Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「ふふん♪ いいね、燃えてきた!」
余裕そうな言葉とは裏腹にノバラにはほとんど余裕がなかった。
たきなの二丁拳銃は付け焼刃かと思いきや、対千束対策というだけあり、シチュエーション次第では確かに千束を倒し得る練度だった。
千束は一人がサブマシンガンを撃ってくる程度だったら、悠々と避けきるだろうが、二人同時にやられると途端にきつくなる。読み切れないのではない。避ける場所がなくなるからだ。
ノバラはと言うと、千束よりも条件が厳しい。ノバラは実際には数瞬とは言え、千束より早く動き始めている。同時それは、より先を想定しなければならないということであり、一対一ならまだしも複数相手となったときはパンクする。
その点、たきなの作戦は正鵠を得ていたと言えるだろう。
単純にばらまくのではなく、相手の避ける先を想定して撃ちこむというのは、射手が一人でありながら、同じ頭を持った二人を相手にするのと同じだ。
たきな自身まだ手探りなところはあるのだろうが、現時点では十分な完成度と言える。
だから、ノバラはまともに付き合わない。
赤星と黒星を撃っているのは、たきなの射撃タイミングをずらすためだ。いかにノバラが射撃センスが皆無だからと言っても、それなりに撃っていれば当たる。そして、たきなは向けられた銃口から身を避けることはできても、千束やノバラのように銃弾を避けることができる訳ではない。
結果、こちらを警戒しながら撃ち続けなければならない。
避けるノバラと当たらないたきな。
千日手に見えるこの状況にノバラは一石を投じる。
「いってらっしゃい!」
ノバラは弾切れになる前に、赤星と黒星をたきなに投げつけた。
派手に撃ち合いをしていたのに、銃を手放す訳がない、という先入観がたきなの脳を一瞬硬直させ、次の瞬間には対応を考え始める。
銃弾で撃ち落とすか、それとも飛んできたものを手で払いのけるか。
たきなであれば、銃で撃ち落とすことは容易い。
だが、銃をそのまま撃ったとすれば、暴発の危険性もある。そして、ノバラから見れば、弾数を一発ずつ消費されるというメリットもある。
手で払いのけようとするのは一見するとリスクは少ないように見える。だが、払いのける一瞬はどうしてもノバラから意識が逸れる。
双方のリスクを比較衡量し、たきなが選んだのは後者であった。
(たきななら、そうすると思ったよ!)
「…………っ!」
たきなは煩わしそうに左手でまとめて飛んできた銃を払いのけ、そして、地面には何かが転がっているのに気づいた。
(また、フラッシュバン!? ……いや、これは、スモークグレネード!?)
さすがに催涙ガスではないようであったが、ノバラの姿を隠すには十分だった。ノバラが動いていれば、煙の動きで動いた方向が分かる可能性もあったが、煙がまったくぶれていない。
(……何処に?)
