Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
カエデが久しぶりに本部を訪れたのは、直にサードに上がることが見込まれている訓練生に対しての謂わば仕上げとして、
(……だっる……)
他にも適任者はいるだろうに、カエデが指名されたのは、指揮の巧みさや戦闘の組み立ての上手さ故であろう。
僅か二週間といった短い期間であっても、化ける者は化ける。
サードの数は足りないが、セカンドやファーストはもっと足りない。
有望な後輩が育つのは、カエデにも利がある話ではあるが、だからと言って、その面倒さは変わらない。
そもそも、カエデは、自分が指揮されるのが嫌いだから、指揮をする立場になっているだけで、他人にあまり興味がない。自身の安全も含めて勝率の高い作戦を練っているだけで、別に後輩たちに好かれようと思ってもいなければ、上に評価されようとも思っていない。何なら、一人で作戦に従事させてくれた方が気楽なくらいである。
「……気が乗らないようだな、カエデ」
「……楠木補佐、気が乗るような仕事とお思いで?」
カエデは白衣姿の楠木司令補佐を咎めるような視線で見上げた。
「……いいや? だが、必要なことだろう。これは篩にかける意味もあるんだからな」
「……」
(……だから、イヤなんだよ!)
これから現場に入るであろう彼女たちに、現場指揮官としての立場で、訓練を行う。
これにより、彼女たちは、改めて現場の厳しさを肌で感じることができると同時に、現場指揮官として、使えないモノを弾く。
数字上使えると思えるモノでも、実際に見れば、使えない、というモノも多い。
カタログ上のスペックも重要だが、実戦に耐え得るかどうか、というのもリコリスになるための判断材料である。
ここで、現場指揮官に使えない、と判断されれば、サードに上がることはできるにしても、早い段階で捨て駒のように扱われることととなる。
つまり、これは、場合によっては、彼女たちの未来を奪うことでもあると同時、カエデに人を見る目があるかを問われているのである。
立場上、受けざるを得ないとは言え、損な役回りだ。
「……君の気持ちは分からなくもないが。今、残っている者であれば、さほど心配はないだろう」
「……そのココロは?」
「……最終訓練課程に入ってから、既に三人、リタイア
「はぁ!? リタイア!? 初期訓練課程ならともかく、最終訓練課程で!?」
基礎的な技術を身に着ける初期訓練課程。学力、技術、戦闘力。これらを徹底的に仕込まれるこの時期が、訓練生の中で最も辛い。幼い娘たちである。当然、ここでリタイアする者は多い。
だが、最終訓練課程は、初期訓練課程を経て、中期訓練課程を修了し、実戦に耐え得ると見込まれた訓練生が、教官名で推薦され、これを終えて初めてサードとなれる。
ここで弾かれること、それは即ち、その者を推薦した教官に泥を塗ることになる。
当然、教官にもよるが、各課程で彼女たちには、洗脳とも思える程の思想教育がなされ、恩を売り、情を深め、義理で縛る。歪な親子関係が構築され、彼女たちは、実の父母以上に教官に対して敬愛を持つに至ることがほとんどだ。加えて、教官たちも自身の功績を確かにするためにも、最終訓練課程でリタイアするような者を推薦することはあり得ない。
ケガや病気、あるいは精神疾患など、突発的な事情でリタイアすることはないとは言えないが……楠木はリタイア
「……一人、問題児がいてな……いや、素行に問題があるとかではないんだが……」
ちら、と楠木が目線を送った先には、最終訓練課程に臨んでいるらしい少女たちの姿
が見える。
どうやら、体力作りのための持久走らしいが……先頭を走っているのは、少女たちの中でも一際幼い子どもである。
一定のリズム、一定のスピード。まるで機械のように乱れず、遠目に見ても疲労を感じさせない。
「……『ノバラ』。錦木千束と春川フキの実質上の妹だ」
「……ふーん?」
カエデも錦木千束は知っている。最年少のファーストであり、現時点ですら、リコリス史上最強になると言われていた。
春川フキも彼女がサード時代に一度指揮下においたこともある。これと言ってクセのない、だが、優秀なリコリスであると記憶していた。
(……身体能力は並。だが、あの中でスタミナはずば抜けているな……それに)
走る姿を見るだけでも分かる。
膨大な訓練量に支えられた無尽蔵のスタミナと一切乱れない理想的なフォーム。
軸のブレがなく、一切の無駄を削ぎ落した動き。
(……強い……いや、それよりも)
斬れる、と思った。
妖刀のごとき切れ味を思わせるその姿。抜けば血を見ずにはいられない。だが、抜いてみたいと思わせるその妖しい魅力。
