Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
爆音と閃光が一瞬だけ場を満たすと同時、すみれはスタートを切り、ノバラは気配を消した。
(フラッシュバン!? ……控室に下がったのは、それもか!?)
ノバラが何かを仕掛けてくることは予想していた。
だからこそ、千束はノバラの一挙手一投足を注視していたのだが、結果それが仇となった。
完全なノーモーションで投げられたそれが何なのか確認するために、千束はそれを見てしまっていた。激しい光で網膜が焼き付き、轟音で反射的に身が竦む。
ほんのわずかな硬直時間だが、それですみれには十分だった。
先に見た構えと異なり、すみれは左手だけを眼前に掲げるように突っ込んできていた。
「よいしょっと!」
目の前まで迫りつつあった、すみれを避けるように飛び込むようにして回転し、その途中からすみれのいるであろう辺りに銃弾を放つ。
だが、ただでさえ命中が悪いのに、適当に撃って、当たるハズもない。
しかし、すみれは、千束が元いた場所を通り過ぎて、あれ?という顔をした。
「千束ちゃ~ん! どこ~!?」
千束は思わず力が抜けそうになった。
(あんたも喰らってたの!? 作戦じゃないのかよ!?)
だが、チャンスでもあった。
早目に終わらせるためにも、ここですみれを仕留めておきたい。もう目も大丈夫そうだし。
千束が銃を撃ち始めると同時、すみれは弾かれたように動き出す。
「あは! 千束ちゃん、そこにいたの~!?」
ギラギラとした目をして笑いながら、走り寄ってくるすみれ。
幾つかの銃弾はすみれを捉えそうだったが、その内の幾つかはすみれの右拳が弾き飛ばした。周りには赤い染料が舞う。
(ノバラ~! すみれを興奮させるなって、これ無理だろ~!?)
千束はちょっと泣きそうになりながら、妹を呪った。
たきなは冷静だった。
開始前からたきなは利き目の右目を閉じ、左目のみで、ノバラの動きを見ていた。轟音と閃光の中、たきなはゆっくりと右目を開けた。ノバラが光で自分の姿を隠すように気配を消していく様子を感じとっていた。
(フラッシュバンは千束対策でしょう。普通、そんなもの持ち込めないんですが……なるほど、私達の試合も悪だくみの内の一つでしたか)
しかし、やはりというべきか、ノバラはこの機に乗じて、気配を消した。
音と光にはどうしても気を取られてしまうので、ノバラを見失ってしまうのは当然と言えば、当然なのだが、ここまで見事に気配を絶たれると、どこにいるかすら分からなくなって、極めて厄介だった。
だが、たきなには確信があった。
たきなは振り返ると同時、銃を抜き放つ。
はたして、そこにはナイフを手に取ったノバラの姿があった。
のばらはするりと銃弾を避けると、後ろに跳んでたきなとの距離を取った。
「どうして分かったの、たきな?」
「あなたが言ったことでしょう、ノバラ? 『油断した相手を後ろから叩く』。それに正面からでは気づく可能性がある。つまり、あなたが奇襲してくるのは基本的に背後のはずです」
「あは。それで私が側面から来たらどうするつもりだったのかな?」
楽しそうにしているノバラにたきなは怪訝そうな顔をする。
「……来る訳ないでしょう?」
たきな的にはそれが当たり前で、それ以上でもそれ以下でもない。理屈としては、選択肢として取り得ることは分かる。だが、同時にそんなことをする訳がないという忌避感がその可能性を打ち消す。だからこそ、たきなはノバラは後方に来るという選択肢に集中することができているのだ。
そんな様子のたきなにノバラは思わず苦笑する。
「たきなってさぁ、『論理的に』とか、『合理的に』とか、言う割には、結構、勘便りなんじゃない?」
「それに何か問題が?」
「無いよね! 私も同じだからさぁ!」
何となく考え方などが似ている。色んなことを考え、想定する割には、最終的に勘に従う。違いがあるとすれば、たきなは本能的に、ノバラは経験的にといったところか。
ノバラが距離を詰めてナイフで切りかかろうとすると、たきなは近づけまいとして銃撃する。
千束は闘牛士の気分だった。
突っ込んでくるすみれを直前でひらりと躱し、銃撃する。
大して効いていないすみれは、また突っ込んでくる。
問題はすみれは闘牛と違って、ただ真っすぐに突っ込んでくるだけじゃなく、千束が避けるであろう方向に突進と修正してくることだ。
(は~、心臓に悪い! 機械だけど!)
