Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「やったぁ! 勝ったよぉ、ノバラちゃ~ん!」
猫耳をゆらゆら、猫シッポをふりふり、肉球グローブをぶんぶんと振って、体全体で喜びを表しながら、すみれは満面の笑顔を浮かべていた。
……
破壊力の高いすみれの笑顔に、ノバラは人知れず萌えていた。鼻血が出そうなくらいである。
ノバラの考えるすみれの魅力はギャップだ。
すみれは黙っていれば、勝気そうな雰囲気をした美少女で、十分に育った肉付きの良い体は男性の目を引き付けるだろうが、それ以上に女性の嫉妬を煽るものだ。
だが、そんな少女が話してみれば、ふにゃふにゃしており、ちょっと褒めてあげれば、無邪気に満面の笑みで喜ぶ。今は猫の格好をしているが、大型犬が子犬のようにシッポを振って甘えているようにも見える。撫でてあげれば、お腹を見せてころころ転がるだろう。
そんな姿が愛らしい。
とてとてとすみれが控室に戻ってくると、ねだるようにもじもじとしているので、ノバラはすみれの頭をそっと撫でた。
「きゅぅん」
何やら鳴き声を上げながら、自ら頭をノバラの手に押してきて、『もっと撫でて?』とおねだりする様は、様相も相まって猫っぽい。
「よくやったわ、すみれ」
「うん! えへへぇ……」
少し力を入れて、わしわしと髪ごと頭を撫でてやると、ちょっとだけ癖のある腰の太い髪が手のひらを撫で返してくるようで、中々心地よい。
「さて……」
「……ぁ……」
ノバラが手を離すとすみれは残念そうに声を上げる。
すみれはノバラの手が離れていくのを寂しく感じていた。
幼い外見に反して、ノバラの手の平は厚くて固い。熟練の職人めいた少女らしからぬゴツゴツとした感触の手がすみれは大好きだった。
自分の髪を梳いてくれる手。
優しく体を洗ってくれる手。
大事な物を愛でるようにそっと撫でてくれる手。
……そして、自分を助けてくれた、その手。
すみれ自身は鍛錬できる時間が限られているが故に、ノバラの修練全てを見ることはできない。だが、折りに触れ、手にマメを作り、時には血を滲ませている姿を見ている。
ノバラはすみれの前で疲労した姿を見せることはないが、血と汗と硝煙の匂いがノバラの努力を物語る。
無駄なものが付いていないノバラの体は機能美というのに相応しい。
人を殺めることに特化した銃のようだ、とすみれは思った。
銃身に繰り返し塗り込まれたガンオイルが歴戦を思わせるように、ノバラの手はその修練の深さを思い知らされる、努力の傷痕だ。
すみれにはそれがとてつもなく愛おしい。
「すみれ、そんなに時間はかからないから、体を冷やさないようにね」
「……うん。行ってらっしゃい、ノバラちゃん」
寂しそうにしているすみれにノバラは、くすり、と笑いかけると、もう一度だけ優しく、すみれの頭を撫でた。
もっと、触れてほしい、もっともっと深く触れてほしい、そう思うことはいけないことなのだろうか。
ぽぅっと熱く潤んだ瞳ですみれがノバラを見つめても、ノバラは気にした様子もなくすみれに背を向けた。
……おしりの辺りには犬シッポが揺れていた。
(はぁぁぁぁ!! ノバラちゃん、すっごい可愛いよ! 反則、反則だよ、それ!? あっ、写真! 写真欲しい! あとで撮らせてくれないかなぁ?)
