Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……大丈夫ですよ、すみれ。……優しく……シてあげます♡」
妖艶に笑うたきなの姿にすみれは、どきり、として頬をにやけさせ……はっ、としたように気づきながら、顔を引き締めなおした。
(たきなちゃんはノバラちゃんじゃない! たきなちゃんはノバラちゃんじゃない!)
すみれからしてみれば、たきなはノバラが成長したら、と仮定した姿にとても良く似ている。普段から、二人がベタベタくっ付いている様子を見ると、いいなぁ、とは思うものの、不思議と嫉妬心はあまり起きない。すみれ的には不思議に思わないでもなかったのだが、姉妹にしか見えないからかもしれない。
だが、今、目の間にいるのは敵としてのたきなである。
ぺち、と両手で、自分の頬を叩いたすみれは睨めるようにしてたきなを見る。
……ノバラを相手にもやっていること。
有象無象を無造作にただ轢き殺す。
それはすみれにとっては、単なる遊び。
しかし、スイッチを切り替えれば、愛しい人であっても殺すべき敵と認識し、殺傷することに躊躇しない。
……本気のすみれの殺気がたきなの肌を嘗めた。
◇◆◇
いつもの無邪気なすみれの雰囲気ではない。
顔を赤らめたり、はっ、としたりと、忙しない彼女の顔が、きり、と引き締まり……その瞳に、ぎらり、と殺気の炎が灯る。
ひり付くようなその殺気に、たきなは笑みを深める。
千束やノバラはたきなをバトルジャンキーだと思っている節があるが、たきなからすると、それはちょっと心外だ。
……別に、戦闘や殺し合いが好きな訳ではない。
強敵が目の前にいるときの緊張感。何をやってくるか分からないというスリル。ぞくぞく、とする程、肌を嘗めていく殺気。
これらの只中にあり、それを乗り越えることによる『生』の実感。
そうしたときに、たきなの浮かべる笑みをして、彼女たちはたきなをバトルジャンキーと呼ぶのだろう。
……だからこそ、すみれを相手にしたたきなは飛びっきりの笑みを浮かべる。
「遠慮はいりませんよ、すみれ? おいでなさいな?」
ふふ、と挑戦的な笑みを浮かべたたきなを見て、すみれは足で地面を蹴った。
だん、と踏み込んだアスファルトが、ずん、と音をたてて、陥没する。
爆発的な加速はそれだけでその威力が推し量れる。
クリーンヒットするならば、たきなはなすすべもなく轢殺されるだろう。
……当たれば。
(千束は初動を封じるのと、密着して加速すらさせないようにして対応したんでしたか? ……なるほど、それは確かに効果的でしょう。すみれが……ノバラがそれを修正していないとは思えませんが)
ノバラであれば、前回通じた手段を使用しようとすれば、それを逆手にとって罠をしかけてくることは普通にあり得る。
それを考えれば、全く同一の対応を行うことは悪手以外の何物でもない。
だからこそ、たきなは別の方法を選択する。
如何にすみれの身体能力が高いからと言って、一歩でたきなに迫れるはずもなく、更に威力を高めようとするなら、相手にぶつかる直前に地を踏みしめ、再加速をする。
……その瞬間を狙う。
タン、と二つの銃声が全く動じに響き、すみれが、前方につんのめる様にして転ぶのを、たきなはひらりと躱した。
「あぅっ!?」
予想外だったのか、すみれは受け身も取れずに地面に倒れた。
……当然だろう。
結果として、すみれは、最も速度が高くなるその瞬間に、膝頭を不意に押さえられた形である。
予想ができていたならまだしも、今回の場合、上半身は完全に速度に乗った状態のことを考えて動き始めていたし、両足は全力で地面を蹴って、加速しようとしていたところだ。
すみれの体当たりが最も威力が高くなる瞬間は、彼女が最もスピードに乗っている瞬間であり、当然に彼女に対するあらゆる攻撃も威力を増す瞬間である。
通常であれば、すみれは意にも返さない。
彼女の肌を覆っているコンプレッションスーツは、防弾性能を備えているし、耐衝撃性もある。多少の痛みはあれど、無視できる範疇内だし、弾丸一つで彼女の突進を止めることは不可能だ。
今回のような例外を除いては。
「……むー……」
ぷく、と頬を膨らませたすみれが、ゆっくりと起き上がる。ぽんぽん、と制服を叩いて、土ぼこりを取りながら、不機嫌そうな顔をたきなに向ける。
「……あら? すみれ、ちょっと厳しくし過ぎましたか?」
たきながそう言って、愉快そうに笑うと、すみれは目に見えて、怒りを露にする。
(……やっぱり、すみれはまだ子供ですね。私を敵として認識を変えることはできても、感情制御は下手くそです)
戦闘中、怒りという感情は確かに攻撃の威力を高める、というメリットもあるが、その分、防御や戦略が雑になる、というデメリットがある。
あるいは、そのオンとオフを使い分けることができるのであれば、脅威と成り得るが、すみれにそれを求めるのは酷だろう。
たきなとしては、すみれが冷静さを失えば失うほど、やりやすい。
彼女の中にあるノバラの戦略が失われ、経験の少ないすみれの本能での戦いとなる。
すみれがただの有象無象を蹴散らすだけなら、それでも十分通用する。
だが、彼女が強敵と対峙するためには、ノバラの作るプランがなければならない……少なくとも、今はまだ。
(……さぁ、どうします、すみれ?)
すみれが怒りに囚われれば、それでたきなの勝ちは決まる。
先ほどと同じことを繰り返すだけでも勝てる。
すみれが勝利を掴むためには、自らの怒りを上手く処理する以外ない。
それができるかできないか、たきなは、じっ、とすみれの様子を伺った。
「……すぅ…………ふんっ!」
すみれは、ゆっくり息を吸うと、自分の顔を殴った。
唇が切れて、血が地面に滴り落ちる。
次いで、口に溜まった、唾と血を、ぺっ、と吐き出した。
そして、にやり、と笑ってたきなを見る。
「……ノバラちゃんにちゃんと言われてるもん! 強敵を相手にしたときはいつもより冷静にって!」
(……見事です)
すみれの幼さでは、湧き上がる怒りをそのまま受け流すことはできない。
だからこそ、その怒りを自分に向けることで発散した。
その方法はおそらくノバラの言によるものではなく、彼女の選択だろう。
ノバラはすみれが自分を傷つけるようなことは厭うだろうから、そんな方法は教えない。
だからこそ、すみれは自分でその結論に至った。
……強者との闘いの権利を自分の手で掴み取ったのだ。
「たきなちゃん! 同じ手は通じないよ?」
えへ、と笑ったすみれが腰を落として低く構える。
「ふふっ。それは私のセリフです、すみれ」
たきなが二つの銃口をすみれに向ける。
「体当たりだけでは、私には勝てませんよ? さぁ、見せてください。本当のあなたを!」