Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「…………マジか~…………」
千束は若干途方に暮れていた。
目の前には瓦礫の山。そこから時折折れた鉄管や破れた鋼板が飛んでくる。
正直、ひょいひょい飛んでくる重さではない。
そして、それらを投げて、瓦礫から脱出しようとしている下手人は、瓦礫に埋もれてなおピンピンしている様子だった。
(……未来から来た殺人機械かよ……)
パワーも頑丈さも正に人間離れしていた。
(だけど、あの子、やっぱり……頭部以外は何か着こんでる? パワードスーツ的な何か……って割にはバッテリーらしきものもないし、小型だとしても、稼働時間がおかしすぎる。無難なのは、耐刃耐弾耐衝撃のスーツってところかな? すると、あの子のパワーは自前ってことか……それに、楠木さんと言い、ノバラと言い、何かこの子を特別扱いしすぎじゃね? やっぱり、曰くつきか……? まったく、ノバラのアホめ……厄介なことに首突っ込んでんじゃないだろうな?)
ドゴンッと鋼板が蹴り上げられる。
すみれが頭上まで足を蹴り上げたままで残身していた。
その姿を見て、千束は思った。
……縞パン、か。
(いやいや、そこじゃねぇ!? つい観察しちゃったけど! しかし、思っていた以上にヤバい! 今の蹴り喰らったら普通に死ねるわ! しかも、綺麗な形しやがって!体術はノバラ仕込みだとは思っていたけど、ガチじゃん! え、じゃあ、なに!? このパワーで、突き蹴り投げ関節全部やってくんの!? ウソでしょっ!)
「千束ちゃん、お待たせ~。いや~思ってたよりも崩れちゃった。訓練用だからってもろすぎだよね~」
若干砂で汚れているが、すみれはぴかぴか笑顔だった。
何だろうね、全力全開で物壊すのが面白いのかもしれないね。絵面はそんなに可愛くないけど。
「……何故か私払いになってんだけど?」
すみれの悪びれない笑顔を見て、千束はため息をついた。
何と言うか、わんこがおいたして物壊しちゃって、愛想振っているのを見て仕方ないなぁってなるあの感じだ。
「え~? 千束ちゃん聞いてないの? 元々組んでない試合だったから、これにかかる費用はリコリコ、っていうか、千束ちゃん持ちだよ?」
きょとんとした様子のすみれに告げられる、衝撃の事実。
「…………何だと?」
試合している本人が初めて聞くとかどういうことなんだ。
「ってことにしておこうって、ノバラちゃんが言ってた!」
しかも仕組んだのは妹だった。
「……あいつのせいかよ!?」
「千束ちゃんは怒るだろうけど、たきなちゃんが絶対やりたいって言うから、結局、千束ちゃんが折れるから大丈夫だろうって!」
「そのとおりだよ!」
千束はちょっと顔を赤くした。
怒りもそうだが、ノバラに自分とたきなのパワーバランスを完全に把握されていることとか諸々計算づくでやられていることが恥ずかしくなったからだ。
(あとでぜぇったい泣かしてやるっ!)
千束はそう心の中で決意する。
瓦礫を蹴りつけながら、すみれが、平地まで下りてくると楽しそうに笑みを浮かべていた。
「さぁて。千束ちゃんは大体避けてくれるから、もうちょっと本気出してもいいよね?」
(良くねぇよ! 死ぬよ!)
「ほ~ん……すみれ、私に手加減だって? 先輩舐めんな」
内心とは裏腹に千束の口からは煽るような言葉が流れ出る。
すみれの『怖さ』は十二分に分かった。なるほど、これは確かに加減されていてなお、キツイ相手なのは確かだ。だが、仮に本気だったとして、千束は負ける気はない。妹の相棒だからとある程度力をセーブしていたのはこちらも同じなのだからお互い様だ。
「あはっ! そういうのスキっ! いいなぁ! 千束ちゃん! すみれ、そういうのダイスキだよっ! んふふふふっ!」
笑いながらすみれが構える。
先ほど突っ込んできたときと同様、眼前に左手を掲げて、足は大きく広げ、右手は腰だめに構えて引き絞られている。
普段から幼げな言葉遣いのすみれだが、一層子ども染みた言葉遣いになってけたけたと笑っている。
もし闘気が視覚化できるならすみれのそれは実に禍々しいものであっただろう。
しかし、見えないままでも肌がぴりぴりするようで、千束はツゥと頬から汗が流れ落ちるのを感じていた。
千束が銃を構え、汗が地面にぽたりと落ちると同時。
すみれが轟音を立てながら、地面を蹴った。
これまでとは、異なり真っすぐ突っ込んでくるのではなく、右に左にステップを踏む。
本来であれば、それは銃弾を避けるためのものであろうが、今回の意図は明確に千束を狙うという意志が見えていた。
(だけど、これなら避けられる!)
千束はぎりぎりですみれの左側に回り込むように避けようとする。
それに遅れて、ごぅっと大砲のようにすみれの右手が突き抜ける。
間一髪、と思っていた千束の体が後ろに流れる。
すみれの小指が制服に引っかかっていた。
皮肉にもリコリスの制服は丈夫に作られているので、それだけでは特に千切れるわけではない。わずかに引っかかったすみれの指は、千束の制服を限界まで引き延ばし、結果として、そのまま千束を投げ放った。
小指が一本服に引っかかった。たったそれだけだと言うのに、千束はまるで何かに衝突されたように錐揉みしながら、吹き飛んだ。
「づぁっ!」
何かにぶつかったわけでも、地面に叩きつけられたわけでもないことが救いか。何とか受け身も取れていた。
すぐ様体を起こすもすみれは既に突進を始めている。
(掠っただけで、これとか! どういうパワーしてんの!? 小指一つ、いや、小指の関節一つで、私をぶん投げたの!?)
形勢は不利だが、まだまだ逆転の目はある。
千束は覚悟を決めて銃を構えた。
戦意の途切れていない千束を見て、すみれは、まだまだ大丈夫そうだと思い、突進を開始する。
すみれが突っ込む、千束が避ける。
これがルーティンと化したこの戦いではあるが、千束は攻めの戦略に変えることにした。
千束はこれまで、すみれの体に銃弾を当てても無駄だからと、基本頭を狙っていた。だが、そのままでは当てることが難しいし、狙う方法が少ない。
だからすみれ自身の体勢を崩してしまえばいいと考えた。
千束はすみれが突進してくる最中、一歩を踏み出そうとしている膝を狙うことにした。千束の命中精度こそあれだが、すみれが千束のところまでくるには何度か射撃チャンスがある。
たまたま最初の一発に膝を押さえられるような形になったすみれにはダメージこそないが、つんのめるようにしながら止まった。
すみれはその痛みを感じていないのか、不思議そうな顔をするだけで、再び同じように構える。
(思ったとおり。さすがにこれはダメージはなくても、体勢は崩れるよね~)
千束はすみれの経験の少なさを見抜いた。
少なくとも、ノバラ以外で自身と鎬を削るような相手との戦いの経験は皆無と言っていいだろう。
ノバラ自身は小細工上等主義だが、すみれにはそこまでの戦闘の機微に対する感覚はない。
未知のこと、初めてのことに対応する経験が不足している。
故に、千束はそこに付けこむ。
決して才能だけではない、歴戦の経験が千束を支えていた。