たきなの周囲はうっすらという程度に煙に覆われていたが、覆い隠すほどではない。この状態であれば、たきなは来れば分かると思っていたが、まず意識の中から排除されたのは背後だった。
通常であれば、背後を最も警戒するだろうし、たきな自身も無意識下では警戒している。だが、ノバラの性格上、二番煎じは行ってこないだろうという判断が真っ先に背後からの強襲という選択肢を消した。
そうすれば、次に警戒するのは、側面ということになるのだが。
たきなは、側面を警戒せずに後ろに跳んだ。
そしてさらに顔を逸らすようにして、真下から突き上げてくるようなノバラのナイフによる刺突を避けた。前髪の何本かははらりと切り裂かれる。
次いでノバラの左逆手に持ったナイフの切り上げるが、たきなそれをは右の銃床で受け止める。続けてノバラが右手を振るうも、たきなは同様に今度は左の銃床で受け止める。
「何で分かったの!?」
「煙が動かなかったからですよ! 右にも左にも動かず、あなたは地に伏せた! ……んでしょう!?」
たきなが膠着状態から、鋭い前蹴りを放つとノバラは当たるか当たらないかのところでふわりと後ろに下がった。
「でも、どうするの、たきな!? ここは私の間合いだよ!?」
ノバラがそう言ってナイフを構えようとしたその寸前、たきなは逆に間合いを詰めた。
顔面を殴りつけるように突き出した右の銃口を今度はノバラが受け止めるが、たきなはそのまま銃を撃つ、ノバラが首を傾けてそれを避けて見せるが、次の瞬間には、たきなの右上段回し蹴りを放つ。
慌てたようにノバラがしゃがんで躱すが、たきなは続けて回りながらしゃがむようにしながら、左足でノバラの足を払おうとする。
たまらずノバラが後ろに跳ぶが、たきなもすかさず前に進む。
そして、銃を構えようとしたたきなとナイフを振ろうとしたノバラは、それぞれ用心金とナイフの刃で鍔迫り合いをする形となった。
ガチッという、金属音と、ギリッという互いの歯を食いしばった音が聞こえる。
「やるじゃん! たきなぁ!っ!」
「私は体術でも負けませんっ!っ!」
膂力という意味ではたきなが、技術という意味ではノバラがそれぞれ上回り、結果として、状況は拮抗した。
ノバラは内心で舌を巻いていた。
たきなが優秀なリコリスであることは承知していたが、その射撃技能に目が行きがちで、近接戦でここまで喰らいついてくるとは正直思っていなかった。
スモークグレネードの後、真下からの奇襲というのは、たきなの勘の良さから読まれるであろうことは想像していたが、その後、自分から間合いを詰めてくるというのは、想定の中では可能性の低い部類だった。
たきながそのまま間合いを広げてくれれば、その時点で詰むこともできたのに、たきなは本能的になのか最もノバラの嫌な戦い方をしてきていた。
(それでこそ、千束の相棒!)
ノバラが記録を見る限り、たきなは先の延空木事件、少しでも選択を誤っていれば、自らの命を落としていたことはもとより、千束をも失う結果となっていただろうと考える。
そうならなかったのは、もちろん千束自身の力も大きいが、たきなの勘の良さ、諦めの悪さと言った勝負強さがあったからだろう。
千束のしぶとさはノバラの知るところではあるが、意外と諦めの良いところがあるあの姉は、誰かを助けるためにいとも簡単に自分の命を諦めそうな危うさがある。
それを支えていてくれるのが、このたきなという相棒なのだろうとノバラは改めて思う。
何故自分ではないのかという悔しさとも寂しさとも嫉妬とも取れる感情がノバラ自身の中にはあるが、それ以上にたきながいてくれて良かったと思う気持ちが強かった。
たきなは千束を羽ばたかせる『翼』であると同時、現世に繋ぎとめる『錨』でもあるのだと思った。
たきながいてくれて嬉しい。
…………でも、やっぱり、悔しいから負けてあげない!
鍔迫り合いの最中、左側の力を弱めるとともに、たきなの腕を受け流し、更に体勢が崩れて前に出たたきな右足の後ろに自らの左足を置くとくるりと回らりながら、背中合わせのほうな形になりながら、背面でたきなを押し出す。
ととっ、とたきなが前に重心を崩し、こちらを向くころには、先ほどの蹴りのお返しとばかりにノバラの右足が、たきなの左手にあったM1911を蹴り上げる。おまけとばかりに左後ろ回し蹴りがたきなの胴を捉える。
「ぐっ……」
寸前で真後ろに跳んで威力を殺したたきなであったが、息がつまるような感覚と体の痛みですぐには立てない。
ノバラがたきなに差し出すように手を出すと、そこには、蹴り上げたはずのM1911が落ちてくる。
「
計算どおりとばかりに。ノバラは笑みを浮かべる。
倒れた状態のたきなが銃を構えて撃つよりも、十分に近づいたノバラの銃の方が先に当たる。
これで詰みだ、とノバラはたきなに銃口を向けた。