Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……ノバラちゃんが! き・た・よぉぉぉ!!」
喫茶リコリコのドアを勢いよく開き、からからからーん、とドアベルを景気良く鳴らしながら、ノバラは戦利品の買い物袋をぶら下げてバンザイしながら突入した。
「……また、急に来たね……この子は」
はぁぁ、と錦木千束はため息をつきながら、自らの妹分を出迎えた。
サプライズのつもりか、来る、という連絡の一つも寄越さず、唐突に現れる。
悪戯好きの彼女らしいと言えば、らしいのだが。毎度こんな感じだといい加減慣れもする。
仙台に戻って一月ほど。メッセージを送っても雑な返信しかしてこない上に、既読すらつかないこともしばしば。忙しいのだろう、という予想は付くものの、互いに筆不精なところがある二人は、早々に連絡するのをお互いに諦めた。
『便りがないのは、元気な証拠。何かあったら連絡してくるだろう』
そんな感じで、お互い妙な信頼感があるからか、連絡が無くてもまったく気にならないのである。
「……あれ? 千束、たきなは?」
……そして、愛しの妹は、自分との再会を喜ぶでもなく、自分の恋人である井ノ上たきなの姿を探している。
「……まったく、お姉ちゃんに挨拶もせず……
千束が、ぷく、と頬を膨らませると、ノバラは、笑うでもなく、真剣な目で、若干冷や汗をかきながら、千束を見つめた。
「……いや……たきなって、私が仙台に帰ってからも毎日メッセージくれるんだけども」
「私も送ってただろ? 最初の頃は!」
ちなみに、一週間もたなかった。朝、昼、晩とちょこちょこ連絡していたのが、朝、晩になり、晩だけになり、終いには互いに気が向いたときだけ、雑に連絡するようになり……特に連絡することもないので、互いに小まめに連絡するのは諦めたのである。
「千束はすぐ諦めたじゃん! 私もだけど……まぁ、それは置いといて。私も忙しいから直ぐ返信できるわけじゃないのは、たきなも分かってるから、既読してしばらく返事しないくらいは何でもないんだけど……日付変わるまでに、何か返さないと電話がかかってくるのね?」
「……はぁ? ……ああ、でも確かに、夜中に電話してたことあったなぁ。相手はアンタか……」
(それにしても、たきなってば、やっぱり妹のことは心配なんだなぁ……好き♡)
自分はノバラとは必要最低限の連絡で大丈夫と思い、電話をかけてまで安否確認はしなかったが、自らの半妹であるノバラのことは余程気にかけているらしい。
先にノバラが東京にいた頃は、たきなとノバラは一緒に住んでいたし、何ならたきなはノバラにべったりだった。人のことを言えた義理ではないが、なかなかのシスコン具合である。
今更ノバラに嫉妬をするようなことはないが、たきながこそこそ電話をかけていたのはちょっともやっとしていたのだ。
「……ほーん? 夜中にたきなと一緒にいたんだぁ♡」
一方のノバラは、千束がぽろっと零した言葉から、今の二人の生活を類推して、によによ、と笑みを浮かべている。
「そっ!? ……そりゃあ、いるでしょ……恋人だもの……」
ごにょごにょ……、と千束は顔を赤くしながら、恥ずかしそうに答える。ノバラはそれを満足に見ながら、頷く。
「いひひ♡ そっちのお話はあとでたぁくさん聞かせてもらうとして……今回、こっちに来るに当たって、色々忙しいのと、内緒にしたいのとで、電話にも出てなかったのね?」
す、とノバラがスマホの着信履歴を見せる。
『たきなおねえちゃん♡』からの着信履歴が百を超えていた。
「…………着信履歴がえらいことに……っ!」
まさかこんなことになるなんて、とノバラは内心も表情も冷や汗たらたらである。
「……うわぁ」
可愛らしい相棒で恋人のたきなの行動に、さすがの千束も若干引き気味だった。
(湿度高くない!? ……あれ!? でも私には、そんなに連絡してくれないよ!? もしかして私、愛されてない!?)
