Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「ふぅむ……?」
クルミとミズキのオーダーを聞いたノバラは、キッチンで冷蔵庫で食材と睨めっこしながら、悩まし気な声を出した。
クルミははっきりとした味を好む、千束と同じく、いわゆるバカ舌組であり、ミズキは何だかんだ言いながらも、オシャレ飯を食べている人種なので、あえて分類するなら、味覚が鋭い、たきなやノバラ側である。
とは言っても、二人とも味音痴、というわけではないので、出されたものは美味しくいただいてくれるのは、間違いない。ノバラが悩んでいるのは、要はどちらかに合わせると、どちらかが中途半端になるなぁ、という妙なこだわりのせいである。
それに、ミズキはつまみと指定したが、クルミは接客中(ゲーム大会含む)からお夕飯までにお腹が空かない程度、とのことだ。
あの小さいなりで、まぁまぁ、食べるクルミからすると、ちょっと軽い夕食くらいの気持ちでもいいだろう。
一方で、ミズキはお酒を飲みつつ、出されたつまみをつまんで、そこそこにお腹が膨れれば良いというもの。
微妙にオーダーが違うのであるから、別のものを出して然るべきか。
……でも、ふつーに作ってはあまり面白くない。
これからディナータイムの客も入り始めるだろうし、自分たちが食べているのを見たら、常連さんたちは、美味しそう、とか言いながら、メニューにも載ってないのに注文してくるのではないだろうか。だとすれば、ちょっと物珍しい……強いて言うなら、この店と同様、ちょっとしたミスマッチ感がないと面白くないだろう。無論、味も重要だが。
(……和よりの洋食を作るとして)
リコリコはコーヒーとスイーツが主である。一応、ランチ、ディナーと日替わりで軽食は出しはするので、調味料や調理器具も揃っている。食材は基本的に、その日のメニュー用以外は、従業員用の賄い用のものであるが、専らノバラが賄いを作っていた時期の冷凍野菜などがまだ残っている。まったく使わない、ということはないだろうし、おそらくたきな辺りがこっそり補充しているのだろう。……すみれでもいないと、そこまで消費できないような気もするが。
「……よしっ!」
むん、と気合いを入れる。
大体作りたいものの目星は付けた。
……あとは。
「千束~、たきな~、せんせー! 皆も食べる~?」
……量である。
クルミとミズキくらいなら、そこまで量はいらない。が、ここに現役リコリスとミカが加わると作る量は倍以上になる。……仮にすみれがいたら、四倍でも足りないが。
「……どうする、たきな?」
「……久しぶりのノバラのごはん……!」
ノバラとの同居生活でがっちり胃袋を掴まれているらしいたきなが目を輝かせている。
(……栄養取れれば、それでいいや、みたいなたきなをここまで餌付けするとは……! ノバラ、恐るべし!)
ノバラの洗の……影響力に千束は慄いた。
(……そう言えば、たきな、最近オシャレだし。……し、下着はえろえろだし……)
ついでに言えば、まったく興味なさそうだったのに、シャンプーやトリートメントも千束やノバラと同じものを、化粧水なんかはノバラのおススメのものをちゃっかり使って、出会った頃より女子らしい女子になっている。
……千束としては、若干複雑である。
何と言うか、こう……自分が一番乗り、と思っていたのに、既に新雪を無遠慮に踏まれていたような? 未だ元カレの趣味の片鱗が残っている恋人のような……?
