Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……ノバラ、重いんだが……」
「えへー♡ クルミ、あったかぁい♡」
着替えを終えたノバラが、クルミの上にのしかかるようにしながら、二人で歩いてきた。
迷惑そうにしているクルミをノバラが、ぎゅぅ、と抱きしめている。
風呂上りらしいクルミの体温とぷにぷにのクルミの体を堪能しているノバラは、とろけ切った表情をしていた。
クルミとノバラでは、ノバラの方が若干背は大きい……胸は負けているが。
ノバラはクルミの頭頂部で、すぅぅ、はぁぁ、と深呼吸してから、クルミから離れる。
やれやれ、といった表情でクルミがノバラに顔を向けると、ノバラは、ちょっとだけ嬉しそうに微笑んでいる。
ノバラの行動は割と変態ちっくなものではあったが、不思議なことにクルミはあまり嫌そうにはしていなかった。……どころか、ちょっと名残惜しそうにすらしている。
そんな様子に、千束は、おや、と首を傾げる。
ノバラは無自覚なのか意図的になのかは、判然としないところはあるが、同性を誑し込む性質ではある。
しかし、クルミはあまりべたべたくっつかれるのは得意としていない、と千束は考えている。容姿こそ幼いが、クルミの考え方は老成しているといっても良い。だからこそ、ネット界隈では、彼女が老人扱いされていても違和感がないのである。
そんなクルミは基本的に人嫌いであると思う。
……とは言っても、それは彼女がこれまで積極的に生身の人間と関わってこなかったからであろう。
リコリコに来てからの彼女だけを見れば、そんなことは分からないかもしれない。
……だが、本来のクルミはおそらく、好奇心を優先してしまう一面はあるものの、他人を信用しようとしない慎重さ……あるいは、臆病さのようなものがある。幼い外見に騙されがちではあるが、その中身は老練にして老獪な海千山千のハッカーである。
千束たちが彼女から信頼を勝ち得たのは、彼女の命を守るため真剣に戦ったこと……だけではなく、彼女が殺されてしまったと誤認したときに、本気で彼女の死を悼み、沈んでいたからだろう。
対して、ノバラとクルミの関係は、先の事件で何やらこそこそ二人でやってはいたが、その接点はそれほど多くはあるまい。
ノバラの生育環境や彼女のスキルは大いにクルミの好奇心をそそるものではあるだろうが、決してそれ以上ではなかったハズだ。
ノバラから解放されたクルミは、酒臭いミズキの隣を避けて、千束の隣のスツールに腰かけた。
「……ノバラー、何かつまめるものはないかー?」
「え~? お夕飯前だよ?」
キッチンに入ったノバラは手を洗いながらクルミに返答した。
調理用のエプロンを身に着けると、カウンターに顔を出して、ちょっと眉を寄せている。
「うーん……でも、まだ時間あるし、ディナー営業が終わってから、ゲーム大会だろ? さすがにその後まで、ボクのお腹はもたないぞ?」
「あー……今日はゲーム大会かぁ……。うーん、本格的なお夕飯にはちょっと早いけど、確かに、私もちょっとお腹には入れたいかな。お昼軽めだったし」
「……アンタ、どうせ軽め、とか言っていいもん食べてきたんでしょ?」
ミズキが恨めしそうにノバラを睨んだ。そんなミズキの様子にノバラは勝ち誇ったように、ふふん、と鼻を鳴らした。
「大したことないよ☆ ちょっとお寿司食べてきただけ♡」
ノバラは、きひひ、と悪戯っぽく微笑みながら、スマホの写真をミズキに見せた。
ぴき、とミズキの表情が固まる。
「……あ、アンタ……これ……一見さんお断りの高級寿司店じゃないの!?」
「そーだよ? いやぁ、美味しかったなぁ……。大トロはもちろん美味しいだけど、私は赤身かなぁ。熟成マグロのねっとりとした身がわずかに甘くて、酢飯の酸味と合わさるとさいこーなんだよねぇ。今日は普段出さない未利用魚も握ってくれたんだよ。そういうのって、調理するのが大変ってだけで、味はいいのも多いんだねぇ。……でも、さすがに高級店だからちょっと遠慮しちゃったから、足りなかったかも」