「……いつも一緒にいるんだから、千束には連絡する必要ないでしょ?」
「ほ!? あれ!? 私、もしかして、口に出してた!?」
「言わなくても分かるよ、お姉ちゃんの考えてることなんて……ふーん、たきなが粘着する必要がないくらいにべったべたなんだねぇ?」
(……まぁ、たきなは別に粘着してるわけじゃなくて、純粋に心配してるだけなんだろうけどね? うーん……お姉ちゃんの愛がちょぉぉっと重過ぎるんだよなぁ……。たきなが私を心配する余裕があるってことは、千束とがっつりらぶらぶゆりゆりな生活しているわけじゃないってことなんだろうし)
一緒にデートしたり、食事したり、お風呂入ったり、同じベッドで眠ったり……あとは軽く触れあって、ちゅう♡、くらいかな、と当たりを付けてみる。
(……
千束はおこちゃまだから仕方ないとして、たきなは肉食獣の本性を良く抑えているものだと感心する。
「まぁ……何かそもそもバレてたらしいし、私もたきなも隠し事ってへったくそだからさぁ~? まぁ、アンタらが帰った後にはちゃんと報告したから、店の中でも家でもそりゃあいちゃいちゃくらいするわよ」
「……お? ちゃんと言えたんだね♡ ちさとちゃん、えらいえらーい♡」
いーこ、いーこ、とノバラが背伸びしながら、にやにや笑いで千束の頭を雑に撫でる。
「……お姉ちゃんを子供扱いするんじゃありません……って、アンタ、今日は随分ハイカラな格好してるわね」
ぺしっ、とノバラの手を叩いてから、久しぶりに見た妹の姿をマジマジと見る。
いつもの制服でもなく、如何にも買ったばっかりといった感じの有名ブランドの服に、小洒落たバッグ。髪は珍しくノバラの目を隠すような感じではなく、たきなに似た目が顔を出しているし、髪の質感も何だか艶々で、ほっぺももちもちつるつる。
(……あれ? ノバラってこんなに可愛かったっけ……?)
普段、目立たないような格好をしているので、どちらかと言うと、地味目な印象ではあるが、ちゃんとした格好をすれば可愛らしいのは知っている。
だが、今の彼女はそれよりもずっと可愛く見えて……。
「あっ、あぁぁぁぁっ!?」
隅っこで飲んだくれていた中原ミズキが急に驚愕の声を上げる。
「……の……ノバラ……それ、そのバッグは!?」
「うわ、酒臭っ! もぅ、ミズキ、また飲んでるの? あ、このバッグ? ここに来る前に銀座でショッピングしてきたんだけど、買って貰っちゃった♡ あ、服もね?」
「はぁぁぁ!? 何て羨ましい……って、今、買って貰ったって言った!? そんな百万近くもするバッグを!? いや、それ以前に……その髪、顔……さては良い感じの美容室と高級エステでしょ!? 貴様、一体、どんな男を誑し込んだのよ!?」
「ミズキ、うるさぁい。別に、私が誰とデートしてたっていいでしょ?」
無論、相手は南部と、一緒についてきたおねーさんである。
ノバラ的には、思いのほか楽しかった。ノバラもファッションのチェックはかかしてはいないが、何せおねーさんのファッションセンスが抜群だった。ノバラの小柄でガーリーな部分は残しつつ、大人っぽさを上手に加えてくれた。そして、南部は笑いながら、黒いカードで払ってくれた。ノバラとおねーさんの分を。一般庶民ならまず躊躇するであろう金額を顔色一つ変えず、笑顔のままに。
(……うみゅ。お爺ちゃまは偉大……ついでに、おねーさんはセンス良かった)
黒のチェックのミニスカートに白いサマーセーター。色合いはあり触れた組み合わせだが、スカート、ブーツ、バッグが大人っぽく見えるのに、トップスはふわふわと柔らかい印象で、少女の魅力を引き立てている。
せっかくだから髪もいじろう、とおねーさんが美容院に連れていき、その足で一回で数十万するエステで、全身くまなく、ぴかぴかつやつやもちもちに磨き上げてもらったのである。
「…………あれか。パパ活ってやつか?」
「私がそんなのするわけないでしょ?」
(……あれ? でも冷静に考えると……)
おねーさんが一緒、というのは置いといて、裕福な男性と食事を一緒にしたりして、デートして、色んなものを買って貰っている。
ノバラ本人としては、そんなつもりはないのだが……。
ぷひゅ~、ぷひゅ~、と下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。
「……な、何でこんな小娘にそんなパトロンがいて、私にはカレシの一人もできないのよぉ……」
大粒の涙を浮かべたミズキは、一升瓶からコップに日本酒を注ぐと、それを呷って一気に飲み干し、ぷっは~、と息を吐いて、カウンターに突っ伏した。
((……そんなんだからだよ))
奇しくも姉妹の感想は一致した。
「まぁ、ミズキは置いとくとして……パパ活じゃないなら、また悪だくみ?」
「千束、ひどぉい! 私、そんなに悪いことばっかりやってるわけじゃないもん!」
姉に腹黒扱いされて、ノバラはおかんむりである。ぷくぅ、と頬が膨らんでいる。
「……でも、何か裏はあるんだろ?」
「……あるけどさぁ」
ノバラの場合、後ろ暗い仕事もやらざるを得ない立場であり、それを遂行するためであれば、どんな汚い手段だろうが考えて、自分や現場の人間の損耗を最小限にしようとする。それも一つの悪だくみには違いないが、理由あってのことだ。
