Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
仮に人込みの中に最高速度の新幹線が突っ込んだら『こう』なるだろう。
そこは『真っ赤に散らかっていた』。
「うわー……」
我が相棒ながら、このザマよ。引くわー……。
そんな風に頭のすみっこで考えながら、ノバラは目の前の光景を努めて無視することにした。
死体は見慣れているし、必要に応じて解剖することもある。警告を兼ねてあえて惨たらしく殺すこともある。
色んな意味で『事故死』した同僚の二目と見れない遺体を『全て集めて』埋葬したこともある。
まして相棒の常の仕事振りは『御覧のとおり』である。
耐性がないわけではない。
だが、耐性があるからと言って、精神的に大丈夫かと言われればそんなわけもなく、どれであっても精神的なストレスは大きい。
特にこの相棒の場合は…………。
「あーっ、ノバラちゃん、早かったねえ」
場にそぐわないのんびりした声で伊達すみれは微笑んだ。
(…………どうしてエクストラの翡翠色の制服が、ファーストの真紅の制服になってるんだろう)
すみれの制服は自分と同じエクストラ、DA仙台支部特殊作戦群のものであったハズだ。それがどうして通常部隊の指揮官用のものになっているのか……深く考えないことにした。
目の前の惨状を意図的に無視するためだ。
客観的に言うならば、どの死体も原型を留めておらず、体中の血という血をその辺にぶちまけ、千切れ飛んだ四肢は前衛的なアートのように散らばっている。破裂したような脳漿はどす黒く赤い世界に彩りを与え、潰れていない目玉が真珠のように白い。骨は微塵となって、赤く染まり、それがコンクリート破片なのか、骨片なのか一見して判断がつかない。腸は湯気を立ててフヨフヨとしており、いくつかの心臓と思しき内臓は若干の脈動が未だある。
『……うぷっ』
あ、これ、司令、吐いたなとどこか他人ごとのように考える。
画面越しの楓司令はまだマシだろうに。
「……はぁ、相変わらずの散らかし具合ね。高くつきそう」
ただでさえ高いクリーナーが『これ』をちゃんと掃除しようと思ったら、桁が一つ変わるだろう。彼らも仕事とは言え、御愁傷様である。南無。
「ちゃんと何人か残してるの?」
さっと見た感じで生体反応はないように見えた。
少なくとも悲鳴は聞こえていない。あるいは悲鳴すら出せないのか。この状態で悲鳴を出さないようにしているなら、それはそれで驚異的な精神力とも言えるが。
「え~? なんのこと?」
「は? デイジーからこっちで何人か残しとくように指示があったでしょう?」
「いや~……ほら~……私って、アレじゃん。興奮しちゃうと何してるか分からなくなるって言うか、そもそも手加減とか苦手と言うか……だから、その~、ねっ! 勢い余って全部轢いちゃった☆ テヘペロ♡」
おでこを拳でコツンとたたき、右目をウインクして、軽く舌を出す。
お手本のような「テヘペロ」だが、やってるのは全身血まみれの少女で、場所は轢殺現場。
可愛らしさと惨たらしさという相反する情報で、ノバラの脳は意図的に無視していた状況を再認識する。
「…………うっ!」
<お見苦しい映像が流れています。よいこの皆さんはノバラちゃんがバラ園でバラと戯れる様子をご想像ください>
「ちょっとぉ~、ノバラちゃん、人を見て吐くのって酷くな~い?」
「……無理、こりぇは無理。今日はお肉食べられにゃい……」
「え~! 今日って、しれぇが焼肉連れってくれる日でしょ~?」
「司令も今日はお肉の気分じゃないと思う……」
「楽しみにしてたのに~」
ぷぅと頬を膨らませているが、ノバラは先ほどと同じように吐き気がぶり返す。
「……せめて、顔くらい拭いて。ほら」
ノバラは鞄からタオルを取り出すと、すみれの頭にかぶせる。
「えへ~、ありがとう! だからノバラちゃん、すきぃ~」
ぷはぁと髪と顔をふきながら、すみれはにこにこと答える。