……自分がやりたかったことの先を越されたような感覚である。
……まぁ、千束がたきなを振り回したとして、ここまで染まってくれるかは別問題であるが。
全ては、妹力の高いノバラのなせる業であろう。
あまねくおねえちゃんはいもうとにあまいのでしかたない。
「先生も食べるでしょ?」
「そうだな……幸い、と言って良いのか、悪いのか……今は、客もいないしな……」
実は、軽食は最近ちょっとマンネリ気味で、こっそり悩んでいたミカである。
ノバラが働いていた頃に比べると、確実に軽食の出る量は下がっている。ノバラは結構、見栄えも気にするので、手抜きしなければ、普通のオシャレなカフェご飯をさらっと作ってしまう。
スイーツ人気に隠れてはいたが、昼と夜でも確実に客足を伸ばしていたのは、彼女がせっせとそういう軽食を出していたからだろう。一部の固定客は、ノバラ本人ではなく、ご飯目当てだったりしているのだ。
「ノバラ、三人前、追加で!」
「は~い♡」
ひょこ、と顔を覗かせたノバラが、少し照れたように頬を染めて、笑顔を見せる。
料理はノバラの趣味の一つと言ってもいい。
トレーニングを欠かさないノバラは、自分の栄養管理も欠かさない。昔こそ、サプリでいいや、みたいな感じではあったが、料理に目覚めてからの彼女は凄まじい。何事も努力を怠らない彼女は、プロとは言えないまでも、その辺の料理上手な奥様程度であれば、歯牙にも欠けない。それだけの量を熟しているのである。
(……さて)
軽く腕まくりをしたノバラは早速調理に取り掛かった。
◇◆◇
「お待たせ~♡ はい、ミズキには、ノバラちゃん特製、『ひとくちごはんピザ』。お好みで七味使って」
見た目はクッキー程度の大きさのピザに見える。
丸い型抜きに薄くご飯を詰め、真ん中を少しだけ窪ませ、味噌を軽く塗って、ゴマを振り、ピザソースを軽く伸ばし、その上に具材とチーズを載せて焼き上げたものだ。横には板海苔が添えらており、洋風のおにぎりにも見える。
トマトとしめじ、まいたけ。
ツナマヨコーンと真ん中にエビ。
うずらの卵とホウレン草、少し厚めに切ったベーコン。
明太子にイカとタコ。
計四種である。
「……あらー、おいひそーらない! ……んー……んーっ! のばりゃ、あらひのワイン出してきて! こりぇはワインが合うと思うのーぅ……!」
「あはは……皆に出してからね」
目の前に出されたミズキは他の人と一緒に食べるようなことすらせずに、一個口に入れた結果、そんなことを宣うので、ノバラは苦笑気味である。
「私たちは、冷製パスタ!」
茹でるのに時間がかからないカッペリーニである。
ノバラは以前から賄いのときにパスタをよく使用していた。好みが違っても違うパスタソースを合わせれば、その人の好きな味で楽しめる。単品でおかずと主食を楽しめるその万能さは、育ち盛りの彼女たちを飽きさせず、それでいて美味しくいただけ、お替りも出しやすい万能食なのだ。
普段ならば、イタリアンと言って差し支えないものを作るのだが……。
「まずは、山形のだし風冷製パスタ!」
細かく刻んだナス、きゅうりに粘り気を出したとろろ昆布を混ぜ合わせたもの。これがいわゆる山形風だし。これに、香りづけに刻んだミョウガとネギを加え、麺つゆにオリーブオイル、レモンを加えてドレッシング風にしたものをかけたものだ。
「次はなます風冷製パスタ!」
なますと言えば、千切りにした大根とニンジンを甘酢で和えたものだが、こちらは大根は下ろしたもので、ニンジンもピューレ状にしたものである。紅白の色が鮮やかで、軽く擦られたゴマがぱらりと振りかけられ、バルサミコ酢と塩、オリーブオイルを混ぜ合わせたものをかけて、すだちを添えられている。
「枝豆と塩昆布の冷製パスタ!」
枝豆と塩昆布、さらにはシラスと干しエビをパスタと和えたもの。軽くオリーブオイルを垂らしてはいるが、塩ゆでされた枝豆からも塩昆布からも塩味が出るので、他に味付けはしていない。
「揚げナスとトマトの冷製パスタ!」
揚げナス、と言っても実際は、多めのオリーブオイルでナスを炒めたものである。角切りにしたトマトと絡め、醤油を垂らして、上から鰹節をふわりと乗せた。
「最後はほうれん草とショウガの冷製パスタ!」
お浸し状になったほうれん草に、生ショウガを千切りにして絡ませ、味濃いめにしたジュレ状の出汁を混ぜ、上からバラ海苔をかけたものだ。
「「「「おぉぉぉ……!!」」」」
千束、たきな、クルミ、ミカのそれぞれが思わず感嘆の声を漏らした。
