Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……デイジー、準備は?」
にぃ、と口の端を吊り上げたノバラは、スマホを立ち上げる。
ぴろん♪ という起動音とともに、呆れたような口調のデイジーが準備運動でもするようにストレッチをしながら答える。
『……今更聞くぅ? 何年も前から準備してたくせにぃ……』
「だからこそよ。失敗できないもの。……楠木さんに秘密にして、司令を出し抜いて、お姉ちゃんたちを巻き込んで、すみれには教えずに勝手する。失敗したら目も当てられないわ」
勝手をしている自覚はあるし、ある意味で色々な人を裏切っているとも思う。
……だが、効率主義のノバラは、悪いことだろうが、裏切りだろうが、その方が効率的、と思ったらそれを
『……悪いヤツだねぇ、ママ?』
「ママ言うな! ……千束たちと合流する前に
かつてデイジーの教育を行っていたとき、ノバラが仕込んだ最優先コード。それを口にすれば、デイジーは、にぃ、と笑みを作った。
『
いつもと違う畏まったやり取り。
それは、正常に最優先コードが認識された、ということ。
……これで本来最優先命令権を持つ楓をノバラで上書きした。
そして、ノバラとデイジーが数年掛かりで用意した悪戯の準備が始まる。
「……それじゃあ、私たちの
スマホ上でノバラがデイジーアプリを実行する。
『二代目
ノバラが創作し、デイジーが監修する。
この二人三脚が『二代目
『んっふふふふ! さぁ! さぁ!! さぁ!!! 始まるよ、喜劇が! 誰も彼もが驚き慌てふためき、顔を赤くして青くする、最っ高の笑える話が! 脚本は最上ノバラ! 監督は皆のアイドル、デイジーちゃんだよ!!』
あははは、と哄笑を上げるデイジーに、少しだけ引きながら、ノバラはこちらに向かってくる千束に視線を向けた。
……口元に浮かんだ勝利の笑みを隠して。
◇◆◇
「……識別、ウォールナット、です」
オペレーターの女性は呆然とした声で、そう伝えながらも、指示通り現状の把握を行う。
各支部とのリンクの状況は限定的ではあるものの、生きてはいた。
「……辛うじて、予備は生きているようですが……こ、こんなの、人間業じゃない……」
ラジアータクラスの次世代AIが組み込まれたシステムを同時に複数個所ハッキングする、という離れ業はにわかには信じ難い。
だが、事実、各支部が予備システムに切り替わっていることは間違いない。
死んだ、と思われたウォールナットが生きていた。
これはこれまでもあったこと。ウォールナットは何度か死んだことになったのにも関わらず、忘れた頃には再び世間を賑わす。
おそらくは、技術を継承した者がウォールナットを名乗っているのだろう、とは思われていた。
悪名高い『
『……うふふふ。……あははは! あーっはっはっはぁ!!』
合成された音声。
だが、それは不思議と少女を連想させた。
……それもとびきり悪戯好きで、性格の悪そうな……。
『DAの皆さぁん、おっはようございまぁす!! 朝早くからお勤め、ご苦労様どぅぇすっ!! そんなあなたたちに朗報でぇす! あと、今日は仕事できませぇん! だから、今日はもう家に帰って家族サービスでもするといいよ! あははは!』
多くの者は困惑している様子であったが、楠木は心当たりがありすぎて頭が痛くなった。
……他者を嘲り笑うような言動。ふざけているようで大真面目。
「…………何者だ、貴様?」
楠木は、一応、問う。
……答えは分かっているが。
『何者って、何に見えているのかな? ボクがウォールナット以外に見えるとでも? ……残っ念っ! 死んでませぇん! ボクは死にましぇーん! ウォールナットは永遠に不滅ですっ! うっふふふふ!』
(……ああ、うん……完全にデイジーだな……)
DA仙台支部にデイジーという名のラジアータ型AIが配備されていることは知っている者も多いが、彼女が対話さえ可能である人格(少なくともそう思えるもの)を有していることを知る者は少ない。
ハード部分はともかく、その根幹システムの開発は極秘裏に行われていたが故に、『デイジー』が三代目『
そんな彼女がウォールナットを名乗るのは、当然ながら偽装ではあるだろうが、その名を使ったのは、死んだことになっている、という使い勝手の良さとある種のリスペクトでもあるのだろう。
(……まさか、本当に延空木事件のときからか……? だが、手口が違い過ぎる……やはり、別にホンモノがいる、ということか? まぁ、いい。騙されてやろうじゃないか。公的にはそういうことにしておいてやる)
