Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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EX08H Anxiety about the future

 おやつタイムを過ぎ、ディナー営業前の隙間時間。

 

 他に客がいなかったので、悪ふざけをし過ぎた結果、ノバラは頭の上に大きなたんこぶを作った状態で、カウンターに座って、ミカの淹れたコーヒーを啜っていた。

 

 ……ちなみにたきなは千束にロッカールームまで連行され、顔を真っ赤にして帰ってきた。千束の顔はてかてかしている。この対応の違いは何だろうか。解せぬ。ノバラはちょっぴり涙目である。

 

「それにしても、随分急だったな、ノバラ。忙しいんじゃないのかい?」

「忙しいですけど……全っ然、休みなかったですし。振れる仕事は全部振ってきましたよ? おかげで一週間くらいはこっちにいられそうです」

「……そうか。ならゆっくりしていきなさい」

 

 ぽふぽふ、とミカの大きな手がノバラの頭を撫でる。ノバラはくすぐったそうにしながら、照れたように微笑む。

 ミカとノバラはそれほど接点が多いわけでもないのだが、千束とフキがミカを父のように慕っているからか、ノバラもミカにはそのように接している。

 

「……あ、先生。ディナータイムは私もキッチン入りますよ?」

「せっかくの休みだろう? 無理はしなくても……」

「あはは。ここで働くのなんて楽しいだけですから……コーヒー、ご馳走様でした。着替えてきますね。……千束、私の制服は?」

「ちゃんとクリーニングしてアンタのロッカーに入れてるって」

「さっすがお姉ちゃん♡」

「アンタ目当てのお客さんもいるんだから、キッチンに引き籠らないで、久し振りに顔見せてあげなよ?」

「はぁい♡」

 

 足取り軽やかにロッカールームにぽてぽて歩いていくノバラを千束は微笑まし気に見送った。

 

(……いやぁ……あの子、ワーカーホリック過ぎじゃない? 一応、休暇で来たのに、わざわざここで働くなんて……。私もここで働くのは嫌いじゃないけどさぁ……でも、だらだら過ごせる休みはやっぱり必要でしょうよ?)

 

 ちらり、と相棒兼恋人のたきなを見る。

 ……まだ、ちょっと顔が赤い。

 

(……たきなもあんまり休みとか関係なさそうだよなぁ。まぁ、今は、前ほどぴりぴりしてないから、休みも程良く楽しんでる感じだけど)

 

 カウンターに突っ伏して、日本酒の入ったコップを突いているミズキを見る。

 

(……ミズキは、まぁ……ご愁傷様です)

 

 未だ合コンやら婚活を頑張ってはいるが、休日にデート、などという姿を千束は見たことがない。晩婚化が進んでいるとは言え、これだけスペックの高いミズキが相手を見つけられないのは、本人の理想が高過ぎるからだと思う。彼女がそれに気づかない限り、このままお独り様か、ダメ男に引っかかる気がしている。

 

(……先生もなぁ……今は浮いた話もなさそうだし。お店が趣味みたいなもので、休みは他の用事を済ませてる感じか)

 

 慣れない喫茶店の店主を始め、十年程度。

 マスターとしての仕事が最早趣味になっているし、元の性格故か、コーヒーの研究にも余念がない。昔の飲めたものじゃないコーヒーが懐かしいくらいである。

 

 果たして、自分は、と考えてみる。

 

 リコリスとしての活動限界……引退の時期にはなっている。まぁ、大学生くらいまで引っ張る者もいないことはないが、今の千束は、そこまでリコリスを続けようとも思っていない。順当に考えれば、この店を継ぐのが一番の選択肢ではあるが、ミカが引退するにはまだ早い。店主を継ぐにしても、向こう二十年くらい先だろう。

 だからと言って、今から、大学に通うという考えもあまりない。そも、知識という点においては、既にその辺の大学生よりも余程上だろう。語学や化学、工学の知識はリコリスにおいては必修である。今更、何か学ぶようなことはないだろう。興味があるとすれば、専門的な医学分野くらいだろうか。

 

(……うーみゅ……フキ辺りなら大学とかも考えてそうなもんだけど)

 

 しかし、彼女はあれで箱入りのお嬢である。

 免疫のない男子のいるところに放り込んだら、きっと大混乱して面白いことになるだろう。だとすると、選択肢は限られてくる。

 

 ……既に楠木辺りと、それの他にも引退後の進路について、DAへの就職も視野に打ち合わせしているかもしれない。

 

(……ホントならフキもこの春で引退したかったんだろうけどね。私が引退していないから、必然的にアイツも引退できないわけだ。春のタイミングだったら、どっかの女子大に入ってたかもねぇ……)

 

 迷惑かけてるなぁ、と思う。でも、それはあちら側の事情であり、千束のせいではないので、謝ることは絶対にしない。

 

 フキは現状で、リコリス最強戦力である千束に対するカードの一つであり、彼女が引退してしまうと、仮に千束が暴走したときに止めるコマが一つ少なくなる。だからこそ、彼女が引退できるのは、最低でも、千束と同じタイミングになる。見た目、小っこいから、もう少し引っ張れそうな気もするが。

 

(……いや? 現状を考えると、楓さん辺りが対ノバラ用に確保している可能性もあるな。……どっちにしろ、私のせいか。スマン、フキ!)

