Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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ノバラちゃん対フキちゃん・サクラちゃん回


30 Single-to-Pair

 演習場(キルハウスブース)に立っているノバラは汗一つかいていなかった。

 フキを見つけたノバラはにこにこと笑みを浮かべている。

 

 やはり、と言うべきか、彼女達では準備運動にもならなかったらしい、と悟ると、フキは傍らのサクラの様子をちらりと眺めてから、ノバラに声をかけた。

 

「……待たせたか、ノバラ?」

「ぜ~んぜん! でも、ちょっと退屈だったかなぁ……フキ達()楽しませてくれるんでしょ?」

 

 不完全燃焼であったのだろうが、前髪からのぞいた瞳はまるで笑っていなかった。フキのことはともかく、サクラが見るに値しないと思ったとき、ノバラはサクラのプライドをへし折るだけではすまなそうな雰囲気であった。

 

「さて……お眼鏡に適えばいいがな」

 

 だが、フキは、にっと笑みを浮かべて、付け耳ごとノバラの頭を軽く撫でる。ノバラがふるふるっと体を揺すぶり、シッポがふりふりと本物のように揺れ動いていた。

 

 フキの見立てでは、先のチームとサクラを比べるべくもない。ケガがなければ、あるいは、フキのチームでなければ、アレらの代わりにサクラがファーストになっていたとしてもおかしくはない。

 戦闘指揮などになれば話はまた別になるかもしれないが、体調が万全でないことを考慮してもなお、先のリコリスよりサクラの戦闘能力の評価が上だからだ。

 

「フキ先輩、このちっこいの知り合いなんスか?」

 

 ノバラとフキの親し気な様子にサクラは、おやっ、という顔をしていた。

 フキの言葉は事務的なことが多く、ともすれば冷たい印象を受けることが多いのだが、フキと千束が話すときの熱とも、フキがミカに話しかけるときの甘さとも違う、微妙な言葉の柔らかさが気になったからだ。

 

 ……フキ先輩は何も言わないけど、何で犬耳とシッポ?可愛いけど……。

 

「ちっこいとか言わないでね? 乙女サクラさん?」

 

 微妙に顔を引きつらせながら、ノバラはサクラに手を差し出した。

 サクラは相手が自分の名前を知っていることに驚きつつも、律儀に握手を返した。

 

「へ……? あ、どーも、乙女サクラっス」

 

 サクラの手を握ったノバラは、わずかに口元を歪ませ、何かに気づいた様子を見せると、それを掻き消すように満面の笑みを浮かべて、上目遣いでサクラの瞳を覗き込む。

 

「『最上ノバラ』です。楽しい試合にしましょうね?」

 

 前髪の間からちらりと見えた瞳がキラキラしていて、サクラは思わず、どきり、としてちょっとだけ頬を赤くした。

 

 ……感情を表すみたいに、ゆらゆら揺れている犬耳が何か可愛い。自分も撫でたいかも。

 

「『楽しい』って……遊びじゃないんスから」

 

 サクラが苦笑しながら、そう答えると、ノバラは挑戦的な笑みを浮かべていた。

 

「そうだね? じゃあ、私を本気にさせてみて? Fräulein(お嬢さん)?」

 

 バカにされた、と思い、思わずカチンときたサクラだったが、ノバラの心底楽しそうな笑みを浮かべているのを見て考えを変えた。

 

(コイツ、本当に楽しそうにしてやがる!)

 

 ぞわっと血が沸き立つような感覚。自然、サクラは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「上等っ!」

 

 互いに握手を離したところで、ノバラが右拳を握って突き出して見せたので、サクラも合わせるようにして、右拳を握って、軽くぶつける。

 サクラが興奮したように先に踵を返すと、フキはやれやれとばかりに苦笑した。

 

 うまく火を点けやがったな、とフキが妹分を見ると、フキ達に背を向けながら、振り返り際に似合いもしないニヒルな笑みをして親指を立てた。

 

『……挨拶は終わったか?それでは、状況演習を開始する。想定は銃火器で武装し、耐銃火器を想定した装備をしているものとする。弾はペイント弾ではなく、訓練用ゴム弾。体術、ナイフの使用を許可する。戦闘不能判定はラジアータで行う。双方、相手全員の戦闘不能をもって状況演習を終了するものとする』

 

 ……ふと、フキはノバラの武装のことを考える。

 

 先の模擬戦。ノバラは武器を持っていなかった。

 そして、この模擬戦の開始まで、ノバラはこの場を離れてはいない。

 

 耳とシッポが気になって、ノバラの武装まで気が回らなかった。

 

 ……ビーッ。

 

 ブザー音が鳴った瞬間、フキは弾かれたようにその場から身を離した。

 

 パンッ、という音の元を見ると、ノバラが失敗しちゃった! とばかりにペロッと舌を出していた。

 

 おそらく、ノバラはフキが千束達から離れた瞬間を把握していた。だから、あわよくばこの一撃でフキを落とそうとグロックを隠し持っていた。

 

 ……先の相手から奪って。

 

(……手癖の悪いヤツめっ!)

 

 フキが構え直すと同時、ノバラの気配が薄くなる。

 さすがにフキは見失ったりしないが、次の行動はかなり読みづらくなる。

 

 しかも、どうやらノバラは自分を先に標的に絞ったらしい。フキの方に飛び込んでくる構えを見せていた。

 

(いや、そもそもアイツは多対一なら、頭から潰しにくる! サクラに火を点けて見せたのも作戦の内かっ!)