正直、そこまで手が込んでいる訳ではない。だが、この短時間でこれだけの種類を作り、かつ彩りも美味しそうで、また、店の雰囲気にも合っている。
……この中からどれか一つを選ぶと言うのも、ちょっともったいないくらいであった。
「……せっかくなら、少しずつ、皆で分けませんか?」
ぽん、と手を打ったたきなの提案に、千束は大きく頷いて、小皿を取り出して盛り合わせていく。
「うーん……残念だな、せっかくなら一つのお皿に全種類乗せたいけど」
そうすると、互いにソースなどが混じりあってしまう。
「こんなのはあるけどね」
ノバラが見せたのは、焼き肉屋で見るような、窪みが三つあるお皿である。
「あぁ……前に、三種ナムル盛り合わせとかでも使ったっけ?」
例によって、ノバラが賄いで出していたのである。
「……そんじゃ、これにもちょいちょい、と」
千束が既に取り分け終えていたもの以外の三種を盛り付ける。
盛り付けの都合上、三種類以外は別の小皿となってしまったが、相変わらずの出来栄えに、たきなは、ほぅ、と息を漏らした。
千束もたきなも料理は出来る。出来るが、良くも悪くもレシピ通り、という感じである。
その点、ノバラはレシピにこだわらないと言うか、完全に自分のモノとして出してくる。無論、陰には数々に失敗があるのだろうが、少なくともそれを自分たちに見せることはほとんどない。
「?」
ちらり、とたきながノバラの顔を見るが、当の本人は、えへ、と笑みを浮かべるだけで、その努力を誇ることすらしない。
……妹の努力と愛にたきなは手を合わせる。
「……いただきます!」
くわっ、と目を見開いたたきなが、フォークを構えると同時、皆が思い思いに「いただきます」をしながら、パスタに手を伸ばしていく。
(……こっちは、さっぱりつるつる。……これは、甘酸っぱくて爽やか。……こっちは塩味が効いていて後を引く。……油を吸って甘くなったナスとさっぱりしたトマト。……ほうれん草のシャキシャキした歯ごたえに、ショウガの辛味と、ジュレになった出汁が絡まって……)
「……おいしいです、ノバラ」
「良かったぁ……♡ たきなが一番評価厳しそうだもん」
「いやいや……たきなはノバラには甘々だぞ? ……でも、これは悔しい! うまい!」
「……はぐはぐ!」
「……うむ……うむ……なるほど……」
微笑むたきなと千束。一心不乱に食べるクルミ。分析するように味わうミカを見ながら、ノバラは、にこにこ、と幸せそうに微笑む。
「……ミズキ、はい、グラス」
「んー……♡」
きゅぽ、とノバラはミズキのワインのコルクを抜き、手慣れた手つきで、ミズキのワイングラスにワインを注いでいく。未成年のノバラはさすがにワインを嗜まないので、たまたま使ったチーズと同じ産地のワインがあったので、それを選んでいる。
「……ぁむ」
ミズキはノリで包むようにごはんピザを手に取って、半ば程で噛み千切る。
ぱり、としたご飯の感触と甘み。僅かに焼けた味噌とごまの香ばしさ。具材の味をチーズが包み、海苔の風味が鼻に抜ける。
それらの余韻を楽しみながら、ワインを口に含む。
「……くぅぅぅっ! うんまぁぁい!」
残りを口に放り込むと、ぐびぐび、とミズキのワインを飲む手が止まらない。
……ワインはそういう飲み方をするお酒ではないのだが。
それだけ気に入った、ということなのだろう。
「……もう。飲みすぎちゃダメだよ?」
苦笑気味のノバラが、ミズキのグラスにお替りを注いでいく。ペースが速いので、ボトル一本があっという間に無くなりそうである。
「……そっちもうまそうだな」
パスタを全てぺろりと平らげたクルミが次の狙いを定めている。
「ぁによぅ……これは、あたしのだからあげないわよぅ」
ミズキはクルミから隠すように自分の皿を遠ざける。
「……ノバラ」
物欲しげなクルミの瞳にノバラは苦笑する。
「はいはい……そう言うと、思って準備してるよー」
ノバラがキッチンの奥から、大皿に乗ったひとくちごはんピザをカウンターに置いた。
パスタの量が少なかった、というわけでもないのに、全員が一斉に手を伸ばした。
「……あはは」
これは、追加も作らないと、とノバラは苦笑した。
実際美味しいかは保証しかねるので、そこんとこよろしく!
……まぁ、少なくとも食べれないほど不味くはない……と思う。
一応、作っては味見したものの、雑過ぎてお見せできませんわ。
ちなみに、パスタを素麺やうどんに変えても大丈夫ですよ(たぶん