Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……まず、一」
ノバラの囁きが聞こえた瞬間、サクラはハッとして背後を振り返るが、既にノバラの姿はない。どこに、と見渡して、初めて正面にノバラがいることに気づいた。
「……何スか? お情けのつもりですか?」
サクラの戦慄したような表情に、ノバラ薄く笑みを浮かべる。
「『楽しい』試合にしましょうって、言ったでしょ?」
「そりゃ、お気遣いどうも!」
答えながらサクラは銃を放つもノバラにあっさり避けられる。
「ほらぁ、焦っても当たらないでしょ?」
そう言ったノバラはするりと数歩の距離を詰めてくる。
「ちぃっ!」
更なる銃撃。ノバラは右に左にスピードを緩めずに切り返して、銃弾を躱す。だが、それは千束のそれとは異なり、銃を撃つ瞬間を見切って動いているのではなく、撃とうとするタイミングを理解しているような動きだった。
千束は本当に直前で避けるが、ノバラの場合、そのタイミングはもう二、三瞬間早いのだ。
サクラはそれを見て、銃弾を避けるという行為は同じだが、その内容は全く違うということに気づいた。
そもそもの身体能力、反射神経に任せた千束のそれとが異なり、ノバラのそれは先読み……いや、相手の射撃のタイミングを調整しながら、自らの立ち位置などで、撃ってくる位置を限定させているように思えた。
なるほど、ならば、これを崩すには、相手の想定の範囲外を攻めれば言い訳だ。
そのサクラの考えは半ばは当たっていた。ただし、それは銃への対応だけであり、体術については考慮していなかった。
根拠もなしに、自分の方が体術は勝っているだろうと、安易に考えた。
空いている左でノバラを掴もうとすると、右手で一瞬内側に逸らされ、次の瞬間には左手を小手返しに取られて、ノバラが体を入れ替えると同時、サクラはふわりと投げられていた。
受け身を取ると同時、頸動脈の辺りをノバラの指が撫でる。
「……二つ」
そう言って、ノバラはあっさりとサクラを手放した。
またか、と思ってノバラを見やれば、ノバラの視線の先では、フキが銃を構えて油断なくノバラを狙っていた。
「サクラ、大丈夫か?」
「……何で撃たないんですか、フキ先輩」
地面に寝転がったまま、サクラが問う。
「……撃たないんじゃない。撃てないんだ……間合いだ」
ツゥっとフキの頬を汗が滴り落ちる。
そこでサクラがフキの顔を見ると、フキの額はびっしりと汗ばんでいた。
これまでのフキの運動量からすればあり得ない発汗量。
それはフキが極度の緊張状態にあるということだった。
「う~ん……さすが、フキ。分かっちゃったか~」
フキとノバラとの間の距離は十歩ほど、五、六メートルといったところか。普通に考えれば銃で狙っているフキの方が有利である。
「アホ。何度お前とヤっていると思っている。同じ轍は何度も踏まんぞ」
しかし、フキはこの距離で、まして正面を向き合った状態で、ノバラに命中させることは困難だと認識していた。引き金を引くタイミングを読まれれば、確実に避けられる。ノバラに銃弾を当てようと思ったら、基本的に不意を打つしかない。
更に、この距離なら、フキは銃を撃つくらいしかできないが、ノバラには複数の選択肢があった。
間合いを詰めて接近戦。
隠し持った銃で射撃。
その辺で拾った石やおそらく掠め取っているであろうナイフの投擲。
あえて間合いを外し、気配を絶つという方法もあるだろう。
いずれの選択肢を取られても、フキに対しては不利でしかなかった。
ノバラがサクラを相手にしている間の隙くらいしか、フキには勝ち筋がなく、現状、ノバラがその気になっていれば、詰んでいる。
それを認識してなお、フキは勝つことを諦めていない。
それ故の緊張でもあった。
「……さぁ、どうするの、サクラ? あなたがしゃんとしないとフキがヤられちゃうよ?」
ふぅと息を吐いたノバラが右手を軽く下げると、その手には魔法のようにナイフが現れた。
くるりと手の平で弄ぶと、ノバラは軽く宙に放る。そしてまた、同じようにもう一本取り出すと、同じように宙に投げ、ナイフを二本ジャグリングして見せる。更に左手にもう一本取り出すとその輪の中に加える。
ノバラが少なくとも今はやる気はない、というのが分かってサクラは起き上がる。
「……器用っスね」
「……何本盗った?」
フキの汗は引いているが、ノバラから構えを解かない。
「人聞きの悪い……鹵獲したって言って? ……ん~……三本だけかな?」
ノバラは首を捻って考えて見せるが、フキとサクラは確信した。
((絶対それだけじゃないだろ、大ウソつきめ!))