(遠慮するなら、大トロとか頼むなよ……)
本人的には一応遠慮はしたのだろう。価格というよりは量を。
ノバラは食道楽なところがあるので、量よりは質を大事にしている。
だが、それは食べる量が少ないということではない。
そもそも、彼女の一日の運動量は、一流アスリートに匹敵すると言っても過言ではない。つまり、彼女が自分の身体能力を維持しようと思うなら、結構な量を食べなければ、そもそも体がもたない。
相棒であったすみれがブラックホールのごとく食いまくるから目立たないだけで、ノバラは普通に健啖家である。
高級店で加減せず、彼女が好きなように食べたのだとしたら、会計額は相当になるだろう。
「大将オススメの握りに、変わりネタ、旬のヤツとマグロ各種、お味噌汁と、焼き魚、茶わん蒸し、だし巻き卵……さすがにあのレベルのお店だと、これだけでも結構な金額だったねぇ」
えへ、とほんのり頬を染めて微笑みながら、味を思い出しているらしい。
ミズキが血の涙を出しそうな勢いでノバラを睨んで歯ぎしりしている。
「あぁぁぁぁ!! もうっ!! 私は今日は飲むぞぉぉぉ!! ……ノバラ、おつまみ!!」
……自重を止めたらしいミズキは、コップに残っていた日本酒を飲み干すと、ノバラにつまみを要求しながら、手酌している。
「もう……お金取るよ、ミズキ?」
「うるっしゃっい!! あーたは、あらひにきをつかいなしゃい!!」
呆れた様子のノバラに、ミズキは顔を赤くしながら怒鳴る。
「はいはい……」
やれやれ、といった様子のノバラは、特に怒るようなこともせず、困った子だなぁ、と言わんばかりの優しい目をミズキに向けながら、キッチンに戻っていった。
……ノバラとミズキの付き合いは結構長い。
楓とミズキはDAの同期であり、親友と言って差し支えのない間柄であり、どうやらその繋がりのようだ。
間に楓を挟んでいるとは言え、ミズキ本人も、DAを辞めて喫茶リコリコで働き始める前からノバラとの付き合いがある……らしい。そのせいか、ノバラのミズキへの対応は気安い……と言うか、雑だ。
だが、ノバラがそんな対応をしている、ということは、外面を作っているわけでもないので、一応は身内認定しているのだろう。……たぶん。
ついでに言えば、ミズキもノバラに対して甘い……と言うか、甘えていると言うべきか?
今日のようにおつまみを要求したり、お酌を要求したり……たまには、ミズキがノバラに対していい格好しようとして見せたりと。
デキる姪っ子に甘やかされているけれど、愛想付かされないように、自分もデキる感を見せている割と残念な叔母のような感じである。
(……つーか、割とそのままだな)
そんな残念美人であるミズキではあるが、どうにもノバラはその残念さ加減を気に入っている様子である。……まぁ、千束も割とそんな感じではあるが。
私生活のだらしなさがなければ、ミズキは割と何でもデキて隙がない。
……だが、私生活まで隙がなければ、男性はもちろん、女性もあんまり付き合いたがらないのではなかろうか。
完璧に見えても、欠点があるからこそ、ダメな部分を「仕方ないなぁ……」と許して愛せるのだろうと思う。
「……ぁによぅ……」
じぃ、と見る千束に、ミズキはアルコールのせいで胡乱になっている目で千束を睨んでくる。
「……ミズキはそれでいいんだなぁ、って再確認してたとこ」
「?」
ミズキは疑問符を頭に浮かべながら、日本酒を一口飲んで、ぷはぁ、と息を吐いている。
(ま、私らが好ましく思うことと、男の人がどう思うかは別問題だけどね)
……正直、べろべろに酔っぱらって管を巻いている姿から、ミズキの春は当分先だと確信した。