 

 ……前言撤回。千束は本部方を向いて瞑目して、心の中で謝った。

 

 そも、ノバラをリコリスの道に引っ張り込んだの千束であるからして。

 ノバラの母親、姉替わりとなった千束に、フキも同じ役割に付き合わされた形だ。ノバラの起こす問題の遠因は千束、ということになる。

 

 さて、ここで、今現在のノバラと楓の関係を考えてみよう。

 

 千束の見るところ、ノバラと楓の関係は、以前とは少し異なっている。

 

 そもそもの二人の関係は、師弟であり、義理の母娘でもある。一応、この関係は現状でも崩れてはいない。

 

 ノバラはDAに対する忠誠心などないが、義理や恩があることは理解している。

 彼女がその辺りをすっ飛ばすような思考回路をしているのであれば、DAはこの間の機会に潰されていてもおかしくはなかった。

 そうしなかったのは、諸々の影響を考え、配慮するだけの余裕と頭脳があり、その上で、義理や恩があったこと。加えて言えば、楓が考えていた決着点を予想していたからにほかならない。

 

 ……が、結果として、ノバラは楓の考えていた決着点をも引っくり返した。

 

 本来であれば、楓は騒乱の原因として、自らが処罰されても已む無しと考えていたハズだ。……まぁ、その裏には後始末が面倒、という本心が見え隠れしているが。

 そして、自らは一線から退き、そのときに最大戦力を有しているであろう楠木に後始末が回す手筈が整っており、それらの始末の功績を以って、司令官としては良識派である楠木にDAの実権を握らせるつもりだったのだろう。

 

 だが、この計画はノバラが……自らの分身であるAI『ローズ』をDAの常任理事に捻じ込んだことで破綻する。

 

 ……トップに据えられたのは楓だ。

 

 これは、自分で責任を取れ、と言わんばかりのノバラの嫌がらせとも取れるし、楓を出世させた恩返しとも取れる。楓的には前者であるが、客観的に見れば後者であろう。

 楓には拒否権すらなく、あれよあれよという間に、非常任の理事が軒並みスッカラカンになったタイミングで、実務上のトップ『総括司令官』に選任された。

 更に言えば、空いた理事の席に座ったものも、元リコリスや元リリベル、あるいは、司令官経験者と謂わば『現場』に近い人間が据えられた。

 彼ら彼女らの考えは、元ファーストリコリスであり、現役司令官である楓と非常に近しい。

 楓の年齢、性別や経験には、嫌味の一つくらい言うかもしれないが、最終意思決定機関である理事会と現場の最高責任者の間に、考えの齟齬がほとんど生じない状態である。

 

 端的に言うならば、非常に仕事がし易い環境が整えられてしまった。

 

 楓が何かを上奏したとすれば、そこに判断誤りがない限り、ほぼ採決される。

 妙な足の引っ張り合いもなければ、探り合いもないし、利権争いもほぼない。

 

 ……更には、楓の伴侶である『御形ハジメ』と彼女たちの娘、『伊達すみれ』改め『御形すみれ』が楓の側に送り込まれている。ハジメは、再審請求が通り、やり直し裁判が始まったものの、裁判以外は暇を持て余しているし、病気ということになっていたすみれも復調し始め、結果、以前ほどの能力は失ってしまったが故に、再訓練を名目に楓の側である本部に送り込まれた。これは楓が、家族との時間が取れない、などとの文句を言わせないためのノバラの裏工作の一つだろう。

 

 そんな状況にあるからこそ、楓はやりたくもない『総括司令官』に座らざるを得ない。ノバラが楓の逃げ道を塞ぎ、外堀を埋めた形である。

 

『DA潰し』は楓とノバラの共通の最終目標ではあったが、楓の思惑を潰した、という点でノバラが反旗を翻した、と言えなくもない。

 

 仇……とまでは言わないだろうが、楓としても腹に溜まったものは相当あるだろう。

 

 表面上、二人の関係は以前のままのようには見えるが、少なくとも、かつてのように、楓がノバラに全幅の信頼を置いて、自分の右腕として使うことは、もうあり得ないだろう。

 

 師弟関係が崩れたわけでも、義理の母娘関係を解消したわけでもないのだが、このような状況では、ノバラ本人はともかく、楓にとっては、ノバラは警戒対象となってしまった。

 

 つまり、内在した警戒対象であるノバラに対する対抗戦力を確保するのは、楓にとって急務となった。

 そうしたとき、ノバラに対するコマとなり得るもので、今、楓が使いやすいのは、フキになる。

 フキは千束と同様、幼少のノバラを育てた、母とも姉とも言える存在であり、ノバラの生き方に大きな影響を与えている。

 ノバラを制御しようとした場合、実際できるかは置いておくにしても、少なくともノバラにまともに意見を言え、かつ、彼女が一歩引いてくれる可能性がある相手としては、フキしかいない。だから、フキに引退されてしまうのは困るのだ。

 

 ……まぁ、こんな理由で、フキは当分の間、引退が許されそうではないのである。

 

 姉妹揃って、フキに不自由させている……フキ自身は、千束はともかく、ノバラにかけられる迷惑なら喜んで迷惑をかけられそうではあるが。

 

(……なんつーか、フキは、あれだな。オカンって感じだな)

 

 実際、ノバラも心の中でそう思っていることだろう。

 ……どころか、平然と、面と向かって言っていてもおかしくない。

 

 はぁ、と千束はため息をついた。

 

『やりたいこと最優先!』が彼女の信条ではあるが、色々満たされているせいか、『今、やりたいこと』……あるいは、目標というものが見えずにいる。

 

 いや、もちろん、たきなと……ごにょごにょ♡……という、目標というか欲望は明確にあるにはあるが。

 

 千束は、どうにも気が抜けたような気がして、漠然と未来に不安を感じている。

 

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