Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
蛇ノ目エリカと篝ヒバナは、フキの指示通り、乙女サクラに余計なことをさせないようにしながら、控室に連れ出すことに成功していた。
「何スか、二人して……」
何か面白そうなことをしてる、と鼻を利かせたサクラが見学に行かないように、半ば無理矢理連れてきたせいで、サクラはちょっと不貞腐れたような顔をしている。
「まぁまぁ。フキも準備に来るし、あなたが先に来ていない訳にはいかないでしょう?」
「そりゃそうなんスけどぉ……」
納得いかない、といった様子のサクラに苦笑しながら、ヒバナが忠告する。
「サクラ、病み上がりなんだから、アップは入念にやれ。ケガしたらつまらないだろ?復帰も遅くなるぞ?」
「もう大丈夫っスよ! ……まぁ、でもアップはやるっス」
その『大丈夫』は半ば強がりであることは、サクラ自身も分かっていたのか、素直に聞き入れて、肩を回したりしながら、体を解していく。
(相手はノバラちゃんかぁ……ケガはしないだろうけど、サクラ、大丈夫かな?)
エリカはサクラを見ながら、自分がセカンドに上がった頃に行われた模擬戦を思い出していた。
セカンドになったときのエリカは、ヒバナと二人、とても喜んでいた。
エリカ自身は無意識だったのだが、調子に乗っていた、と今なら理解できる。
だが、そのときは、自分がこれまで頑張ってきたことは無駄じゃなかった、というある種の優越感に浸っていた。
ともすれば、射撃技術や体力といった単純な戦闘能力が評価される、と勘違いしている一部のリコリスは、座学を疎かにしがちだ。
まぁ、そういった者達でも、最低限の語学や技術は体得しているのだが。
しかし、エリカはそういった才能は特に優れているとは思っていなかったので、応急手当や戦術、爆破や解体といった工作技術を積極的に学んでいった。
そして、それは思いのほか自分に合っていた。
ヒバナほど体格に恵まれていた訳でもなく、戦闘技術が突出しているわけでもないエリカには、バックアップする方が性に合っていたし、結果として、どんなチームやシチュエーションに入れても作戦に厚みを持たせる便利なリコリスとなっていた。
そういったところもセカンド昇格への評価と繋がったのだろう。
だが、一方で教官方や楠木は、若干の不安を覚えていた『らしい』。
かくして、エリカとヒバナは二人でノバラと模擬戦をすることになったのだが。
地方で活躍しているリコリスだとは聞いていた。
しかし、現れたのは明らかに自分よりも年下の、特に目立った風貌でもない少女だった。唯一、エリカの目に留まったのは、やけに丁寧に手入れされている黒髪だった。
チームリーダーであったフキのようなピリッとした空気がある訳でもなく、あの『英雄』、千束のように華やかさがある訳でもない。
強者特有の威圧感のようなものが一切なく、逆にエリカは不思議に思ったものだ。
これなら、ファーストにだって勝てるんじゃないか、そんなことが頭をちらりと横切った。
……だが、始まってみれば、完全に遊ばれた。
開始と同時にノバラを見失い、次の瞬間には首筋に手刀を突き付けられた。
遊ばれている、と頭に血が上った瞬間、その上から冷や水を掛けられたような、おぞましい気配に全身が総毛だった。
恐怖心を抱きながらも、エリカは改めて銃をノバラに突き付けようとしたが、構えようとした一瞬をノバラが捉えた。銃を持っていた右手を下から捻り上げられ、緩んだ一瞬の隙をつかれて、銃が奪われる。
眉間に突き付けられた銃を見て、撃たれるな、と思ったが、ノバラはあっさりと銃を捨てた。
横合いからヒバナが向かってくるのを感じ取っていたのかもしれないが、自分を撃つことくらいはできたハズ……つまりは、まだまだ遊び足りない、ということだったのだろう。
ヒバナの撃った弾丸をノバラはするすると避けながら近づき、ヒバナの右手首を取ると、そのままヒバナの腕を支点にして横に一回転した。アクロバットな技にヒバナも呆気にとられた様子で受け身も取ることができなまま、変則的な小手返しでヒバナは地面に叩きつけられた。ノバラは地面に仰向けに倒れたヒバナの右腕の肘を自らの膝で固定しながら、右手首を押し込み、ヒバナの銃を奪い取る。そして、また、銃を放り投げると、エリカ達から距離を置き、笑みを浮かべて見せた。
そうやって、何度か仕切り直し、その度に実力差を見せつけられた、最後。
ノバラは十分に距離を置いて立っていた私達に向けて、模擬戦用のナイフを抜いて見せると、まさに目にも止まらぬ早業で、エリカとヒバナの喉笛を掻き切ってみせた。……その際、耳元でふぅっと息をかけらたのはご愛敬、といったところだろうけど。
その最後がノバラの本来の戦い方と知ったとき、得も知れない恐怖心を感じていた。
闇にまぎれて、影のように狩る、というのが彼女の本来のスタイル。後になってきいたノバラの通り名、『
試合が終わった後のノバラの様子は甘えたがりの子だな、という印象を受けたが、ファーストの強さ、地方の強さを見せつけられた気がして、エリカはより一層の努力をすることに決め、ヒバナは負けてばかりいられないトレニーングの量を増やした。
そういった、意味で、あれは良い模擬戦だった。これがなければたきなの一件、ああいった膠着状態になる前に死んでいたかもしれないとも思った。
しかし、そんなノバラの相手がサクラである。
フキ以外には憎まれ口を叩くようなところもあるが、少なくともこのチーム内で、彼女が本当に言いたいことことは何となく分かっている。彼女の言葉はリコリスとしては、比較的当たり前のことが多いし、不器用だがチームや仲間を心配してのものだ。
不器用で、扱いの難しいところがあるが、それでも可愛い後輩である。
(この模擬戦で負けたとして……ちゃんと、立ち上がれるかな?)
