Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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EX12H Family …… except her

 すみれは体のあちこちは大きいが、精神年齢はまだまだ子どもである。

 

 ノバラに保護されてから数年。それ以前の記憶を持っていない彼女は、その大人っぽい見た目に比して、せいぜいで十歳児くらいの精神年齢であろう。

 

「おかーさーん! 聞いてよー! ……あ、楠木さん! こんにちはぁ!」

 

 ()()が完治したすみれは、現在、普通のリコリスになるために再訓練となり、本部付の訓練生という取り扱いである。

 訓練終わりらしい彼女は、汗を流すためお風呂に浸かってきたのか、ほこほこしている。……ついでに、雑に乾かしたらしい長い髪の毛はまだ若干湿っぽい。

 

 ぽむぽむ、と楠木はすみれの頭を優しく撫でる。

 

「……今はどちらかと言うと、こんばんは、かな、すみれ。……まだ、髪が濡れているから、楓にしっかり乾かしてもらいなさい」

「はぁい!」

「……それではな、楓。娘に風邪を引かせるんじゃないぞ」

「はい、先輩。……ったく、すみれ、こっちゃこーい!」

「わぁい!」

 

 ててっ、と楓に走り寄るすみれを見送りながら、入れ替わるように楠木は部屋を退室する。

 

 去り際、部屋の中では、楓がタオルを取り出して、わしゃわしゃ、と犬を相手にするように髪を拭きながら、微笑んでいる姿と、嬉しそうに笑みを返すすみれの姿が見えた。

 

 プシュ、と僅かに空気が漏れるような音を立てて、扉が閉まると、楠木は先ほど楓に最終決裁を受けた起案書のデータを眺め……にやり、と笑った。

 

「………………脇が甘いんだよなぁ、アイツ」

 

 サクラが起案した特別訓練。

 

 彼女がファーストになってから定期的に上がってくるソレは確かに定型の業務のようなものである。

 

 だが、彼女を後見しているのが誰で、彼女が誰をライバル視しつつも仲良くし、彼女の部隊の多くが誰の薫陶を受けているかを考えれば、もっと怪しんで然るべきだ。

 

「……私は忠告したぞ、楓?」

 

 ……よく見れば気づいたハズのソレを、彼女は読み飛ばした。

 

 故に、ここから先は自業自得。

 

 ……果たして、楓に気持ちの整理を付ける時間はあるのか。

 

 ふふ、と楠木は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

◇◆◇

 

 ぶぉぉぉ、とドライヤーですみれの髪を乾かしつつ、ブラシで優しく髪を梳かす。

 

 えへぇ、と気持ちよさそうに目を細めているすみれを楓は優し気な瞳で見つめた。

 

「……それでねぇ、数学は満点だったんだよ!」

「お、頑張ってるじゃないか。……苦手な物理はどうだったんだ?」

「……~~♪」

「……都合が悪くなると、下手くそな口笛で誤魔化すのはやめなさい」

 

 ぷひょひょ~、と不器用に口笛をして誤魔化すのは、おそらくノバラの真似だろう。

 

(……こういうところはそっくりなんだよなぁ……)

 

 半ば姉妹のように育った二人であり、すみれはノバラをお手本にしている。

 だが、良いところより、悪いところが似ているように見えてしまうのは、良いところを当たり前だと感じているからだろうと考える。

 

 すみれは精神年齢こそ幼いが、決してバカではない。

 保護された当時、札幌支部ではすみれが日常生活に復帰できるようにノバラが手配したし、仙台支部でも基本的にはすみれが不自由しないように生活空間が整えられていた。

 すみれに求められたのは、その身体能力()()であり、対外的にはいわゆる座学を教える体制は作られていなかった。

 完全な暴力装置としてその存在を許されたすみれに余計な知識は不要とばかりに遠ざけられたとも言う。

 

 ……しかし、すみれを保護したのはノバラだ。すみれの育ちと体が特殊だからと言って、訓練と名の付くものに手を抜くわけがない。

 

 基礎知識すらなかったすみれに遊び感覚で物事教え、ゲーム形式で競争心を煽る。上手くできたら、べたべたに褒めて甘やかし、失敗したら何が悪かったのかを一緒に考える。

 

