Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
午後の訓練は座学。
こちらは特に問題なく終了し、カエデは、明日からはみっちりやるぞ、と宣言し、少し早めに座学を終えた後は、楠木と明日以降の訓練プランの打ち合わせ。
これらを終えて、お腹が、くぅ、となった頃、カエデは今回、泊まることになっている寮へと帰った。
荷物は既に運ばれているが、これから荷解きも、と考えると若干面倒ではある。
……まぁ、カエデの荷物はそれほど多いわけでもないが。
寮の玄関に入ると、どこからともなく、良い匂いが漂っていた。
(……最終訓練課程は、専ら自炊じゃなかったか? 宗旨変えでしたのか?)
訓練寮やリコリス寮であれば、栄養管理の徹底を行うため、専属シェフや管理栄養士がいたりするのだが、最終訓練課程においては、全て自分たちで行うことになっている。ここを逃してしまうと、彼女たちに自炊という概念が欠如しそうになる。
……それにマズい飯でもウマい飯でも一緒に食らうのが仲間だ。そうすることで連帯感も生まれるし、想い出にもなるだろう。
だからこそ、カエデはその意味も踏まえると、今更、最終訓練課程にシェフを入れるわけもなかろう、と首を捻る。
(……ガキどもが作るメシでまともなものなんて、せいぜいカレーくらいのものだが)
どんな酷い飯を出してくるやら、と怖いもの見たさで若干楽しみにはしていたのだが、どうも様子が異なるようだ。
「……先生、お帰りですか。良かったです。丁度できたばかりですよ」
ぴょこ、とカエデを出迎えたのは、猫のプリントがついた可愛いピンク色のエプロンを付けたノバラであった。
「……お前が当番か?」
「? 当番、というか、本訓練においては、メニュー、栄養、食材など、専ら私が指示しておりますが」
「……えぇ……」
まさか、こんな小さい子が料理全般の指揮を執っていることなど、全く考慮に入れていなかったカエデは思わず首を捻る。
ノバラに促されるまま食堂に入ると、ちょっと愕然とした。
(……どこのレストランだよ!?)
配膳の途中だからか、若干忙しなくしている感はあるが……。
真っ白テーブルクロス。
きっちりと揃えらえたカトラリー。
更にテーブルには一つ一つ花瓶に花が飾られている
厨房側に移動したノバラは、自ら、厨房内に入ると、背が大きくなった……まぁ、実際は踏み台に上っているのだろうが。そして、各料理の味を確認し、二人分だけ盛り付けをして、程なく、ワゴンを押して、カエデの元に戻ってきた。
「先生、すみません。本当はコースで作っているんですが、この後、自主練を行うものがほとんどなので、少々品はありませんが、全部出してしまいますね」
「……わかったよ」
カエデとしては、お腹が減っているので、早く出てくる方がありがたい。前菜食べて、スープ飲んで……なんてちまちまやっていたら、膨れる腹も膨れない。
「前菜はタコとマグロ玉ねぎのマリネ、スープはジャガイモとセロリのポタージュ、メインは牛すね肉の赤ワイン煮込み、主食はごはんとパン。アルコールはありませんので、ドリンクは山葡萄ジュースです」
「……お、おう……」
饗応役ということになっているらしいノバラはカエデの前に座って、席を共にするようだ。自分の分もセットしている。
……一応、テーブルへ料理を載せられる程度には、ノバラは成長はしているが、実際はそんなことはないのだが、小さい子がたどたどしく準備をしているようで、微笑ましくもあり、また、危なっかしくもある。
そして、よく見れば、訓練生、全員がノバラの一挙手一投足をまるで応援するような目で追っているのだ。
(……はじめてのおつかいかっ!?)
正直ノバラのは、見た目こそ幼いが、彼女たちと同程度以上には精神年齢が高い。……高いが、見た目が幼いからこそ、見守りたくなるというのもまた母性本能なのだろう。
「……ありがとう」
全てがテーブルにセットされたカエデがノバラに礼を言うと、彼女は心なしか誇らしげだ。感情が欠落していると言われているノバラだからこそ、そんな表情は珍しい。
……厨房の方では、何か人の倒れるような音がしたが気にしないことにする。
(……問題児! そうか、こっちの方面も問題児なのかっ!?)
