Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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EX11H As a mother

「……だぁぁぁぁっ! やぁってられるかぁぁぁぁ!!」

 

 どこかの誰かさんと同じように、楓は、うがぁ、と吼えて、机の上にあった書類を宙に向かってぶん投げた。

 

 ……ちなみに、それらは楓の個人的なメモである。自分が読めればそれでいいや、の精神で書かれたみみずののたくったような文字は、一昔前の医師のカルテ以上に読み辛い。日本語、英語、ドイツ語が適当に散りばめられ、数式やプロンプトまで記載されている。

 

 ぷしゅう、と湯気を出すように机に突っ伏した楓を見ながら、楠木は思わず苦笑した。

 

「……いいから、仕事をしろ、楓。とりあえず、こっちは急ぎだから、早めに決裁をしてくれ。今週の話だから、もう準備を始めなければならないんだ」

「……はいはい。先輩も人使いが荒いですねー……」

 

 楠木がタブレットをスワイプして、楓のタブレットに見て欲しい書類を転送する。

 

(……ほーん。屋外演習場で、特別訓練ねぇ……起案は……サクラか。こりゃあ、フキからの課題だな……こんなギリギリに出しやがって……アイツ、また、ぷりぷり怒るぞー)

 

 楓は、その決裁のバックグラウンドを類推し、中身をよく読みもせずに、ぽち、と決裁ボタンを押す。いわゆるめくら判というヤツである。

 

 正直、楓クラスのところに上がってくる書類の類は幾重にもチェックされており、定型的なものであれば、彼女が目を通した、という事実だけが必要なのであり、その内容の精査が必要なものでもない。是非の判断を迫るものであれば、その旨が分かるように表示されているし、仮に真っ黒い案件が隙間を縫うようにして決裁に上がって来ていたとしても、彼女のデバイスには、その辺りをスクリーニングするプログラムが常時起動している。それを過信することはできないものの、少なくともこの案件については、真っ白なものであり、ざっくり目を通した感じでも問題はないように思われた。

 

 ……何なら、春川フキが自らの後輩であり、後継である乙女サクラを怒る様子を想像して、意地悪く笑みすら浮かべている。

 

 ノバラの姉の一人でもあるフキはぶっきらぼうで、キツイ性格のようにも思えるが、あれで情に厚い姉御肌……いや、おかん気質と言うべきか? そんな感じなので、同僚や後輩からの信頼が厚い。実力には問題はないが、色々適当で出鱈目な千束とは正反対であり……本質的なところでは良く似ている。

 

 あの二人……リコリスとしては優しすぎる。

 

 だからこそ、ノバラが彼女たちを姉として、母として受け入れることができたのであろうが。

 

(……ノバラ、かぁ……アイツめ……人をこんなポジションに据えやがって……!)

 

 DA総括司令官、御形楓。

 それが今の彼女の役職である。

 

 一研究員から司令官を経て、総括司令官というのは異例の経歴だろう。そも、研究員が司令官になるのだって、相当異例な話だったのに。

 

 ……今や、彼女が実務上のDAのトップである。

 

 無論、彼女のブレーンとも言うべき、本部付の優秀な司令官が楠木を始めとして、彼女を支えてはいるものの、トップとしての判断、決断という重責は、彼女にとっては大きいストレスであった。

 

(……ただの研究員で良かったのになぁ)

 

 当時、心に大きな傷を負ったままだった彼女は、人に関わるのが億劫だった。技術開発部に着任してからは、かつての仲間たちと連絡を取ることもなく、同僚とは最低限の付き合いしかしてこなかった。それでも人恋しくなることもあり、珍しく気の合った同期のミズキや先輩であり、恩もある楠木とはよくつるんではいた。

 

 しかし、転機は訪れた。

 

 まだ幼少だったノバラとの出会い。

 感情を見せず、昏く淀んだ瞳をしていて、それでいて、人一倍以上の努力を続けていた少女。

 気まぐれに体術を教えてみれば、その飲み込みの速さ、技の再現性に驚かされ、自らの手を離れた娘も、自分が育てていれば、こんな感じだったのだろうか、と柄にもなく情が湧いた。