……年の頃は、五、六歳。だが、怖ろしいことに、彼女はある意味、リコリスとして既に完成しているように見えた。
「……リタイアした三人はあの子に心を壊された」
「……プライドでも砕かれましたか?」
周囲が十二、三歳であるのに対し、ノバラはそれよりも幼い。年下の少女に負けるのは、年頃の少女には確かに屈辱であろう。だが……。
「…………その程度であれば、どれほど良かったか」
はぁぁ、と楠木は深くため息をついた。
「……一応、治療は行われているが、日常生活に復帰できれば、御の字、といったところか。あの子は、無意識下で対峙した相手の精神を喰う」
「……喰う、ですか」
カエデは楠木の言葉に少し首を傾げる。その様子を見ながら、楠木は改めてノバラの方に厳しい目線を向ける。
「無論、比喩表現だ。全員が全員壊れるわけでもないしな……ただ、あの子は敵と判断した相手に容赦がない。殺気という言葉すら生温い気配で相手を飲み込み……死の顎に捕らえる。……科学的根拠は一切ないが、あれは、一種の捕食行為ではないか、と思うほどだ。だからこそ、喰う、と表現している」
「……なるほど」
頷くカエデに、楠木は、ふぅ、とため息を重ねる。
「あの子が今回最終訓練課程を受けているのも、実力的な問題だけでなく、厄介払いの意味もある。千束とフキを引き離したような結果になっているからな……表面上はともかく、おそらく精神的に不安定なのだろう」
「……表面上、というのは?」
「メンタルケアも我々の仕事の一つではあるから、私も彼女とは面談をした機会はある。……だがな、あの子は元々感情が壊されているせいか、話していても感情の振れ幅がない……例外が、千束やフキの関係だ」
すっ、と楠木がタブレット端末をカエデに手渡す。
そこには、既にノバラのデータが表示されていた。
(……パワーD、スピードC、射撃E,体力S、知能S,技術S……総合B。これまた極端な完全努力型だな……しかも、身体能力のポテンシャルは一般的リコリスの平均より一枚以上低い)
パワーとスピードも彼女が努力で底上げしたことが見て取れる……だが、身体能力に恵まれた者と比べれば、彼女のそれは明らかに劣っている。
しかし、それでも今回の訓練生の中では一つ頭抜けている。
(……錦木千束がサードに上がった時も同じくらいの年頃か? 逆にアイツは天才型で、しかも総合S。フキは同年代で少し遅れてサードになったが、秀才型で努力もできるから、基礎能力が上で総合A)
アレらを目指して努力をしてきたのだとするなら、遠くなっていく背中を必死で追いかけている最中であろう。常人であれば、すぐに諦めるレベルである。
略歴を見れば、彼女が千束に育てられたのは僅か一年。フキでも二年ほど。しかし、それだけの短い期間であっても、彼女を変える何かがあったのだろう。
……単なる憧憬で追いかけられるほど、この二人は甘い相手ではない。
(……執着、と言うべきか? 年齢を考えれば、そこまで努力ができるという時点で壊れている……)
子どもは飽きっぽく、同じことを繰り返すという努力ができ、また、それを続けることができる者は稀だ。それも数多くの事柄を万遍なく、と言えば余計に。
カエデ自身がサードに上がった時を考えれば、ノバラよりも体力は劣るが、基礎能力は上で、同じく総合B。
……奇しくも、カエデ自身、分類するならば努力型であった。
もっとも、カエデの場合は、興味のある分野に特化している感はあったが。
「……親に捨てられたのか、売られたのか分かりませんが、その壊された感情の中で唯一残った、と思しきものが、家族愛だった、ってところですか。凄い皮肉だ……」
自身の過去を省みても、『感情が壊された』というのは、胸糞の悪い話ではあるが、十分にあり得る話だった。
「……しかし、今のあの子の周りには
楠木の言葉の裏に見え隠れするノバラという少女の本性。
理性的に振舞って、普通にこそ見えているが、しかし、彼女は根本的に他人に興味もなく、共感もない。最低限、取り繕ったとしても、周りの人間は、喋る肉袋程度の感想しかないのだろう。同じ訓練に参加している仲間すら仲間と思わないし、思えない。
リコリスになるため訓練されていたとしても、他人へ危害を加えることや殺害への忌避は当然ながら、あるのが普通だ。
……だが、ノバラには何の躊躇いもない。命令された、とその程度の理由があれば、彼女は良心に一切の呵責無く、同僚だろうと一般人だろうと躊躇せずに殺せる。
……故に、彼女は既に理想的なリコリスとして完成している。
(千束やフキに劣るとは言え、この年で最終訓練課程に臨んでいるのは、体の良い厄介払いだけじゃないな……おそらく彼女の性質をかってのことか)
程度の差はあれど、カエデはノバラに過去の自分の姿を重ねた。