「それじゃあ…………改めて!」
ノバラは三本のナイフ軽く投げると、空中で一瞬の内に右手の指の間に三本とも取り、同時に大きく放り投げた後、フキ達の方に向く。
「行くよっ!」
声と共にフキとサクラ両方に目掛けて宙に投げたナイフとは別のナイフが飛んでくる。
フキは避けるのは愚策と判断して、二連射。
サクラはこのくらい撃ち落とせると考えて一射した。
「サクラ、避けろ!」
「へ……? うわっ!?」
これも経験の差だろう。投げられたナイフは一人当たり二本。ご丁寧に二本目は一本目の影になるように投げられていた。フキはそれを予想して撃ったが、サクラは予想できなかった。それでもすれすれでそれを気づくことができたのは、日ごろの訓練の成果である。
だが、それはノバラが距離を詰めるのに十分過ぎる隙だった。
近すぎる、という思いと、銃では間に合わない、との思いから銃を手放して構える。
「シッ!」
サクラはノバラが近づいてくるのに合わせて右拳を振るう。
だが、一歩を踏み込む直前、ノバラが素早くサクラの出足の膝を蹴った。
途端、サクラはバランスを崩し、立て直そうとした瞬間には、ノバラはサクラの内にいた。
(あ、やばっ!)
そう思ったときには顎先をジッと擦るような感覚があった。
サクラは一瞬で意識が遠くなる。
(……何だ? ……顎を打たれたのか…………?)
ぐらりと倒れそうになった、サクラにノバラは右手の指二本でサクラの心臓の辺りに触れる。
「……これで三つ」
またも耳元で呟かれた言葉に、サクラはふらつく体を無理矢理に動かして右足を一歩を踏み込んだ。
「舐めるなぁっ!」
サクラは必死で左で打ち下ろしの拳を放った。
「いいよっ! サクラ! そうこなくっちゃ!」
ノバラは嬉しそうに微笑みながら、ボディアッパーを放ち、それはサクラの鳩尾辺りに突き刺さる。
「ぐぶっ……!」
サクラは上がってきた胃液を吐きながら、ついに両ひざを着いた。
(拳が重いっ! なんつー威力……っ!)
もう一つ止めがくるか、と思ったが、フキが射撃でノバラを引きはがす方が早かった。
「あはっ! カバーが早いなー……でも、フキ、頭上注意だよ?」
フキは、釣りか、との疑念を抱くが、一瞬前の情景を思い出す。
ノバラは空中にナイフを放っていたハズだ。自由落下での威力は正直大したことがないだろう(模擬ナイフであるし)が、本来であれば、場所によっては、突き刺さることはある。つまりは、判定上、戦闘不能とされる可能性があることに気づき、思わず頭上に視線を逸らし、ノバラを一瞬、意識から外した。
だが、確かにフキの頭上には一本のナイフが落ちてきていた。
(……いや、待て! 一本だけ? 少なくとも三本投げたハズだ……違うっ!?)
フキが直感に従い、前方に転がり込むように飛ぶと、フキが立っていたいた場所に銀閃が煌めく。
そこにはナイフを振り切ったノバラの姿があった。
「……本当にカンが良くなったねぇ、フキ?」
「……お陰様でな」
普通にやっても厄介なのに、こういった騙し討ちのようなことも平然とやってくる。
……でも、そういう風に教えたの私なんだよな、とフキは自嘲した。