 彼女のDA札幌支部への引き抜きと自身の異動が重なったのは偶然ではあったが、それを機に、研究員と教官役を併任するようになり……名目上、ノバラのことを楓が引き取った形となった。

 

 あるいは、それだけであれば、ちょっと変わった母娘となることができたのかもしれない。

 

 だが、ノバラは彼女の実の娘である伊達すみれを見つけてしまった。

 

 動揺を隠し、感涙を飲み干し、何でもない表情で受け入れて……すみれの状況を知って激怒した。

 忘れようとしていた過去の記憶がどうしても彼女を苛み、結果、楓は『DA潰し』を決意する。

 DA札幌支部で頭角を現したノバラは、ファーストとしての力量こそ、最弱と見積もられたが、それはあくまで、リコリスとしての評価項目のみに限った話。気配を隠す能力に長けた彼女は、暗殺技術に関して言えば、当時でさえ、他のリコリスの追随を許さないジョーカーであった。

 楓が、DA仙台支部特殊作戦群司令官になる際、札幌の特殊作戦群の一員であったノバラを半ば強引に引き抜いた。本当は本部で楠木も獲得に動いていたらしいが、妙な勘違いのせいで、結果、楓に譲られた形となった。

 

 ……ノバラが手元にあるなら暗躍は容易だった。

 

 腹黒く、策略家で、性格の悪い楓の前任者は、DA仙台支部でそれなりのポジションに上がるハズであったが、()()()()()()、楓たちが仙台に入ったその日の内に、首を吊った状態で発見された。()()()()()()()()()、当時の特殊作戦群の筆頭リコリスであった少女も、同じように首を吊った状態で発見された。一応、これらの件は、心中、ということで処理を()()

 

 彼らは周りの迷惑を考えなければ優秀な人材ではあっただろうが、その分、敵を多く作り過ぎてしまっていた。外にも……内にも。だからこそ、この不審死に誰も何も言わず、内々に処理が終わってしまった。

 

 ……言うまでもない、下手人はノバラで、命じたの楓だ。

 

 楓がDA仙台支部内である程度以上の自由な発言権を得るためには、その二人が邪魔だった。そして、当時、仙台支部で最強とされていた少女をノバラが殺して見せることで、格の違いを見せる、という理由もあった。

 

 そして、コツコツと実績と信頼を積み、大きな作戦を任されるに至り……自分の計画を決行することに決めたわけだが。

 

(……見事にひっくり返されたなぁ……)

 

 確かに信頼はしていた。

 ……だが、同時に警戒もしていた……ハズだった。

 その上で、自分の計画では、何もできないだろう、と思っていた。

 

 しかし、ノバラは彼女よりもずっと前から、こうなることが起きるであろうことを予想していたかのように、盤上をひっくり返し、ノバラに都合がいい舞台が出来上がっていた。

 

 才能で千束に劣り、スペックですらフキに届かない。

 姉二人に小指すら届かない、今代、()()()()()()()()

 

 ……過少評価が過ぎるだろう。

 否、意図的にそう振る舞い、そう思われるように仕向けたのだろうが。

 

 自分に向けられる忌避も、畏怖も、嘲りも、好意も、好奇も、愛情すらも逆手に取ることを厭わない。

 

 ……最上ノバラは単純な身体能力では姉二人に届かなくても、狡知をもって彼女たちに対峙し得る。

 

 最も強いのではなく、最も強かであるという意味での、最強。

 

 主観ではなく客観で、現状、ノバラは、千束、フキに続く三強と呼んでも不足がない。

 

 むしろ、戦略レベルの話となれば、リコリスという器にすら収まらないだろう。

 

 ……故に、目下、DA内部で最も危険なのは、ノバラであると言えた。

 

(……敵ってわけではなくとも、味方じゃない、というだけでこれだけ厄介とは……)

 