 ……何も難しいことはしていない。程度の差はあれど、普通の親や兄弟が自然とやっていることである。……ペース配分がおかしいだけで。

 

 おかげで、現在、すみれの学力は一般的な女子高生より、ちょっと上くらいであり、特に言語分野と数学に関して言えば、その辺の大学生よりも上かもしれない。

 

 ノバラがアホほど、勉強を、訓練をする姿を見て育ったが故に、すみれはそういったことを全く苦にしていない。本人としては当たり前過ぎて、努力している、という認識すらないだろう。

 

 だから、座学は比較的優秀だし、体術関連についても、身体能力が落ちてしまったとは言え、それは以前と比べての話。体当たりで人を轢殺するような威力はなくなってしまっても、身に付けていた、ノバラ流とも言うべき格闘術は健在だし、修練を熟せる分、技のキレ味や精度は上がっている。

 現状でもおいても、戦闘能力だけなら、サード……あるいはセカンドに匹敵しているかもしれない。……だが、求められるのは戦闘能力だけではないので、直ぐに現役復帰、ともいかない。今のすみれは、彼女の持病が完治した、という確証を得るための経過観察期間中でもあるからだ。

 

「……ま、頑張っているようで何よりだ」

 

 せっかく乾かしてセットした髪の上から、楓はすみれの頭を、ぐしゃぐしゃ、と撫でる。

 

「あ、あ、あぁぁぁ……セットが崩れるぅぅ」

「あっはっは。また、やり直してやるからさ」

「もう……おかーさんはそういうところ、てきとーすぎるー」

 

 ぷく、とすみれが頬を膨らませ、そして、互いに見つめ合い、ぷっ、と笑い合った。

 

 親子として過ごせなかった期間を埋めるように、ここ最近、二人は……父親である御形ハジメを含めると三人は、傍目から見ても仲睦まじい様子で生活している。

 

「……何だ、すみれはもう来ていたのか」

 

 次いで、総司令官室に入室してきたのは、ハジメであった。

 

「うわ……アンタまで来るってことは、もうそんな時間?」

 

 現在、訓練生の教官、という立場にあるハジメは、訓練時間内に再度訓練となっている者をみっちりしごいた後、後片付けをした上、各訓練生の現状の能力や測定結果をまとめるなどして仕事を終え、軽く汗を流してからやって来る。つまりは、定時、という時間は大分過ぎている計算である。

 

「はぁ~……やれやれ。まだ書類は残ってるけど、あとは明日にするか。夕ご飯作らないとなぁ」

 

 若干、面倒そうに見える楓をハジメは苦笑気味に見る。

 

 楓は料理自体はできるし、中々上手ではある。だが、だからと言って、好んでやっているわけでもない(……と言うか、彼女一人であれば、味なんて気にせず、固形食糧を齧りながら、仕事をしたいくらいである)。

 

 しかし、若干、面倒だ、と思いながらも、きっちりと家事を熟す辺りは、彼女の矜持が伺い見える。

 

 すみれの前でノバラより家事をしないとか許されないし、夫であるハジメに女子力の高さは見せつけたい。

 

 ……そんな安っぽいプライドである。

 

「おかーさん、今日のごはんはー?」

 

 帰り支度を始めた楓の手にすみれがまとわりつきながらそう問いかける。

 

「んー……ハンバーグでも作るかぁ……すみれは手伝ってな?」

「はぁい」

「オレも……」

 

 ハジメが、手伝おうとするも、その言葉を楓が遮る。

 

「アンタは、色々壊すからダメ」

「むぅ……」

 

 どうしたものか、と考えながら、ハジメは考えながら、傍らで微笑んでいる愛娘のすみれの頭を軽く撫でる。

 すみれが、えへぇ、と照れたように笑みを返す。

 

 そんな様子に苦笑した楓が提案する。

 

「……掃除くらいなら力加減も間違えないか? キッチンとダイニング以外をやってくれ」

「……分かった」

 

 頷いたハジメの手をすみれが握った。

 真ん中にすみれを挟んで、三人で手を繋いでいる。

 