その無邪気な姿にノバラは毒気を抜かれて、ため息をついた。
この子はいつもこの調子だから仕方がない、という気持ちと、この笑顔を見たら許さざるを得ないという気持ちが半々だった。
「すみれの体は大丈夫そう?」
何せ頭からつま先まで真っ赤っかである。
ほとんどが返り血だろうが、傷がついていたら、大変だ。
身元不明の人間がたくさんである。どんな病気を持っているか分かったもんじゃない。ましてや、後ろ暗い商売の人間だ。HIVやらⅭ型肝炎やらの感染症が怖い。
血液は意外にも大変汚いのである。
「ん~……ちょっと分かんないかも。ほらほら、まだ終わったばっかりで興奮してるし~」
すみれは肩を回してみるが、やがてこてんと首を捻った。興奮冷めやらぬ、という状態では、すみれには負傷の有無がよく分からないのだ。
「そう。あとでちゃんと見せなさい」
「え~……いくらノバラちゃんでもじろじろ見られるのは恥ずかしいな~」
すみれは両手を体の目の前で組んで、目を潤ませる。何なら頬も赤くなっているかもしれないが、それは余人には分からなかった。
…………血まみれだし。
「見せなさい」
有無を言わせないノバラの言葉にすみれはたじろいだ。
すみれからすれば、最も親しい人間はノバラである。同い年ながら、相棒としてルームメイトとして、何かと世話を焼いてくれるノバラに対しては、正直、友人以上の、あるいは家族に向けるような(もっと言えば、それ以上かもしれない)感情を持っていることは間違いない。
すみれとノバラはルームメイトになってこそ、二年弱だが、交流自体は、物心ついたときにはあるレベルであり、それだけの期間一緒にいれば、目の前で着替えることもあれば、一緒にお風呂に入ることもある。だからお互いの裸は見慣れていると言えば、見慣れている。今更何をと思わなくもない。思わなくはないが、それはそれとして、自分の体とノバラの体の違いを意識すると、見られたくないという想いが先に来るのである。
「ほらほら! 私もお年頃っていうか! 最近またおっきくなってきて恥ずかしいというか」
すみれは両手をパタパタと振って、ノバラに抗議をするものの……。
「見・せ・な・さ・い」
ぎろりというよりは、ぎぬろという感じにねちっこく睨めつけられるので、両手を上げて降参した。
「……ふぁ~い。あのあの、優しくしてよね! ノバラちゃん!」
すみれは自分で言ってから、想像してしまった。
アレがコレしてソウなるのを。
(ふわぁぁぁ! しれぇ、すみれは! すみれは今日で大人になります!)
はわはわと慌てた様子の相棒に、ノバラ思った。
(あ、コイツ、また変なこと考えてやがる)
夢見がち、というよりも妄想癖のあるこの愛すべき相棒は、ノバラの言葉で百面相するのが常だ。たまに、怪文書じみた妄言を垂れ流すこともある。
慕われている、と思えば、悪い気はしないが、基本的にノバラにその気はない。気持ち悪いとまではいかないし、頭の中で何をどう考えていようが関知しないが、妄想を口にするのは勘弁してほしい。すみれはいいが、勘違いしたお姉さま方のモーションは身の危険を感じるくらいにはヤバイのだ。
「……私は見るだけよ。治療は先生に」
お願いするわ、とノバラが言い切る前に、すみれが絶叫する。
「いやー! 川辺センセのお注射はいやー!!」
さっきまで顔を赤くしていたのに、今度は顔に縦線が入っているように真っ青になっている。
本当に、この子は忙しい。
「…………それにしても、この惨状」
ノバラはもう一度辺りを見渡す。
自分とすみれ以外に生の気配はない。
周りは血の海で、元が何だったのかもよく分からない。
デイジーの指示ではこっちで何人か残す予定だった。
自分の受け持ちはきれいに片づけた。でも、その代わりと言っては何だが、こちらは大変散らかりました。本当にありがとうございました。
「…………任務失敗、になるのかな?」
最上ノバラはこれから自分の身に降りかかる不幸を思い、ため息をついた。