Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「「……いざ、勝負!!」」
千束とノバラは互いに笑みを浮かべながら、互いの瞳をじっと見る。
わずかな隙、感情の揺らぎ、瞬きの瞬間……。
見つめあって動かない二人。
さながら、西部劇の決闘のような二人なので、タンブルウィードが転がっているのが似合いそうなものだが……。
ひゅう、と一際強い風が吹き、コンビニ袋が二人の間に、ぱさり、と落ちた。
((……今!!))
タイミングを合わせていた訳ではない。
動き出すきっかけを探していた二人は、奇しくも、全く同じタイミングで動き出す。
右か、左か、それともそれ以外か……。
千束はノバラがどちらを使ってくるのか、ギリギリまで悩んでいたものの、最終的には姉としての勘を頼りにした。
(……やっぱり左!)
動き出した瞬間、ノバラの左手の黒星が千束に向けられていた。
ノバラは両利き。
どちらも使い込んでいるからこそ、右と左に優劣がない。
……しかし、彼女は元々は左利きだ。
無意識下だろうが、反射的なことやあまり考えないで動くときは、圧倒的に左を使うことが多い。
結果、その勘は当たっていたものの……。
(……抜く瞬間……どころか、構える瞬間すら分からなかったぞ……)
千束の優位性は、相手が動くその瞬間を一早く見切ること。
如何にノバラが予備動作を極限まで削ってくるとは思っていても、ここまで感知できないとは思っていなかった。
パン、と離れた銃弾が、千束の頬を掠めていったのは、千束自身が、左で撃ってくる、と考えるより先に、直感的に、そうなる、と体が反応し、動き始めていたからにほかならない。
本来のクイックドロウはリボルバーが前提。
ホルスターから抜くと同時、抜いた手とは反対の手で撃鉄を起こし、引き金を引く。これを超高速で行って成り立つ技術である。
無論、オートマチックでやろうとしてもできる。それどころか、すでに弾が装填されていることが前提だが、理論上、撃鉄を起こす動作がない分、速い。
しかし、それはあくまで通常のクイックドロウの話。
ノバラの言う、抜筒術とは、いわゆる抜刀術や抜拳術に近い。
腰を切って銃を抜くと同時、構えも狙いも完成する。そうすれば、ただ引き金を引くだけだ。
その速さもさることながら、恐ろしいのは、予備動作がないことだ。
本来であれば、千束は腰を切ろうとするその初動を捉えなければならない。
……だが、ノバラからは、その予備動作の一切を察知できなかったのだ。
それは、即ち、千束封じの一手ということ。
……ぞく、と首筋に寒気が走る。
錦木千束を攻略するには、その回避性能を何とかできなければ話にもならない。身体能力、動体視力、洞察力、反射神経……加えて歴戦の経験からなる勘の良さ。これが彼女が銃弾を躱すということを易々とやってのける理由である。
これを封じるためには、どうするべきか。
練習キチの最上ノバラがそれを考えなかった訳がない。
視認距離外から狙撃する。
多数で同時に避ける隙間がないほどの飽和射撃ですり潰す。
最も簡単な方法ではあるが、それは錦木千束を攻略した、とは言えないだろう。
自分に注目させ、自分以外の誰かの弾に当てさせる。
後ろに味方がいるなど、避けてはいけない場所に誘導する。
これもまた、他の相手を利用したものであり、一対一を前提としたものではない。
態勢を崩させ、避けられない状態を作る。
今回のように、反応できない方法というのもある。
……だが、本当にそれだけか?
嫌な予感と、まだ何かある、という思いが、千束のステップを変えさせる。
改めてノバラを確認すれば、いつの間にか、右手の赤星が抜かれている。
(……手品かよ!?)
そうとしか見えなかった。
先ほどまで、スカートの下から手を入れていたはずの右手に銃が握られ、こちらを向いているのだから。
「ちっ!」
ぴゅ、と耳のすぐ近くを銃弾が通り過ぎる音がする……だが、何とか避けられた。
加えて、両方の銃を抜いたノバラに、抜筒術の優位性はない。
すでに銃口が向けられているなら、どの位置に飛んでくるかは分かる。
にっ、と笑みを深めて、また一歩踏み込み、間合いを近づけていく。
パン、パン、と二回の銃声。
ノバラの射撃が正確になっているから、逆に躱し易い。
(……いける!)
