Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
戦闘回はもう少し続きます。
当時のノバラは泣いてばかりだった。
フキとの生活を始めたばかりの頃、千束がリコリス棟に移って、フキとノバラの前からいなくなった頃。
昼間はまだしも夜には、ノバラは千束恋しさに泣いていた。
「ふぇ……ひっく……うぇぇ……」
妹分が泣いて暮らすのを見ていられなかったフキは、ノバラを自分のベッドに導き、抱きしめながら眠ることが常だった。
そんな日が、一週間、一月と時が経つにつれ、ノバラは千束がいるときと同じように笑うようになり、気まぐれにしか参加しなかったリコリスとしての訓練に毎回顔を出すようになっていた。
しかし、ノバラには突出した才能も見出されず、リコリスとしては能力は平凡と評価されていた。年齢的には他の者よりも一、二歳年下ということもあり、訓練生の見習いという扱いだったことも含めれば、それなりには優秀と言えたのかもしれないが。
だが、この世代は常に千束と比較されていた。
千束に次ぐと言われたフキの評価でさえ、相対的に低く見積もられていた。
どれだけ努力しても、千束の才能には及ばないとまざまざと見せつけられ、多くの者が折れた。折れなかった者はフキを含めて、数名というところか。
努力をしても評価されない、認められない、ということで、幼い子どもがモチベーションを保つことは極めて困難であった。
フキがモチベーションを保っていたのは、千束に追いつき、追い抜くという明確な目標と、自分の後ろをよちよちと付いてくる妹分に無様は晒せられないというプライドだった。
一方のノバラは評価などはまるで気にしていなかった。
そもそも千束が座学以外の訓練には、あまり参加しかなったこともあって、ノバラは座学はともかく、普通の訓練は遊びの一種としか思っていなかったようだ。だが、フキが毎日欠かさず訓練を行っているのを見て、お姉ちゃんがやるなら私もやりたい、という実に子どもらしい理由で参加していたにすぎない。
しかし、遊びというもの、兎角、何かしらの勝負というものは、勝ったり負けたりするから面白いのであって、負け続けていて面白い訳がない。
そして、いつものように負けたノバラはフキのベッドに潜り込んで、フキに抱き着いたまま不貞腐れていた。
「……むぅぅ」
不機嫌そうなノバラをあやすように撫でてやると、一瞬だけ嬉しそうな顔をするが、また頬を膨らませる。
「何で、私、勝てないのー?」
「……お前、本当に勝とうと思っているのか?」
フキからしてすれば、ノバラはそれなりに真剣に取り組んではいるのだろうが、何とも覇気がなく、本当に遊んでいるだけのようにしか見えなかった。
リコリスの訓練は、幼い内は体力トレーニングを兼ねて、かけっこや鬼ごっこのような走ったり跳んだりとルールが分かりやすいものが多かった。……ただ、妨害をしても特段ルールに違反しない辺りが何とも殺伐としていたが。
「え~? 勝ちたいよ? 千束はあんなに簡単に勝っていたのに、私が勝てないの納得いかない!」
「それと比べるな。……そうだな、ノバラは何で勝てないと思う?」
「だって、皆ズルいんだもん」
ズルい? と聞き返すと、ノバラは今日あったことを報告するように話し出す。
「今日はねー、旗取りやったんだけどねー、砂かけられて目つぶしされてー、足ひっかけられてー、転んだー」
ちなみに旗取りはビーチフラッグのリコリス版である。通常一対一だが、変則的に二対二などで行うこともある。ノバラの言葉通りの妨害は許可されており、重傷を負うような妨害以外は特に止められもしない。
「……相手は後で、ちゃんと教えろよ? お姉ちゃんがやっつけとくから!」
明日は体術の訓練があるからな、とびっきり厳しくしてやるよ、とフキは昏く笑みを浮かべる。
「分かったー!」
まぁ、当のノバラは負けたこととズルされたという思いはあっても、それを恨んだりという様子がないのだが。
「なるほど。ノバラはそれをズルだと思ったんだな?」
フキにして見れば、それはルールの範疇内であるから、別にズルではない。ちっこいノバラ相手に大人げないとは思うが。
