Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……条件の話だが」
ぽふぽふ、とノバラの頭を撫でながら南部が切り出した。
「……おねーさんとお爺ちゃまの子どもの話なら最優先にするよ?」
南部は高齢だし、ノバラの知る限りにおいては、夜の生活に不自由はなくても、生殖能力には不自由があると承知している。
「お嬢様!?」
声を上げた彼女は顔を真っ赤にしている。実に可愛らしい。
「それは条件ではなく、特権だな」
はっはっは、と南部は余裕綽々である。ノバラに揶揄われたところで、まったく動じる様子がない。
「会長!?」
彼女はついに頭から湯気を噴き出していた。
「あー……優待券的な?」
吝かじゃないんだなぁ、へー、ふーん、ほーん、とノバラは何となくジト目である。
だが、まぁ、投資する以上、何らかの利益配分が必要なのは間違いないし、その一部が業務の一つであるならお手軽ではある。
「君が本当にこの事業を行おうとするならば、自らに資金力が無ければ息が続かない。基礎研究はできているにせよ、一定以上の顧客を獲得するまでは、確実に消耗するだけだからね。……だから、私の条件はこうだ。二週間以内に十億の資金を用意しなさい。それができるなら、残りの九十億あるいはそれ以上を……私が用意しても構わないよ?」
「じゅっ……!?」
目を剥いたのはノバラではなく、未だ南部に肩を抱かれている彼女である。
彼女は同年代に比べれば、高給取りではあるが、生涯賃金を考えても何回分か分からない。目を回してしまうほどの数字だ。
「……え、そんなんでいいの?」
一方のノバラは拍子抜けである。
南部のことだからもっと無茶ぶりをしてきもおかしくはない、と考えていたからだ。
「……む?」
南部としては、ここでノバラが、駄々をこねて、条件の引き下げを要求してくると読んでいたのだが。
……互いに微妙に予想を外した結果である。
「……よござんしょ。十億、耳を揃えて準備しますよ?」
くふふ、と笑いながら、ノバラは冗談めかして答える。
「……如何に君でもその資金をそんなにすぐ調達できるのかね?」
南部はそんなノバラの様子を訝しんで首を捻る。
南部の認識において、ノバラ単独でそれほどの金額を動かせるとは思えなかった。これからクラウドファンディングを募るにしても額が額。容易に集めることができるものではないし、そもそもクラウドファンディングで通常募る金額とも桁が違い過ぎる。
「うふふ。お爺ちゃま、私を誰だと思ってるの?」
にやぁ、と笑ったノバラはスマホで何処かに電話をかける。
スピーカーモードでかけられた電話に陽気な少女の声が応える。
『はぁい☆ こちらデイジーちゃんでぇす♡』
(『デイジー』……? ローズの一世代前のAIだったか……?)
デイジーは楓の作戦が実施されるまでは、極秘裏に扱われていた存在であり、南部といえどその実態を未だ承知していない。
開発者が御形楓であること。その開発に最上ノバラが携わっていることは承知しているが、彼の中では、あくまで、ラジアータの後継機、という印象に過ぎなかった。
「デイジー、今、私の個人資産ですぐに用意できるお金っていくらくらいかしら?」
『えー? 現金? イマドキ? まぁ、用意できなくはないけどさぁ……んー、直ぐにって言うなら一億弱くらいじゃないかな?』
「いちおっ……!?」
あわわ、と女性はノバラの方を顔を青くして見る。
まさか、自分より年下の少女がそんなお金を持っているとは考えもしなかった。
……いや、南部の孫娘なんだから、それくらいあってもおかしくはないが、彼から聞いている彼女の来歴からすれば、もっと極貧であると思っていた。
何せ両親は他界しており、表立った親族もいない。遺産らしい遺産もなく、施設育ち。彼女の存在を知った南部が陰ながら支援して、彼女は寄宿舎のある山奥のお嬢様学校に入れられている、と聞いている。
学費こそ免除されているらしいが(南部が全額払ったようだ)、経験上、お嬢様学校では、アルバイトだってままならない。生活に必要な最低限の物だけ支給され、現金なんかほとんど持っているわけもない。
そのハズの彼女がいともたやすく一億は用意できると言う。
……ちょっと目眩がしそうである。
……だが、目標額に対して、一億ぽっちである。それでも全く足りない。一体どうするつもりなのか、と様子を伺う。
「……まぁ、そんなもんよね。一切合切売り払ったらいくらくらい?」
『せっかく増やしたのにぃ!? うぅ……ノバラが言うなら現金化してもいいけどさぁ……諸々差っ引いても、時価で五、六億くらいだよ?』
……桁が違い過ぎる。女性は考えるのを止めた。
一方のノバラは若干不満そうであった。
これまでコツコツ稼いできた自分の資産(一部ハッカー集団から巻き上げた暗号資産なんかも含む)が、未だそれっぽちだった、ということにちょっとだけおかんむりなのだ。
「二週間で倍に増やしなさい」
まさかの命令である。
普通なら無茶が過ぎる話であるが、ノバラは無理だとは思っていない。
『……正攻法じゃ無理だよ?』
デイジーの判断でも、普通なら無理、という結論だ。
……そう。『普通』ならば、だ。
「誰も正攻法だなんて言ってないでしょ」
『……え? 何やってもいいのぉ?』
やっほーい、とデイジーが喜びの悲鳴を上げる。
最近は、姉であるラジアータがオーバーホールをしているせいで、彼女のお堅い仕事をずぅっとやっているので、デイジー的にはストレスが溜まっているのだ。AIだが。
彼女の本領は『悪戯』。為替や株式市場を荒らす、なんていうのは得意分野であり、良いストレス発散先である。