ファーストの制服に身を包んだノバラの頭には犬耳も付けてある。そういった格好はすみれは恥ずかしいと思っていたが、ノバラはそういった感覚はあまりないようで、すみれの姿にはにまにましていたのに、自らが身に着けるときは実に淡々としていた。
それは、究極的には他の人が自分をどう見ようとどうでもいいと思っているからだろう。
リコリス制服以外では、大人っぽい格好をしていることが多いノバラが可愛らしい装いをしているのがすみれには新鮮だった。
「……すみれ?」
「ひゃい!!」
「私の格好いいところ、ちゃんと見てなさい」
「うん!」
……でも、そのカッコじゃ、カッコいいより、やっぱり可愛いって思っちゃうかも。
そんなことを考えながら、すみれは笑みを浮かべていた。
「ノバラは犬っ娘か……」
『色んな意味』で似合ってんなぁ、と千束は苦笑していた。
千束からすれば、ノバラは犬っぽい。
あそんであそんで! かまってかまって! なでてなでて! と近寄ってくる様は、シッポを振っている子犬のようだからでもある。
ちゃんと感情が見えるようになっているだけ成長している、とも思うが、その分、人の感情で遊ぶようになっている風があるのは困ったものだ。
一方のたきなは、愕然とした様子を一瞬だけ見せた後、興奮したように頬を紅潮させ、まぶしいくらいに目を輝かせていた。
「何ですか!? 何ですか、アレ!? ノバラ、可愛すぎませんか!?」
がくがくと千束はたきなに揺すぶられる。
ノバラに汚染されたたきなにはショックが少々強すぎたらしい。
「たきな、テンション高すぎぃ! 落ち着いてぇ!?」
手加減なしに、がっくんがっくんされている千束は堪ったものではない。目が回りそうですらある。
「あれで戦うんですか!? ちょっと可愛すぎませんか!?」
「あんた、すみれのとき、そんな反応しなかったでしょぉ!?」
「……? すみれさんは、すみれさんです」
「お、おう……」
すん、という感じ一気に鎮静かするたきな。
千束からすれば、可愛らしさという意味ではすみれの方が上だと思って見ていたが、ノバラ原理主義者と化したたきなからすれば、今のノバラの方が衝撃的に可愛らしいようだ。
「しかし、相変わらず、ノバラは余裕そうだな。十二人に相手に武装なしとは……」
「まぁ、あの子たちじゃあ、相手にならんでしょ?」
先のたきな風に言えば、『怖くない』。
ファーストが一人、セカンドが三人、サードが八人にいるが、ノバラの実力を知っている千束とフキからしてみれば、彼女達に見るべきものがない。
「……すみれといい、ノバラといい、この人数差。これも悪だくみの一つなんでしょ、フキ?」
「そうすれば、実力差は嫌でもわかるだろう?」
通常であれば、数が多いほど有利なのは自明であるが、強者であれば、これを覆すことができて当たり前だ。少なくとも単独の戦闘能力に特化しているものであれば。
千束自身、この程度ならば、十年前でも余裕だろう。心臓、という弱点がない今、負けるイメージすら浮かんでこない。
フキであっても、苦にしないだろうことは想像に難くない。フキはチームで動いている印象が強いが、別に単体で弱いわけでもない。
「自分たちが弱者だと『わからせる』、ってか? トラウマになりそうだな」
二度と舐めたことは言わせない。そんな意図を確認すると、楠木の怒りの大きさが分かるというものだ。
「『
「何だ見ていかないの? 大して変わらないでしょ?」
この人数差でも大した時間がかからず、ノバラが勝利することは、千束とフキの共通認識だった。
だが、フキはクルリと踵を返すと、軽く手を上げる。
「エリカ達にサクラがコレを見ないように連れてくるように言ってあるしな」
「ふ~ん……お優しいこと」
例の提案を思えば、フキが相当サクラに期待していることがよく分かる。
千束のからかうような言葉にフキは少しだけ顔を赤くする。
「うるせー! …………たきな、良くみておけよ?」
「あ、はい」
たきなはフキの言葉に素直に頷くと、そのままフキを見送った。
「千束、『
たきなの頭は半分以上、ノバラの可愛らしい姿に持っていかれていたが、それでも二人の言葉に耳を傾けていた。そして、聞きなれない言葉があったことにも気づいていた。
「ノバラの通り名」
そういう意味では、犬娘じゃなくて、狼娘だな、と千束は頭の中で訂正しながら、改めて妹の晴れ舞台を見守ることにした。