「うん。だって、千束はそんなことしなかったし、フキだってそんなことしないでしょ?」
「そりゃ、お前相手にするわけないだろ? しなくても勝てるし?」
「むぅ!」
千束は言うに及ばず、フキにしても今のノバラを相手に何かに負けるというのは難しい。ノバラには千束ほどの才能もなく、フキほどの積み重ねもない。
しかし、それは千束とフキだからであって、他の者もそうとは限らない。何故なら、フキと訓練をするようになってから、ノバラは少なくともフキと同程度の努力はしているからだ。
「だが、そいつらは、そうしなければ、お前に勝てないと思ったんだろ?」
実際、心が折れて惰性で訓練をしている者は、まもにやり合って、ノバラに確実に勝つことは難しいくらいには実力が伯仲してきているのだろう。
「ほほぅ!」
どうやら、『そうしなければ、お前に勝てない』というところが、ノバラに刺さったようだ。ノバラは感心したようにして頷きながら、笑みを浮かべている。
「それを踏まえて、お前はどうしたい?」
道は二つあった。
一つは、妨害などあってもなくても正面から叩き潰せるだけの力を得るため努力を続けること。
もしくは。
「勝ちたい!」
ノバラの今すぐにも勝ちたい、という想いがフキには伝わった。よって、フキが伝えてたのはもう一つの方だ。
なら、同じことをしてやれ。ルールで禁止されていないなら何でもやれ。そして、その上で努力は怠るな。
その言葉は今のノバラにも息づいているようだった。
「知ってると思うけど、私、ルールで禁止されていないなら何でもやるよ?」
「十分、昔のままだということは理解したよ」
「……ふふっ、フキの言葉だもんねぇ?」
「正直、もう一つの方を言うべきだったんだろうなぁ……」
そちらの方が正攻法ではあった。だが、きっとそれに時間を費やしただろうし、それだけで果たして今の高見にノバラが立つことができたかと言えば、微妙ではあった。
「ふーん……千束みたいに正面から叩き潰せって?」
「そういうことだな」
ノバラのスタイルはあくまで、闇に潜んだ影のように、相手を奇襲するのが最も理に適っている。
「んー……でも、それは私の戦い方ではないなぁ。私はねぇ、相手が油断しているところを思いっきり後ろから叩き潰したり、相手の苦手な分野で勝負したり、相手の考えを逆手にとってハメ殺したりする方が好きなんだよねぇ?」
にぃとノバラが笑う。
勝てないなら勝負しない。勝てるような勝負をする。負けそうなら勝てる舞台を整える。ノバラのそれは徹底していた。
先の一撃、フキは無理に動いたせいで、半ばほどで、銃を落としていたようだ。ノバラと向かい合っている現状、拾うタイミングはないだろう。
つまり、フキは分の悪いノバラとの体術勝負をせざるを得ない。
「……是非もない。来い」
フキがオーソドックスに構えたのに対し、ノバラはナイフを何処かに隠したまま、自然体を取る。
ノバラの動きそのものは、古武術で言うところの無拍子に近いだろう。
まったくの自然体から、予備動作がほとんどない状態で、あらゆる攻撃を放ってくる。元々は対千束用に訓練したものであろうが、やり過ぎたせいで、それだけで他のリコリスを圧倒するようになってしまった。
右の追い突きが雷光のような速度でフキに迫る。
フキが躱すと同時、その右腕は鎌のように軌道を変え、フキの奥襟を取ろうとする。しかし、その瞬間、ノバラは何かに気づいたように一歩後ろに下がった。
フキがノバラの動きに合わせ、左足を引いて身を躱すと同時、右手で逆手にナイフを取り、ノバラに切りつけようとしたからだ。
「まぁ、そうするよね。私もそうする」
「……気が合うな」
「そういうのも教えてくれたのは、お姉ちゃんだもんねぇ?」
フキが何もなく体術勝負を受ける訳がない、という信頼をノバラは持っていた。
千束に打ち勝つための努力と戦術を教え込んだのは、他ならぬフキである。技能の巧拙、戦術の好みはあるにしろ、ノバラとフキの考え方は似通っている。
「でも、今日『も』勝つのは私だよっ!」
「何度も無様を晒すかっ!今日『は』勝たせてもらう!」
互いに銀閃を閃かせ、赤い制服に身を包んだ姉妹が交錯した。