自分の避け易さを考慮して、広い場所を使っていたものの、すみれの突進を止めるためには、もうちょっと狭くて、障害物がある場所の方がよさそうだ、と考えた千束は、移動しながら、建物を背にした。
「い~~っくよ~~~ぉ!」
すみれが突っ込んでくる瞬間、千束は飛び上がると背後の壁を蹴り、空中で回転する。肩越しにすみれが千束を見て、ありゃよけられた、とのほほんとした笑みを浮かべたことに違和感が覚える。
通常、壁にぶつかると分かれば、止まろうと減速する。そして、すみれが壁にぶつかれば、隙だらけだ。また、この距離ならば、千束でも当たるはずだ。
だが、すみれはむしろ加速した。
千束に躱されたと理解した瞬間、自身の枷を解き放つ、本気を出しても千束が死なない状態なら、別に構わないという意識だった。
すみれは顔の前に腕を交差させると、思い切り地を蹴る。全力で壁にぶち当たった。
「どぉぉぉん!」
「うそぉん!?」
すみれは壁を吹き飛ばした。
いや、壁というよりは鋼板製の仕切りなのだが、すみれは重機のごとく壁をぶち抜いた。余波で他の部分もドンガラガシャンと崩れ落ちる。
『千束、修繕費はお前の手当から引いておく』
「理不尽!?」
楠木の言葉に千束は
「あちらは派手にやってますね」
「たきなも、もうちょっと面白いことしてもいいんだよ?」
「ノバラを近づけると厄介なので」
意外にもたきなとノバラは撃ち合いになっていた。
たきながS&W M&Pをウィーバースタンスで構えて撃っているのに対し、ノバラは何処で拾ってきたのか使い込まれた赤星を斜めに構えて撃っていた。
たきなが最小限の動きでノバラを狙っているのに対し、ノバラはたきなを中心に円を描くように動きながら、右へ左へと止まる様子を見せない。
(あの動き方で、あの狙い方は……当てる気がない? いや……)
ノバラは徐々に距離を詰めてきてはいるが、やろうと思えば、もっと強引に近寄ることができる。それをしないで、撃ち合いをしているのは、たきなの弾切れを待って、飛び込むつもりなのだろうか。
(ノバラが何を考えているか、分かりませんが。私にとっては、丁度良い実験です)
丁度、スライドが下がったまま戻らなくなり、仕掛け時と考えた二人の思考は一致した。
((今っ!))
ノバラが真っすぐたきなに向かってくるのに対し、たきなは左手でM1911を引き抜いた。
「
思わずぎょっとしたノバラが上体を反らして銃弾を避ける。
体勢が崩れた、と思ったたきなの思いとは裏腹に、ノバラは器用に体勢を立て直していた。
やはり、バランス感覚もそうだが、体幹の鍛え方が尋常ない。
重心が変にブレても、次の瞬間には、体重移動と筋力で無理矢理整えている。
たきなはノバラを撃ちながら、右手でマガジンをリリースして自重に任せて地面に落としつつ、器用に腰から新しいマガジンを引き抜いていた。そして、軽く頭を差し込むと逆手にするように勢い良く振りマガジンを装填する。
「対千束用に考えていたんですけど…………さて、ノバラはどうしますか?」
挑戦的な笑みを浮かべるたきなに、のばらはにやにやと笑みを浮かべる。
「ん~……二丁拳銃かぁ……それにしても、二つ目にM1911ってさぁ、狙ってやってるの? 千束に分からないように同じのを持ちたいって、たきな、や~らしか~」
「そ、そんなんじゃありませんっ!」
たきながM1911を選んだのは云わば無意識の産物だが、手に入れてからにまにまして上機嫌になったのは、まさにそれに気が付いたからだ。そんな心の内を読み取られて、『かわええのぉ』とノバラに揶揄われ、たきなは反射的に引き金を引く。
「ほんとぉ?」
にやにや笑顔のまま難なく銃弾を避けて、半ば煽るように確かめてくるノバラにたきなはイラッとする。
「ホントです!」
たきながそう言い切ると、ノバラは顔を俯かせると、左手でごそりと自らの腰の辺りをまさぐった。
「ふ~む……じゃあ、私も付き合うよ?」
顔を上げて、にぃと笑みを浮かべたノバラの左手には黒星が握られていた。
ノバラがほとんど見栄え重視で交差するように銃を構えるのに対し、たきなは、両目で照門と照星を捉えるように真っすぐ前に腕を上げて構える。
「それにしても、何で赤星と黒星なんですか?」
「いやぁ、私の現場だとよくその辺に転がってるからさぁ、何となく? どうせ近寄らないと当たんないし?」
軽口をたたきながらも、ノバラの適当な銃撃はそれでもたきなのいる辺りには飛んでくる。狙いをつけて撃っているのではなく、牽制になればいいや、と割り切った撃ち方であるせいで、当たりこそしないが、遮蔽物のない中ではたきなにはきつかった。
(だから、せいぜい踊ってください、ノバラ!)
たきなは撃ち方のリズムを変えていく。当てるために撃つのではなく、当たらせるために撃ちに行く。
千束もノバラも銃弾を見て避けている訳ではない。
千束は撃つという動作そのものを見切って、射線を読み切る。
ノバラは撃つというタイミングを見切って、射線から身を躱す。
似ているようで異なる二人の攻略法は結果として同じである。
避けるその先へ先に銃弾を撃ち込む。
二つの銃を操って、どう避けるかを考えて、避ける方向を限定し、その先を丁寧に潰していく。
一対一で武器が銃なら、完全な奇襲以外では、この方法以外考えられない。
「ふふん♪ いいね、燃えてきた!」
ノバラは自らが劣勢に立たされてなお、微笑みを絶やさなかった。