Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「あ~あ~……好き放題やりやがって、あんにゃろめ」
あのファーストのリコリス、まぁまぁ重症だろうな、と千束は思った。
よく見れば、ノバラに手加減なしに振り回された結果、腕はあらぬ方向を向いているし、顔面に撃たれた銃弾はゴム弾とは言え、胴体であれば、防具なしなら肋骨が折れる。
なら、顔面なら?推して知るべし、という感じである。少なくとも当分は顔を見せられる状態ではないだろう。
さらには味方から無防備なところに銃弾を撃ち込まれ、気を失いかけているところをノバラがぶん投げた。
正確には、関節を取った相手を上手く振り回して、素早く足を払いながら、肩口から背中で思いっきり押した、というところか。
この押したというのも厄介で、おそらく肋骨は何本か逝っているだろう。受け身が取れる状況でもなかったし、サードの子が受け止めたものの、受け止めたというよりはぶつかった、というレベルだし、そこでさらにケガをしていてもおかしくない。
他の子はそれほどでもないだろうが、同士討ちを厭わなかった子は別口で顎が砕けているだろうし、多くの者が眉間やからこめかみを接射されている。
乱戦だった、というべきなのだろう。ノバラ以外の者にとっては。
中でも特に良かったのは、蹴り上げた銃が狙いすましたように、ノバラの頭上に落ちてきたところだ。あれを計算ずくでやっているのだからたまらない。
何も知らずに見ていた者には、踊るように、としか表現できないだろう。それほど鮮やかな戦い振りであった。
だが、千束の目には少し異なって見えていた。
……まるで本気じゃないし、遊んで魅せるほど余裕か。
目的が実力のほどを『わからせる』ことにあるのであれば、確かにそのくらいの余裕は必要だろうな、とも思う。
ノバラの本来の戦い方であれば、気取らせずに背中からブスリという一見すれば、実力差が分かりづらいものである。無論、それ以外の戦い方もあるし、今回の『ガン=カタ』を模したような戦い方もそれの一つだ。
「……千束、ノバラは別に銃は下手ではないのでないですか?」
「いやいや、あの距離なら、私もノバラもさすがに当たるわ」
ほとんど接射に近い撃ち方をしているが、中には中距離程度でも当てている。だが、正直、あれは狙って当てているのではない。
その辺にいるのは分かっているから、この辺りに撃っておけば当たるだろうという、経験則だ。
あの乱戦は、ノバラによって作り出された狩場だ。
まぁ、もっとも、狼が牙を立てるほどの相手ではなかったので、適度に前足で転がして遊んでいただけではあるが。
「しかし、ノバラは動きに迷いがありませんね」
たきなには、それが一番気になっていた。
通常、自分の思い通りに戦闘が進むことは少ない。一瞬一瞬の最善の判断はしかし、積み重なれば、十分な隙になり得る。
だが、先ほどのノバラにはそれがなかった。
予め決まっていた役をその通りになぞったようにすら見えた。
「……練習済みってことでしょ」
千束にしてみれば、それは特に驚くべきことではなかった。
膨大な練習量の中で想定され得るシチュエーションの中にあるものであろうし、別に実際に体を動かすことが練習とも限らない。
過去の戦闘、過去の模擬戦、映像記録……そしてそれらの組み合わせ。
ノバラの頭の中では全てシミュレーションされ、始める前から終わっている。
「ああ……例の練習内容と練習量の話ですか」
「そ。ノバラの強さの根本は、アホほど練習し尽しているってことだからね。そういう意味で、あの子は、フキの同類……あ、いや、妹か。似てるだろ?」
ノバラもフキも素の身体能力に恵まれている訳ではない。
故に、鍛錬を繰り返し行って、自分の動きを反射レベルにまで磨き上げる。
他の追随を許さない『才能』の塊の千束に唯一食らいついてくるのは、愚直なまでの『努力』だ。
「でもさっきの戦い方はむしろ千束に似てるんじゃないですか?」
「……そう?」
「何と言うか……華がある、みたいな感じです」
「まぁ、派手にやるっていうのが、目的だろうからね」
それにしても、とたきなは負けたリコリス達の様子が気になった。
ファーストの子は、酷くやられていたので、意識を失ったまま医療班に運ばれているものの、他の子達はそれほど酷いことにはなっていない。
……だと言うのに、ノバラが化け物にでも見えたかのように、彼女達は怯えているのだ。
「……『喰われた』な、あれは」
同じくその様子を見ていた千束がポツリと言った。
「『喰われる』って、何です?」
そうだな、と千束は考えた様子で、一つの例え話を語った。
女優がいたとする。
才能を持ち上げられ、舞台で主役をやることになったしよう。
十分に練習を重ね、自分を含め、万全の状態で舞台に臨んで。
その舞台のクライマックスで端っこにいるだけのハズだった村人Aが、見事な歌と踊りで会場全体の注目と喝采を浴びる。
…………さぁ、女優はどうしたらいい?
