の情報処理までは特に気にしていなかった。
リコリコ側の情報セキュリティは万全でも、その外はそうでもない。
中の情報は守れたとしても、外に出してしまった情報の行方やそのセキュリティまで勘案しなければ、それなりの相手であれば、中の情報もかなりの確度で類推され得る。
「……むぅ。確かに、それはボクの落ち度だな。気を付けよう。データの方はどうしたんだ?」
『一度見た情報はだぁれも気にしないと思うけど、ちゃんと改ざんしておいたよ。具体的には、私とたきなのデータを、私と千束のデータで上書きした。……昔、司令が、司令とすみれのデータを改ざんしたときと同じ手法だね』
「……楓とすみれ?」
何のことだ、とクルミは首を捻る。
『あれ? クルミのことだから分かってると思ったんだけど……すみれは、司令と御形ハジメの実の娘だよ?』
「…………なるほどな」
クルミの中で、ノバラたちの突然の東京出向と今回の作戦に至る筋道が繋がった。
建前としてのデイジーの演算結果。
延空木事件から半年以内の同種テロ等の発生予測。
その抑止としての戦力、千束、ノバラ、すみれの集結。
これに伴った事前のテロ戦力の摘み取りと誘引による撃滅。
(……ここまでが表の作戦)
ノバラという劇薬を使っての上層部敵対勢力の炙り出しと殲滅。
御形ハジメというリリベル最大の汚点をエサとしたリリベルへの掣肘。
DA上層部への報復と復讐。
(……これが裏だが、この筋書きはノバラではなく、楓か)
『……すみれが幸せに生きるためには? リコリスという仕事から離れる必要がある。どうやって? あの子の身の保証はDAがあってこそ。DAが無ければ、基本リコリスは戸籍も身寄りもない、ちょっと優秀なだけな少女なだけだしね? 特にあの子は目立ったスキルも特にないし。力が強いだけの女の子だもの……あ、食いしん坊も追加かな?』
くすくす、とノバラの笑い声が聞こえる。
(……リコリスという、役割そのものを終わらせる、か? だが、それだけなら、楓の計画の範疇内だろう)
『DAはいずれ無くす。私にとって、それは『今』じゃなくてもいい。司令は今すぐにでも潰したいんでしょうけど、それはそれでハレーションがあるし』
(……ふむ。DAを潰す、となれば)
まず上げられる影響は、犯罪率の増加。
……しかし、これはどちらかというと今が異常なのであって、正常に戻るだけだ。
次いで、リコリス、リリベル等の行き先。
彼女たちは能力はあれど、社会的には弱者である。武器もなくなり、戸籍もないとなれば、その行き着く先は……。
更には、関係した職員が大量に放出される。
元リコリス、元リリベルを含めた職員とその家族が職を失う影響もあるが、秘匿技術の流出、という問題もある。情報部、技術開発部などの研究者たちをどうするかは頭の痛い問題だろう。
これらの問題を解決するために、軟着陸を目指すというのであれば、十年二十年以上の計画が必要だ。
その計画を実行に移すなら……?
(……まさか)
『私たちの……
「乗っ取る気か!?」
『嫌だなぁ、クルミ……そんな面倒なことしないよ。私が乗っ取る必要なんてないもの。私の意を汲んだ存在がその椅子に座ればいいだけだよ。……目下、DAの常任理事の椅子に座らせる』
(誰を!? どうやって!?)
わく、と心の内から湧き上がる好奇心に、クルミは目を輝かせた。
『……だから、クルミ。