「……老人がまた何の用だ?」
はぁ、とため息をつきながら、楠木が問う。
『えぇ!? 酷いなぁ……ボクはぴっちぴちの十八歳! 永遠の十八歳だよ! ……羨ましい? ねぇねぇ、おばさん、羨ましい?』
「要はガキということだろう? 年を取る楽しみも分からないと見える」
『うふふ! 負け惜しみ? それって、負け惜しみかなぁ? まぁ、どうでもいいけど? あぁ、何の用かって聞かれてるんだっけ? 楽しい楽しい催し物をしようと思っているだけだよ?』
……催し物とやらが碌なものではないことは誰しもが予想する。
楠木は、はぁ、と深くため息をつきながら、画面を睨む。
「……お引き取り願おう。こちらはガキに付き合うほど暇じゃない」
『暇なら作ってあげたでしょう? ボクに付き合ってよ!』
「……その催し物とやらにか?」
『そうそう! きっと楽しいし、面白いよ?』
そう言うと、メインモニターが切り替わり、画面に映ったのは、千束とたきな。
二人がノバラを認めて、駆け寄ってくるが、ノバラはM1911を手に持って、にや、と笑みを浮かべている。
……それだけで大体楠木は察した。
「……何のつもりだ?」
……予感はあった。
楓の計画を聞いたときから、どこかのタイミングでこうなるであろうことは何となく分かっていた。
『最っ高の見せ物でしょう? 史上最強のリコリスとその可愛い相棒。
電波塔事件の『
延空木事件で『英雄』を支える翼となった、『
これに対し。
裏切者を葬るという汚れ仕事をここ十年専属に従事させられている、史上最もリコリスを殺したリコリス、『
最強最悪のリリベル、御形ハジメと初代『
ある意味分かり易いベビーフェイスとヒールという構図。
この四名がこれから戦うことになる、とこの自称ウォールナットは言っているのだ。
「……悪趣味なことだ」
楠木としてはそう言うほかない。
扱いづらいところもあるが千束もたきなも楠木にとっては優秀な部下であり、ノバラとすみれもまた可愛らしい姪のような存在である。
そんな彼女たちが本気で戦う姿など、見たくなかった。
『そうだね? ボクだってこんなのは趣味じゃない。……これを趣味にしているのは、ほら』
再び画面が切り替わり、会議室のような部屋が映し出される。
『……キミたちの親玉だよ?』
◇◆◇
「……デイジー、ちゃんと、ウォールナットに偽装できた?」
ぼそ、とノバラが千束たちに笑みを向けつつ、デイジーに問う。
クルミが仕掛けたタイミングでラジアータ以外のシステムにデイジーが仕掛けた。そして、ウォールナットがラジアータを落とした瞬間に、デイジーが介入した。ウォールナットとして。
予定通りに、今代のウォールナットは、先代のクルミとは別人だと認識されることになるだろう。そうなるように仕掛けたのだから。
『誰に物を言っているんですか、お母さん! デイジーはできる子ですよ!』
えへん、とスマホ内でデイジーのちびキャラが胸を張る。その様子にノバラは、くすくす、と笑みを深める。
「そう……ならあれも?」
上層部が、今回、千束とたきな、ノバラとすみれの各ペアが戦闘状態に入る、ということを見せ物にするらしいということは分かっていた。
特にこれまでも、大きな事件の際には、まるで娯楽のように楽しんでいたというのだから、上層部の腐敗具合がよくわかる。
『いひひ☆ 全支部にライブ中継やってますよ、こっちも上層部も』
「そう。結構なことね。連中、やっぱり、賭けもやってる?」
『嫌だなぁ、ノバラ。腐ってるんだからやってるに決まってでしょ?』
「ふふ……これでいつでも引きずりおろせるわ。あと、人を見せ物にしている代価はきちんと頂かなくちゃねぇ」
にやぁ、とノバラは悪い笑みを浮かべた。
「……もう一つの方は?」
『順調! 順調! さすがにこちらは、すぐに、とはいかないけど、ノバラと千束たちがやり合っている頃には仕上がるよ』
ノバラとデイジーの悪戯も順調なようだ。
これの結果が早ければ早いほど、より面白くなるだろう。
「そ。じゃあ、後はバレないように司令を手伝ってあげて」
『りょ~か~い。……ノバラ?』
「……うん?」
『分かってると思うけど、死んじゃダメだよ?』
「……ここまで来たんだから、そのつもりはないわ」
……そう今、ノバラが立っているのは、彼女からすれば、二番目の選択肢。ここで死ぬことは許されない。
本気にならざるを得ない千束に、殺されることなく、しかし相手は殺すつもりで戦わなければならない。
ノバラはM1911を引き抜いた。