……そう思うと同時に、本当か、という思いが頭を過る。
千束が何かを考えるより早く、体は反応していた。
前に進むために地を踏んでいた足が、無理やりに後方に方向転換しようとする。
体全体を反らすようにして……そして、銀閃が目の前を通り過ぎた。
……一瞬遅れて、制服が下から、はらり、と一直線に切れ、風にリボンが流されて飛んで行った。
(……ハハ……もしかして、あのまま行ってたら私……一刀両断……?)
たら、と冷や汗が頬を伝う。
ちら、と自分の服を見れば、辛うじてブラは無事だが、制服の下のシャツまで切れており、おへそが外気に晒されているのが分かった。
「……うーん……絶対引っかかると思ったのにぃ」
ぷぅ、と頬を膨らませたノバラが、かきん、と『花鋏』を納刀している。
「お……おま……ホントに殺す気か……?」
「やだなぁ、千束……さすがに避けられなさそうだったら止めてるよ………………………………たぶん」
「たぶん!? たぶん、って言った!?」
「いやぁ……私もそこまで未熟者ではないつもりだけど。事故って起こるものじゃない?」
えへへ、と可愛らしく笑っているが、もし、そうなっていたら、本当に事故で終わらせるつもりだったのかもしれない。
「……でも、良く気づいたね? 私が『花鋏』で斬れる位置に誘導してるって」
……少しでも疑いを持っていなければ、そのまま斬られていてもおかしくなかった。
「……たきなが模擬戦でアンタにやったヤツの応用だろ? 射撃のタイミングと撃つ位置で相手の動きを誘導して、絶対に避けられない状況を作る。然るべき後に、ずどん、だ。アンタの場合はばっさりか? 上手く組み立てたな……」
「んふふ。上手でしょ? 私は、自分で一から作り上げるのはそんなに得意じゃないけど、人の技術を自分の技術に最適化するのは得意なんだよ」
「知ってるよ……」
……そう誰よりも知っている。
簡単に口にしたが、それを成すためにどれだけ血の滲むような努力をしているのか。
実践するために、どれだけ血みどろの道を歩んできたのか。
「……だけど、次で終わらせる」
ぎろ、と千束がノバラを睨む。
ノバラは、くす、と笑って構える。
右手には『花鋏』の柄。左手には赤星。
「……いいの? 今度は私も止められる自信はないよ?」
こんこん、とノバラが『花鋏』の柄を叩いた。
(……ちっ……
内心では面白くなく思っていながらも、千束はそれを表情には表さずに構える。
「……お姉ちゃんに遠慮するなよ。いつものように甘えてくれていいんだぜぃ?」
「……そ。……じゃあ、遠慮なく!!」
ノバラの黒星から銃弾が放たれる。
千束はそれを前に躱しながら、間合いを詰める。
『花鋏』の間合い。
ノバラからすれば必殺の距離。
「せぇぇぇぇい!」
「っらぁぁぁぁ!」
ノバラが抜刀するのと同時、千束はまだ何もない空間を左拳で殴りつける。
……一瞬遅れて、そこに『花鋏』の刃が飛び込んでくる。
がちん、と千束は『花鋏』の刃の側面を遠慮なく殴り上げると、『花鋏』がノバラの手からすっぽ抜ける感覚があった。次いで、ノバラが突き出そうとしている左の黒星が狙いをつけるより早く、その手首を右手で取る。
そのまま、ぐる、とノバラに背を向けるようにしながら、その小柄な体の内に入ると、左腕をノバラの左腕の下から通して突き上げる。
「やぁ!」
両足で地面を蹴るようにしながら、右手を引きながら、投げる。
きれいに決まった一本背負いは、ノバラの体で半円を宙に描くように回り、そして、地面に叩きつけた。
「……っだぁぁぁ……きっつい……! 満足したか、ノバラ?」
ぐしゃ、と千束は自分の髪をかきあげる様にしながら、地面の上で大の字になっているノバラを見る。
勝負には負けた、と言うのに、ノバラは満面の笑みを浮かべて言った。
「…………………………私の勝ち♡」
いひひ、と笑ったその顔は、悪戯を成功させた会心の笑みであった。