 

 今回の模擬戦の趣旨から自分は添え物程度にフキは考えていたため、何となく自分は後回しだろうと思っていた。いや、数々のノバラの行動からそう思わされたと言うべきか。

 

 だが、その考えは甘かった。

 

 それでも、試合開始前に疑問に至ったのは、フキがノバラの性質を無意識の内に考慮していたからだろう。

 

 相手の思う通りに動いてやらない、という小悪魔めいたその性質は、ときに、盤面ごとひっくり返すことがある。それを狙ってやるから性質が悪い。

 

 しかし、ノバラは急に構えを解くと、後ろにトントンと飛びずさる。

 

「おっと……」 

 

 サクラの射撃だ、と認識するより早く、フキも反射的に撃ち放つ。

 だが、それは上半身を左右に大きく揺らすようにしてみせたノバラに躱される。

 口元が何かを呟くように動いたことから、フキは無意識の内にその唇を読む。

 

『お・み・と・お・し』

 

 フキが無意識に撃つ射撃のクセを読んだのだろう。ひくっとフキの頬が歪んだ。

 

 ……なるほど。煽るのがうまい。いざ、相手にしてみて改めて思うが……我が妹ながら、ムカつくなぁ!

 

 そんなフキをせせら笑うように、ノバラはサクラに狙いを変えた。

 

 そして、飛んでくる銃弾をいつかの千束のようにスレスレで避けて見せた。

 遠目にはサクラがギョッとしながらも、果敢に銃撃を続けている姿が見える。

 

(よし。驚きはしたが、慌ててはいない。冷静だ)

 

 動揺で射撃の精度が悪くなるかと思いきや、サクラの射撃はノバラが躱すことを見越して、適度にばらけている。正確すぎる射撃が読まれた、という反省を活かしているのだろう。

 それはノバラにも伝わったのか、にたりと一層笑みが深まった。

 

 一方のサクラは困惑していた。

 

(コイツも銃弾避けるのかよっ!?)

 

 ファーストってそういう技能がいるのか、と余計な考えが頭をよぎる。

 余計な考えを吹き飛ばすように、銃撃を繰り返すが、どうにもしっくりこなかった。

 射撃はサクラの得意技能だ。

 精度もそうだが、相手を確認し、構え、狙って撃つまでの間隔が極めて短い。今時やる者はいないだろうが、早撃ちをするならば自信があった。

 だが、千束もそうだったが、ノバラにも通じていない。

 

 ちょっと自信を無くしそうだった。

 

 更に言えば、千束とノバラには決定的な違いがあった。

 

 千束は狙って撃つことができたが、ノバラについては、狙って撃てているのかすら自信がなかった。

 

 的を絞ろうとするほど、見えているのに見えていないような感覚になるのだ。已む無く、そこだ、という勘で撃っているのだが、意外にもそれで合っていた。

 

 繰り返し練習し、身に着いた射撃が、結果としてサクラを正解に導いていたのだ。

 

(くそっ……! 気持ちが悪い、何だこれ!? 焦点が合わないような、見えているものと、体の反応がズレているような……画面酔いみたいだ)

 

 無理に表現すれば、それは確かに画面酔いに似ていた。自分の体が動いていないのに、映像が動くと自らが動いているように錯覚し、結果、実際の体の感覚がズレることで、乗り物酔いに似た感覚になる。

 ノバラの場合、視覚的にそこにいるのは分かっているのに、気配が薄いあるいはそこにいないと認識してしまう。

 気配と言うと、第六感じみているが、実際には五感を多角的に分析した結果と言えよう。目で見えるもののほか、鼓動、息遣い、体臭、体温、発汗量、空気の流れなど、普段意識もしないそれらを無意識の内に処理した結果と自己の経験を結び付けたものがいわゆる気配というものだ。

 翻ってノバラを見てみると、自らが動くとき以外では、ほとんど無駄な動きがない。自然体に構えれば、じっと動かず、息遣いすらなく、瞬きもない。目で見ただけでは分からないが、拍動すらもゆっくりなのかもしれない。

 

 全ての弾を外し、サクラがマガジンを交換しようとした刹那、ノバラが動いた。

 

 全体を通して見れば、それは特段速いものではなかった。

 走っているようにも、歩いているようにも見えた。

 だが、一歩ごとに緩急をつけたその動きは、まるで分身をしているかのように目に焼き付いた。

 ノバラは幻惑するようなその動きで、サクラがマガジンの交換を終える頃には、数歩の位置まで忍び寄っていた。

 

(……でも、この距離なら自分の方が早い!)

 

 サクラは数瞬後にノバラがいるであろう位置に銃を放つと同時、時間が巻き戻るような感覚に陥った。ノバラは前に進んでいたはずなのに、気づいた時には、元の位置より後ろにいた。

 

(はぁ!? 何で!? あ……いや、コイツ前に動く姿勢のまま後ろに下がったのか!?)

 

 さながらムーンウォークのようだが、技術的にはより高度なものになるだろう。直前までそれなりのスピードで前進していたのにも関わらず、全く同じスピード、同じ歩法で後ろに下がっているのだから。

 

 サクラが気づいて、撃ちなおそうすると、今度はノバラの上半身がブレたように見えた。

 体勢はサクラから見て、左側に動こうとしているように見えていた。しかし、ノバラ本体は実際には右に動いていた。

 だが、サクラはノバラが左に動いたものと思い込み、いるはずのところにノバラがいないことに困惑する。

 

(……いない!?)

 

 構えた銃の先にノバラがいないことに気づいたサクラは、ゾッとする。

 それと同時、背中から腎臓の辺りをなぞるような感触を受ける。

 

 しかし、サクラが振り向くと、そこには誰もおらず。

 

「……まず、一」

 

 だが、耳元でノバラの囁き声を聞いた。

 

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