 現状、楓の意にそぐわない、というだけで、明確に敵対しているわけではないし、傍から見れば、友好的にすら見えるだろうが、楓と向いている方向は違う。精々で中立と評するのが妥当だろう。

 しかし、中立というのは、自分側に立ってくれるものではなく、敵対しても互いに利益がない、というだけだ。彼女は彼女の目的と計画で動くのだから、何時敵対したとしてもおかしくはない……まぁ、好んで敵対するとも思えないが。

 だが、だからと言って、無警戒に侍らせることはできない。

 今後、楓が自分の利益のために動こうとした場合、その注意力の何割かはノバラに注がざるを得ない。

 

 ……そこにいるだけで、楓の行動に大きく釘を刺さしてくる。これはちょっと問題だ。

 

(……いずれ、ちゃんと話さないとな)

 

 今の状況は楓にも責任がある。

 出来の良い娘に甘え、その阿吽に任せきりで、腹を割って話すことをしてこなかった。

 司令官としても、師としても……母としても。

 

 どこかのタイミングで、自分の考えを意志を伝え、彼女がどうするつもりなのかを問い質していれば、あるいはもっと違う()があったのかもしれない。

 

 だが、落ちた時の砂は元に戻ることはあり得ない。

 

 だから、文句を言いつつも、現状の重責に甘んじているのである。

 

「……そう言えば、先輩。あれから、ノバラとは連絡してます?」

「……ん? せりとすずなの件でお礼を言われたり、すももの件で嫌味を言われたり、彼女たちの近況を聞いたりとそれなりだな。……まさか、お前、連絡してないんじゃないだろうな?」

「一応、こっちに来てからも、たまぁに連絡はしてますけどね……互いにビジネスライクな感じなんで」

「……お前たちのことだ。元からそんなもんだろう?」

「そうなんですけどね……それでも、以前と違う、というのは、分かっちまうもんなんですよ。厄介なことに」

 

 元より、ノバラが送ってくる連絡は業務連絡のようなものがほとんどではある。

 

 しかし、微妙な言葉の選び方や頻度……それらから類推されるノバラの妙な気の使い方。それらから受け手側である楓からすれば、やはり前とは異なっている、と感じていた。

 

 付き合いの長さ故でもあるが、楓が彼女を娘代わりにしていたせいでもある。

 

(……それらも含めて自業自得、ってか?)

 

 いひひ、と飛びっきりの悪戯が成功したかのように、意地悪く笑うノバラの姿が目に浮かぶ。

 

「……まったく、母娘揃って面倒なことだな」

 

 やれやれ、と楠木はため息をつく。

 彼女としては、一応上司である楓の愚痴を聞かせれ、一応部下の範疇内であるハズのノバラから嫌味を言われる。

 実に中間管理職らしい立ち回りを要求されているのだ。

 

「先輩……自分でも重々分かってるんで、改めて言わないでくれます?」

「ならさっさと和解……いや、仲直りすることだな。大体にして、お前から謝るべき話だろう?」

 

 楠木に言わせれば、問題は楓が秘密主義に徹しすぎたのが原因である。

 デリケートな問題があったにせよ、何処かのタイミングでノバラに話していれば、少なくとも互いの意思確認はできていたハズなのだ。

 

 ……もっとも、ノバラのことである。互いの同意すらひっくり返すようなことをしてきても全く驚きもしないが。

 

 だが、最低限の情報共有すらせず、楓はノバラなら分かっているハズ、という認識で動いたが故に、ノバラは全てを分かった上で、欺瞞情報を流して、演技し、欺き、斜め上方向に決着点をずらした。

 

 ……そう。実に彼女らしく、最終目標は違えず、命令違反はせず、だが、独断専行はして、求められた結果は維持しつつも、きっちり相手の尻を蹴りつけた。

 

 付き合いが長ければ、こういったノバラのクセを理解して然るべきである。

 

 だからこそ、彼女に解釈の余地を十分過ぎる程に与えてしまった司令官としての楓の怠慢であり……母としての責務から逃げた彼女に対するツケだ。

 