楠木の話は、教官側の話であり、訓練生たちのプライベートに突っ込んだ話はしていない。
だが、カエデは空気で察した。
(……コイツ、やべぇ……)
おそらく本人に自覚はないだろう。むしろ、ちょっと遠巻きにされている辺りは怖がられているとか考えていそうである。
……が、実態は全く異なる。
訓練生たちは年頃の少女たちの集団である。この年頃の少女たちにとって、恋愛観に性別はあまり関係ない。自分と違う、それ自体がもはや性の興味の対象で、恋愛とは基本男女それが基本と知識としては持ち合わせていても、純粋過ぎる彼女たちは、あまりに無垢に恋愛をしたがう。しかも、周りは自分と同じ女性ばかりであるから、自然、その対象は同性になる。
……そして、ここに一人、異物を入れ込んでみよう。
自分たちよりもずっと幼い、目立たないながらも、標準以上の容姿。実力もあって頭も良い。お料理上手で訓練大好き。ちょっぴりクールで、大人ぶっている女の子。
母性本能が働くだけならまだ良い。
しかし、訓練後のおいしいご飯は彼女たちの心を射止めるには十分すぎるだろう。
訓練に残っている少女たちのほとんどはノバラに好意を持っており、その内の幾人かは母性本能以上の本気のソレだ。
ただでさえ、マスコットを愛でるというか、妹を甘やかしたいというか、そんな空気がある中に、ガチ恋愛勢が加われば、醜い姿は見せずに、しかし、互いの牽制がえらいことになる。
(……なんつー爆弾だよ……)
自分が作った料理を満足気に頬張るこのちっさい生き物は、相当無自覚の女たらしであった。
◇◆◇
「……ふぃ~……」
深夜と言える時間帯。
プランをまとめ、レポートを作り、その後、後の仕事のためと自分の趣味の作業を終えたカエデは一人大浴場を占拠していた。
訓練生たちは消灯時間がある……と言っても、これは表向きの、早よ寝ろ、という一応の気遣いであり、自主練や勉強をする者は一定する存在するし、それは成長期であることを踏まえて、推奨していないというだけである。
「……先生、随分、遅い入浴ですね」
「……んぁ? ノバラか……子供は寝る時間だろ?」
「はい。入浴後、語学の勉強が終われば寝ます」
「いやいや……もう日付変わるんだが」
「そうですね。まぁ、四時間も寝れば十分ですので」
そう言ったノバラは、ぺたぺた、と自分の体を隠すこともなく、洗い場に向かって、椅子に座った。
そんな小生意気な少女の姿を見たカエデはちょっとした悪戯心を抱いた。
「……自主練終わりだろ? 洗ってやるよ」
「いえ、別に自分で……」
「講師権限。饗応役だろう、お前。断れるのか?」
「……まぁ、変なことをされるわけでもないので、断る理由もありませんが」
「よしっ」
そうして、にやっ、と笑うとカエデはノバラの洗髪から取り掛かる。
「つーか、汗でびしょびしょだな、仕方ない先に流すか……」
通常なら予洗いする前に、ブラシを通した方が良いのだが。
丁寧に汗を流した後、軽くブラシを通すことにした。
そして、更にお湯で髪を流した後、シャンプーを使おうとして、おや、と思った。
共用の安いヤツではなく、ちょっといい感じにお高いシャンプーだったからだ。
「お前、こんなシャンプー使ってんの?」
「……姉たちの差し入れです」
『寂しくなったらこれ使って、おねえちゃんと同じ匂いになるんだぞ』
そんなことを言った人を思い浮かべながら、ノバラは少しだけ笑みを浮かべた。
「……それじゃ、それを借りて、洗っていくなー」
わっしわっし、と洗っていく。
ぎゅう、と目を瞑ったままのノバラの様子に、カエデは、くす、と笑みを浮かべながら、ノバラの洗髪を進める。軽く頭皮のマッサージを加えると、「……ん♡」と少しだけ気持ちよさげな声を上げている。
……まぁ、ここ最近、回数が少ないだけで、以前は良く洗って貰っていたのだろう。
シャンプーを流し、トリートメントを終えると、今度は体だ。ナイロンタオルにボディソープを付けて、泡立てると、その小さい体を擦っていく。
「……自主練は何をしてきたんだ?」
「ランニングが主体です。まぁ、その前にはウエイトトレーニングを少々」
「……お前、ウエイトトレーニングって、上がるの?」
「軽いのなら」
そうは言うが、この体の引き締まり具合から行けば、このくらいの少女でやるにはちょっとキツいくらいのレベルだろう。
練習好き……もはや、そんな言葉だけでは言い表せないレベルだ。
「……訓練メニューは楠木さんが、限界ギリギリラインで設定してくれてるから大丈夫です」
ノバラは簡単にそう言うが、問題はそれを続けられているということだろう。
しかも、楠木が選んでいるメニューというのも、この年頃では、相当高い要求をされているような気がするし、彼女のことだ、それ以上の訓練も実施している。
彼女の体を流し終えたカエデは、ノバラをお風呂に誘う。
どうやらイヤではないらしく、お湯に浸かったら遣ったで、顔が蕩けている。
「……お、意外だな? 風呂、好きなのか?」
「ええ、疲労が取れます」
感情が欠落しているという割には、今日の彼女には何というか、親しみ安さを感じたかもしれない。