「合法の範囲内ならね。私たちらしくやりましょう」
『それなら楽勝だねぇ☆ 十倍にくらいにしよっか?』
「百倍でもいいのよ?」
あはは、と笑い合う二人。
楽観でも冗談でもなく、合法の範囲内で彼女たちにはその程度は可能だ。
過度な市場への介入は混乱をもたらすので、普段は、『あくまで一投資家が運用していたら』を想定して運用しているが、その制限を取り払えば、何なら秒単位でお金を際限なく増やせる。
デイジーの性能ならば、どのタイミングで為替相場が変わるかもリアルタイムで把握できるし、何なら彼女がこっそりネット上で呟くだけで、市場への介入も可能だ。
……その程度の動きをするだけで、ノバラは南部の提示した条件をクリアできる。
「……どう? 南部義藤? 資金調達の目途は立ったわよ?」
ふふん、とどや顔を決めるノバラに南部は苦笑した。
「……完敗だ。どうやら君を……君たちを過少評価していたようだ。いいだろう、全額、私が用意してあげよう。……ああ、だが、資金はないよりあった方がいい。二週間後までに十億。これはちゃんと稼ぎ出しなさい」
「おっけー、任せて!」
楽しそうに笑うノバラの頭を南部は、ぐりぐり、と撫でる。
(……どうしてうちの子たちは、この子の十分の一の力量もないのか……)
南部の子や孫は、南部からして見れば、平凡に過ぎる。
あるいは、単なる研究者、としてならばそれなり以上ではあるかもしれないが、経営陣としては、及第点ギリギリに過ぎず、彼らが経営を掌握したとしても、おそらくは今以上の発展はできないだろう。
最悪なのは、南部が健在な現時点においても、醜い足の引っ張り合いをしていることだろう。そんなことをしても何の利益にもならないというのに。
(……いっそ、本当にこの子を後継者に指名してみるか? 書類上であれば、問題なく私の血縁ということになってはいるしな……)
裏の仕事、というべきDA常任理事の立場は、誰にも引き継がせるつもりはなく、ノバラが要求してこなければ、宙に浮かせる予定だった。
しかし、ここに来て、最上ノバラは己が後継者として相応しい資質を見せようとしている。
南部がノバラを後継者に指名すれば、またぞろ、彼女の足を引っ張ろうと一致団結するだろう。しかしそれでも、南部の見立てでは、南部の親族全てが束になってノバラと対峙して、ようやく対等というところだ。
しかも、それはある種の経済闘争という意味だけであり、暴力的手段まで含めれば、ノバラの方が圧倒的有利。だが、彼らはそれに気づきはしまい。真っ当に経済闘争に励むのであれば、ノバラが暴力的手段に乗り出すことはないだろうが、そういった手段を使ってくるとすれば……一切の容赦はすまい。虎の尾を踏むどころか、完全な地雷原である。痛い目を見るどころでは済まないが……。
(……そうでもしないと分かるまい。あの馬鹿者どもにはな)
南部としてはどちらでも良い。
ノバラが自力で表も裏も自らの後継者となるか。
自らの本当の子孫が表だけでも守り切るか。……まぁ、この場合は、裏の方の後継者はノバラが当確となるわけだが。
内部争いを終結させ、有無を言わせないノバラの効率的かつ合理的……そして、あるいは革新的な企業となるか。
……いずれにしても、引退間近の南部にとっては、現状以上の結果が得られる。
(……やはり最上ノバラは爆弾だ。使いようで、有意義にも使えるが、灰塵に帰す力もある。クク……アラン機関の連中には分かるまい! 才能史上主義のアイツ等ではな! 彼女が失ったものを創造し、こねくり上げ、血と硝煙と泥にまみれて作り出したこのキレ味は!)
……あ、と南部は肝心なことを聞くのを忘れていた。
「そうだ、ノバラ。新しい事業……どういった形を取るかは置いておくとしても、新会社なり、新ブランドの立ち上げのようなものだろう? 名称は決めているのかね?」
はっ、としたノバラは、目を瞑って、口をへの字にしながら、んむぅー、と考え込む。
……どうやら、さすがにそれは考えていなかったらしい。
「……『LUNA×MARIA』とかどうかな?」
……苦し紛れに答える。
「月と聖女って感じですか? イメージ的には合うんじゃないですか、お嬢様?」
「ふむ……わが社の三日月ともかかっている。悪くないのではないかな?」
「……あれ? 適当に言ったわりに高評価でびっくり……」
名付けておいてなんだが、ネーミングセンスにまったく自信のなかったノバラが一番驚く結果となったのであった。
◇◆◇
……事態は急激に動き始める。
「……え、え……マジで!? ホントにその案で決まり!?」
厨二的な名称にノバラは顔を赤くしながら、両手で顔を隠しているが……。
「……何だ、不満かね? もうその感じで動き始めたんだが……」
商機があると見た南部の行動は迅速だった。最終的には、三日月義肢研究所の子会社化を予定しているとは言え、表向きは、ノバラを代表取締役とした新会社の設立。
百億というのは多額ではあるが、回収の目途もある投資対象と考えれば、南部としてはその程度の資金を用意することはごく簡単なことであった。
孫娘可愛さで、既に資金の目途を立て、施設を建設する土地の選定も、鶴の一声で始めている。
「……仕事が早すぎるよ、お爺ちゃま!?」
想像していた以上の南部の動きに、ノバラの頭は若干真っ白であった。
「なぁに。あとは君が企画書を準備してくれるだけでいい。私の肝煎りとしてやるし、君は君で私の後継者である孫娘として紹介するからね? ……
「はい、かしこまりました、会長! お嬢様も少々お待ちくださいね!」
既にノリノリの二人の様子にノバラは頭を抱えた。
……なお、南部の奢りのお昼ご飯は大層美味しかったという。