この点、フキは立ち上がれるとの判断なんであろうが。
エリカにして見れば、サクラの精神的な子どもっぽさが気にはなる。
まぁ、一度死に瀕したことで、変な意地や緊張感が抜けたのか、仲間の声を素直に聞くようになった。何せ、治療中にたきながお見舞いに来た時は、憎まれ口も叩かずに和やかに談笑していたくらいだ。たきなはたきなで、延空木事件で自分が最後に残る決断をしたことで、フキにまた迷惑をかけた、という思いと、サクラを助けるためとは言え、自分は千束を優先したという罪悪感があるからなのだろうが。思いのほかマメに訪れていたようで、合理性合理性言っていたたきなも人間味が出てきたな、という思いと、サクラの対応の変わりようから、一体何があったんだ、と勘繰ってしまうくらいであった。
「……エリカ、ヒバナ。すまん、待たせた」
「フキ!」
エリカとしては、もっと時間が掛かると思っていたが、存外早く到着したフキに安堵した。サクラをアップさせて待たせるにも限界がある。仮に、湧き立つ歓声が聞こえようものなら、絶対にそっちを気にするに決まっていたからだ。
「サクラ、ちゃんと体は温まっているか?」
「モチのロンっスよ!」
答えたサクラはヒバナと互いに顔を見合わせて笑い合っている。
「……今回の模擬戦、お前が早く復帰したいってうるさいから、ねじ込んだんだ。無様は……さらしてもいいが、ケガはするなよ?」
「何スか、フキ先輩?あっしが負けるみたいに……」
露骨に不機嫌そうになるサクラ。エリカはそんなサクラの様子に苦笑する。
いや、尊敬する先輩からそんな風に言われれば、不機嫌にもなるのは分かるんだけど……やっぱり、サクラは、まだまだ自己分析が甘いなぁ……。
面白くなさそうにしているサクラを、フキはちらりと見るが、特に怒った様子もない。普段なら、もっと怒りそうなものだけど、と考え、今回の提案の趣旨を聞いているエリカは、こういった反応もフキの想定の範囲内なんだろうな、と思い直した。
「相手はファーストだ。万全のお前でも怪しいくらいだ。体力の落ちているお前が勝てるわけないだろう?」
「はっ……ファーストっていっても、地方で燻ってるんでしょ? 目に物見せてやるっスよ」
知らないってすごいなぁ、とエリカは笑いを堪えていると、そんな様子をフキが見咎めたのか、一瞬、すんごい目で睨んできた。
余計なこと言うなよ、ということなんだろうが、裏の話まで考えると、フキの過保護振りがおかしくてより笑いそうになってしまう。
フキとサクラに背を向けたエリカはヒバナの方を見るとこちらはにやにやとして笑みを浮かべている程度ではあったが、考えていることは一緒だろう。エリカは声を出して笑わないように両手で口を押えて、ぷるぷると震えて我慢するのが精一杯だった。
「ちっ……サクラ、行くぞ」
「えっ、もうっスか!?」
フキはちょっと顔を赤くしながら、サクラを促した。
おそらく、エリカとヒバナが、過保護だなぁ、などと考えていることを察したからだろう。そして、ここでそれを言う訳にもいかないから、戦略的撤退をした、というところだろう。
エリカ達に背を向け、歩き去る二人を見ながら、エリカは瞳に涙を浮かべて堪え、二人が見えなくなると同時に、ぷふぅと吹き出した。