 ……それはとても自然で、ありふれた家族の姿のように見えた。

 

◇◆◇

 

 夕食を終えた楓は、後片付けを「私がやるー!」と言ったすみれに任せ、一人、お風呂に浸かっている。

 

 すみれもハジメも共同の大浴場で入浴を済ませているので、今日、家でお風呂に入るのは楓だけだ。

 

 すみれと入ることもあるし、すみれをフキたちに預けて……まぁ、なんだ、ハジメと一緒に入っていることもある。

 

 娘は随分と大きくなってしまったが、改めて新婚生活をしているような感じで、楓にはちょっとくすぐったい。

 

(……しかし、人見知りなすみれが、ハジメにはあっという間に懐いたな)

 

 これも血の繋がり故だろうか。

 それともハジメもすみれも互いに距離を計り間違えた結果、上手くはまっただけか。

 ……いずれにしても、楓にとっては僥倖であると言える。

 

 正直、すみれはノバラを中心に動きすぎているが故に、それ以外への興味が薄かった。だが、リコリコでの生活と千束との同居生活を経て、以前に比べれば、他人に興味を持つようになったようにも見える。関係者とは言え、以前、せり、すずな、すももと仙台に訪れたときも、多少のぎこちなさはあれど、それなりに馴染んでいるように見えた。

 仙台支部では、まともに話……というか、付き合いが出来ていたのは、延沢うどくらいで、その他のエクストラメンバーとの交流もほぼないに等しかった。業務連絡程度であれば、葛西あさがおとも普通に話してはいたが、その姉妹であるひるがおやゆうがおとはまともに話せなかったし、その他はいわずもがなである。

 対してハジメには、ノバラに甘える……というほどではなくても、最初から甘えているように見えた。その様子は敵対することは絶対にないと確信し、そして、確実に自分より強いと本能的に認識していたから、甘えても良い存在と考えたからかもしれない。

 

 一方のハジメは部下のリリベルには慕われていたものの、当時の楓への対応などからすれば、女の子の扱いに慣れているとは言い難い。更には、リリベルは野郎ばかりで、女子への配慮というものが育つ環境ではない。また、長年の拘置支所に拘禁されていたこともあり、対人コミュニケーションに相当なブランクがあったはずだ。しかし、初めて会った娘に感極まっていたせいか、彼は完全な甘やかしモードでしばらくは対応していた。これがノバラであれば、スッ、と一歩引いて、適切な距離感を保ったのであろうが、相手はおこちゃまのすみれである。ハジメの甘やかしは不器用なものではあったが、すみれはそのまま甘えることになり……今のような状態に至る。

 

 結果、少なくとも見た目は家族関係良好に見えるだろう。

 

 ……ちゃぷ、と顔の半ばまでをお湯に沈める。

 

(……思っていたよりは自然だな)

 

 自分とすみれの関係。自分とハジメの関係。ハジメとすみれの関係。

 

 もう少しぎこちないものになるかもしれない、と覚悟していただけに、今の状況は望外のことではある。

 

 過去、ハジメに惹かれていたことは間違いはないが、()()()()()()()()()のだ。当時の気持ちはどうあれ、楓自身も、ハジメも互いに忌避感を抱いてもおかしくはなかったのだが……ノバラとすみれが隣にいたせいか、ごく自然に彼を受け入れることができた。

 

 ……そして、家族三人での生活をつつがなく行えているのは、ノバラの配慮によるものだと理解はしている。……出来の良過ぎる()の配慮が癪ではあるが。

 

「……ぷはっ!」

 

 お湯から顔を出し、軽く頭を振る。

 

 自らの体を見下ろせば、齢三十を目前としてなお、肌艶は、十代とは言わないまでも、二十代前半をキープしているし、鍛錬を続けたその体には、胸以外に余分な脂肪はない。

 

 楓は身体能力に優れているわけでもないし、銃が上手いわけでもない。

 

 過去、彼女をファーストに足らしめたのは、電子戦のスペシャリストだからではなく、その鍛錬量による格闘の巧みさとあらゆるシチュエーションを網羅した戦闘の組み立ての上手さ故である。

 

 ……そういった意味で、楓はノバラと良く似ていた。

 

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