「……それはそれで癪なんですよ」

 

 楓もそれを理解している。

 

 しかし、理解していることと感情はまた別の話だ。

 

 楓は未だノバラのことを頭の中で整理し切れていない。それ故に、今時点で謝罪をする、という気持ちにもなれずいた。

 

「……楓、逃げるんじゃない」

「……逃げる?」

 

 楠木の咎めるような視線に、楓は不機嫌そうな瞳で睨み返した。

 その様子を見て、楠木が、はぁぁ、と大きくため息をついた。

 

「……千束とフキがあの子を人間にした。だからこそ、あの子はあの二人を姉として母として慕っている。それはあの子たちの関係だからこの際置いておくとしても。あの子たちが共に過ごした時間はごく僅かだ。……お前はどうなんだ? 倍以上の時間を共に過ごしただろう?」

 

 ノバラと千束は約一年、フキであっても二年程でしかない。その僅かな期間で彼女たちは言わばノバラの保護者としての信頼を勝ち得たのである。おそらくは、別の大人がノバラを預かったとして、ノバラが今のように育つことはなかっただろう……あるいは、途中で処分されていた可能性の方が高いかもしれない。

 

「……こんなことは言いたくはないがな……お前が札幌であの子の面倒を見始めたとき、お前はあの子を娘の代わりとして扱った。不器用な態度ではあったが、少なくとも私にはそう見えた。お前はあの子の母になろうと決めて、そう振る舞い……だが、中途半端に投げ出したんだ。現状はお前のその責任の無さが原因だろう? ……また、母親としての責務から目を背けて逃げるつもりか?」

 

 ……楓にとっては耳の痛い話だ。

 

 お腹の辺りで組まれた楠木の手が強張っているのを見ながら、楓は、ぐしゃ、と自分の髪をかき上げた。

 

 確かに楓は何の覚悟もないままに、ノバラの母親然として振る舞い……だが、すみれを見つけてしまったことでその役割を中途半端にした。ノバラに対しても、また、すみれに対しても。

 

 すみれに関して言えば、今、改めて親子としての関係を修復中であるが……。

 

(……ノバラに関しては宙ぶらりんのまま、か)

 

 自らの夫たる御形ハジメは、ノバラも娘のように扱おうとしているようではあるが、精神的に大人なノバラは、異性の親に対して一歩引いた態度を取っているし、そもそも彼女たちは楓と違って、共に過ごした期間もない。表面的にこそ受け入れているが、それは継父に対するようなものだ。一応、身内として認識はしていても、根本的には他人だろう。

 

 ……考えるべきことが多すぎた。

 さすがの楓もそれら全てを整理しきれるわけでもない。

 

「………………………………楠木先輩。すみません。甘え過ぎました……」

 

 だが、それは甘えに他ならなかった。

 唯一、弱みを見せてもいいと思っている楠木と……出来の良すぎる娘のノバラに。

 

「……自分の気持ちに整理は付けます。ノバラともちゃんと話します。だから、少しだけ時間をください」

「……私のことは気にする必要はない。だが、ノバラがそれほど長く待ってくれるとは思わない方がいい。それはお前が一番分かっているだろう?」

「……母親、ですからね。下手に余裕を与えると、余計な悪巧みをしそうだ」

「何なら、もう動いていても驚きはしないぞ、私は」

「……同感です。だから、早目に決着は付けないと、ですね!」

 

 パン、と楓は両手で顔を叩いた。

 

 その様子を見ながら、楠木は、少しは()()()顔になった後輩の顔を少しだけ眩しそうに見つめた。

 

(……まぁ、まだ問題は色々あるが、な)

 

 たったっ、と僅かに聞こえる足音に楠木は苦笑を漏らした。

 

「しれぇ……じゃなかった、おかーさーん!」

 

 総司令官室の扉に自分のIDをかざして、元気良く伊達すみれ、改め、御形すみれが部屋の中に入ってきた。

 

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