「ああ、つまり、主役を『喰う』ってことですか」
「例え話は結局舞台でしかないけど、これが、自分の生や存在だったら?」
「…………自分を否定される、ってことですか?」
「そう。あの子達が怯えているように見えているのは、それを見せつけられたから。ノバラは存在感そのものが普段は薄い。意識から逸らしてしまえば、どこにいったのかも分からなくなるくらいに。でも、逆に、恐ろしいまでに存在感が膨れ上がる瞬間がある。ノバラの存在が強く濃くなるほどに、相対的に自分の存在が弱く薄くなる。それは、まるで自分が消えてしまうほどに錯覚する。そして、人はそれを本能的に恐怖する」
ノバラの気配に『死』を連想しても、『殺気』を感じない理由はそれだ。
何故ならノバラは別に殺そうと思っているのではなく、自己を奮起させているにすぎないのだから。
自己を強く肯定するが故に、間接的に他人を否定する。
だが、だからこそ、ノバラは忌避され、理解できない者には気味悪がられた。
「……昔は、癇癪みたいなものだったのに、自由自在とはね」
千束と暮らしていたときは、何の前触れもなく(実際はあったのかもしれないが、千束には分からなかった)ソレが放っていたのに、今の模擬戦ではノバラは完全に制御しているように見えた。
幼い頃のノバラに気配を抑える術を四苦八苦しながらも教え込んだのは千束であり、完成させたのフキである。だが、それは、隠形に利用されるものであって、気配そのものを戦闘手段に用いるものではなかった。
「……強くなったなぁ……」
自分自信で嫌っていたそれを武器にするほどの成長をみせた。
それは素直に嬉しいのだが、千束は何とも言えない気持ちの悪さを感じていた。
……私も当てられたか? ……それとも、嫉妬?
自分の心の内が分からずに、わずかに千束は困惑していた。
「ノバラは強いですねっ! すっごい可愛いです!」
しかし、たきなのある意味矛盾する言葉で、千束は現実に引き戻される。
「あれ、見て、どっから『可愛い』がでてきたの、たきな?」
「千束、見ていなかったんですか? ノバラが動く度にシッポがふわっと動いて、体を回転させていたときなんか、しゅって音がするみたいに綺麗に回っていたんですよ、可愛いですよね!?」
「お、おう……」
「耳もいいです! 面白いいたずらを考えた、みたいにノバラが笑顔を浮かべる度に、ゆらゆらって揺れるんですよ!?」
……いや~……たきなすごいな。戦闘だけじゃなく、そんなとこも気にしていたとは……というか、あの邪悪な笑顔をそんな子どもの無邪気な笑顔みたいに言わんでほしい……。
「……楽しみですね、千束!」
そう言ったたきなは、先ほどまでのだらしない笑顔とは異なり、ギラギラとしていた。
武者震いだろうか、ふるっとちょっとだけ体を震わせている。
わずかに頬を紅潮させたたきなの顔は、恋する少女のようにも見え、戦の熱にうかされた戦乙女のようでもあった。
「そうだなっ!」
そう答えた千束はうまく笑えていただろうか。