千束はそれを咎めるつもりはないし、仮に咎めるようなことをしていたとしても、誰が許さずとも自分が許してやらなければならないと思っている。
……それは、ノバラをリコリスに引き込んだ千束の責任だ。
「ま、ちょっとしたビジネスのお話よ。十年先の利益を考えたら、今日、この程度を私へ貢物したところで、端金だしね。もちろん、今、お金を持っている人じゃなきゃできないことではあるけど。……あ、あと、変なことはしてないからね! 女の人も一緒だったし」
「いや、アンタに変なことするって……どんな勇者だよ」
ノバラは強い。
大の大人ですら瞬殺するほどの格闘術、暗殺術の使い手である。不埒な行いをしようものなら、彼女が望まない限り、触れることすらできないだろう。
……加えて言えば。
ノバラの容姿は幼い。
未だランドセルを背負っていたとしても違和感ないくらいである。
そんな彼女に何かしようとするというなら……ロリコン確定である。
この二つの理由から、ノバラに変なことをするというヤツは勇者にほかならない……あるいは愚者かもしれないが。
「……それはよかったです」
ぼそ、とノバラの耳元に囁かれた声。
ぶわっ、とノバラの全身から冷や汗があふれ出す。
声の主は、優しく、やんわりと、愛おしそうに……それでいて決して逃すことがないように、ノバラを背後から抱きしめた。
「……おかえりなさい、ノバラ。連絡もせずに、急に来るなんて……イケナイ子ですね。……しかも、私たちに会いに来るより先に、ビジネスの話、ですか。私、何度も連絡したと思うんですけど……ねぇ、ノバラ……?」
くすくす、とノバラの耳元で笑い声がする。
ノバラは顔を青くしながら、あわあわ、と口を開いた。
「た、た、た……たきなお姉ちゃん……ほ、ほら、せっかく、来るなら、驚かせたいから内緒にしたいし……嫌な仕事は早く終わらせた方が、楽しく遊べるじゃない? わ、私はお姉ちゃんたちと一緒に遊べる時間をできるだけ確保したいなぁ、って……ねぇ?」
井ノ上たきなは自らの半妹であるノバラを、ぎゅうっ、と抱きしめ、その髪に顔を埋めて、すぅぅ、と息を吸い込んだ。
「美容室と、エステの後、でしたか? ペパーミントにバラ、微かにシトラスの柑橘の香り。……それと、女性ものの香水と男性ものの香水の残り香ですか。染みつくほどではないにしろ、結構べたべたくっついていたみたいですね、ノバラ? ……楽しかったようで何よりです……」
ふふふ、と再び耳元でたきなの笑い声がする。
「……ひぇ……」
……人に言えた義理はないが、体に移った残り香から分析するとか、怖すぎる。
ノバラの顔はかつてないほどに真っ白になっていた。
そんなノバラの様子に千束が苦笑する。
「ほらほら、たきなー。ノバラが本気で怖がってるから、揶揄うのはそこまでにしてあげてー」
「……ふぇ?」
千束の言葉にノバラが恐る恐る後ろを振り向くと、面白そうに笑みを浮かべたたきながノバラを見つめていた。
「……ごめんなさい、ノバラ。ちょっと悪ふざけが過ぎましたね」
「うぅ……たきなぁ!」
ノバラがたきなに向き直ってから、思いっきりたきなに抱き着く。
すりすり、むにむに、ぷにゅぷにゅ。
たきなの胸元に顔を埋めたノバラは思い切りその感触を堪能する。
(あ、こんにゃろ、私のたきなに……! ……まぁ、ホントの姉妹同士だしなぁ……大目に見てやるか……)
「……たきなぁ……たきなお姉ちゃぁぁん♡」
「……ん♡ ……まったく。心配したんですからね、ノバラ。返信できないことがあるのは分かってますけど、一言くらい返さないと、めっ、です」
「はぁい♡」
二人の抱き合い振りは、しばらく会っていなかった恋人同士のようですらあった。
「今日はいつもよりおめかしさんですね♡」「たきなは今日も可愛いよ?」「ありがとうございます。ノバラも綺麗ですよ♡」「えへ♡ ありがと♡ ん~……たきな、しゅきしゅき♡」「ぁん♡ ……もう、甘えっ子ですね、ノバラは♡」
恋人を放っておいて、このいちゃいちゃ振りである。
妹に嫉妬するのはどうかと思うが、いらっ、とするのも致し方ないことだと思う。
「てぃ!」
千束が思わず、二人の間に手刀を放つと、たきなもノバラも、するり、と離れて、協力し合いながら、二人で千束に絡みついた。
「……は? ……へ!?」
腕の関節を極めながら、ノバラは千束が逃れられないようにその腕に抱き着き、ぺったんこな胸を押し付けてるとともに、片足を千束の足に絡みつかせている。
「……いひひ♡ 千束お姉ちゃん、嫉妬? 嫉妬した? たきなが取られそうで、いらっ、とした?」
悪戯好きな妹がくっつき虫になるのはいつものことだし、煽るようなことを言ってくるのもいつものことだが……。
「……嫉妬? 嫉妬したんですか、千束? 私はあなたのものだというのに……♡」
その姉が後から千束の腰を抱き、弾力のある胸を背中に押し付け、首筋に温かい息を吐きながら、熱っぽい言葉を耳元に囁きかけてくるのは反則だ。
(……うぅ……やっぱり、この姉妹、エロいって思うんだ……!)
恋人とその妹にべったりくっつかれた状態で、千束は湯気が出るほど顔を赤くした。