Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「任務は失敗だ」
えぇ~……とノバラは内心で嘆息した。
だから、自分の方で取り置きするかって提案したのに!
「承服致しかねます」
薄暗い司令部の中で、ノバラはぶすくれた。
納得できるわけもない。
すみれに任せれば「ああなるであろう」ことは容易に想像がつく。それでも対応可能だ、と信頼されていたのかもしれないが、それはそれ。現場としては安全マージンを取るのが当たり前だし、最悪を想定しておくことは指示を出す方としては当然の義務である。
その義務を果たしていないのに、一方的に責められるいわれはない。
「仕方ないだろう。すみれはお前の相棒だ」
短めの髪に白衣を着た楓司令は、淡々とそう言った。司令官というよりは研究者めいている彼女は、その不健康そうな顔に不思議な色気がある。いや、それは全体てきにちんまい印象を受ける彼女(と言っても、さすがにノバラよりは大きいのだが)のごく一部分の成長が甚だしいせいかもしれない。嗚呼、胸囲の格差社会よ無情なり。
「連帯責任は甘んじて受けますけど、今回のは違くないですか?」
ノバラとしては、すみれが「ちょっとした失敗」をしたり「やり過ぎる」ことは想定して、任務に従事している。
通常であれば、ノバラの判断で「取り置く」ことも許されるだろう。
だが、今回は、DA仙台支部の誇るスーパーコンピューター、次世代AIを搭載した『デイジー』の指示と明言された。正直、それは司令の「あれやっとけ」というざっくりとした指示より、当然に優先されるべき事案である。それを忠実に守って、「ちょっとのミス」で失敗扱い?ありえないだろう。
「デイジーの計算ミスだと大っぴらにするか? デイジーは試作機だが、DAの中では最新鋭機だ。ラジアータのクラックの件よりバッシングがくるぞ」
「それはデイジーと司令の問題でしょう?」
「現場のミスというのと指示自体のミスだったら、前者を取るだろう?主に私のために」
楓司令は実に清々しい笑顔をしていた。マジかこの女……。
「さらっと下種なこと言いましたね……」
ノバラの眉も口元もぴくぴくとひきつっていることだろう。
不思議なことに怒りって、一定ラインを超えるとむしろ笑えてくるよね。
うふふ。
「デイジー! お前の見解は?」
楓司令は苦笑した様子で、傍らのディスプレイに呼びかけた。
ぴろん♩という音とともに、画面には金髪をツインテールにした二頭身の2Dキャラが表示される。服装はデフォルメされた特殊作戦群のリコリス制服だ。目を瞑ってお澄まし顔だが、きっとドジっ子属性に違いない。
『すみれが失敗することも想定のとおりです』
『デイジー』は平然とそう答えた。
思わずノバラはジト目になる。
「……任務失敗になるのに?」
『そ、想定どおりです』
画面のキャラはお澄まし顔を続けているが、汗をかいている。
AIぇ…………。
「司令、AIがどもりましたよ。これホントに中に誰か入ってるんじゃないですか」
AIデイジーには中の人がいる説。DA仙台支部でデイジーから直接指示を受ける指揮官クラスにはまことしやかに流れる噂である。発信源はノバラだが。
『中の人などいません』
画面上には「NO!」と表示され、デイジーは胸の前で両手交差させてバッテン、ツインテールはピコピコ動いている。かわええ。
ノバラはこれまでの付き合いから、『想定どおり』と宣うデイジーの言はまんざら嘘ではないものの、本当の想定通りではないな、と直感する。
高性能AIと言っても、実用化されてそれほど時間は経っていない。当然に欠陥もあるだろう。
大筋は想定通りと言えども、ちょっと機械としてあり得ないよね、という素っ頓狂な間違いをするのが『デイジー』である。
意図的に、なのか、乱数的に、なのかは専門家ではないノバラにはよく分からないが、致命的ではないが、本筋からそれる失敗をいくらか組み込んでいる節があるのだ。
そこから察するにこれは、「すみれが何かやらかす」のは、デイジーの中でも想定内であり、ノバラによるそのフォローは少なくとも事後的になるだろうとの読みだったのではないか。つまりは、これは「すみれに失敗をさせ」かつ「ノバラには連帯責任を」という既定路線だったはずだ。
こんなことを考えるAI。普通に考えたら何世代先の代物なんだって、話になる。正直、ポンコツ金髪幼女が中に入っている確率の方が高そうではある。
「デイジーさぁ……ちょっと無理があるんじゃない?」
『AIだって失敗します! だってプログラムだもん!』
デイジーのアバターはバンバンと机をたたき、次には口元に手を当てて、目をウルウルとさせる。
「いや、そんな「女の子だもん!」みたいな言い方されても……」
横で楓司令が「古っ!」とか口に出している。
こう言ったジョークとかを聞くとますますAIらしくない。
『経験値が足りないんです! トライ・アンド・エラーの回数が少ないんです! インプットが足りなければ、アウトプットだって足りないに決まってるじゃないですか! だから、もっと、もっと、もぉぉっと、私に色んなシチュエーションを!』
デイジーの服はいつの間にか軍服のような服に代わっていた。何なら演台見たいなのに上って、両手を広げて、画面上には紙吹雪が舞っている。
「……っていう体なのね?」
まとめるとデイジーは別に失敗しても大したことにならんだろうとすみれに作戦中、外の敵勢力の排除を命じた。ただし、一応証言を取れるかもしれないから、残せるなら一人くらい残す予定で。だが、これは残ったら、重要証言を取れる者を殺害したとして、全滅したら、指示を逸脱したとして、何らかのペナルティを課すつもりだった。
一方でノバラは難なく作戦を遂行するだろうから、すみれに失敗させることを前提に、敵性勢力は殲滅を命じた。
これらの結果から、ペナルティという体裁で、何らか依頼があるということだろう。
『そうです。具体的にはすみれにはもっと手加減というものを覚えて欲しいです』
なるほど、それは今回に限らず、必要なことだろう。
「…………私は?」
すみれの付き添い以外の意味って何かある?
そう聞いたつもりだったのだが。
『ノバラはもっと牛乳でも飲んだ方がいいです。体形には遺伝的要素が重要ではありますが、栄養学的には、ビタミン、ミネラル、タンパク質などをバランスよく摂らないとちゃんと成長しません。分かりましたか、ちびっこひんぬー』
何か身体的特徴を思い切りバカにされた。身長と胸のせいで、未だに小学生と間違えられかねんのだ。これは正しくノバラの逆鱗である。
「さぁて、中の人はどこかなー? いなくてもいいや、本体燃やしてやろー」
ノバラは鼻歌を歌い始めて、ニヤニヤとデイジーのアバタ―を見る。
はわわ、がくがくぶるぶるとデイジーが慌てふためく。
『Wait! Wait a minute! AIジョークじゃないですか! HAHAHAHA!』
「ちっとも面白くないのよ、このポンコツ!」
これが人だったもう殴っているだろう。何ならAIでも殴りたい。
『えー、ノバラの怒りは理解しましたが、これは決定事項なので。というか長期的に観測している『お姉さま』の指示なのでー。下位の私は逆らえないんでー』
とここでまた新事実。各支部のスーパーコンピューターはそれぞれコンセプトは違うものの姉妹機を通じて作戦指示が来ることもある。
本部のラジアータは長期的な視点での犯罪抑止を目的としており、デイジーの突飛すぎる発想よりは確度が高い。特に改修して以降はデイジー程とは言わないが、作戦に柔軟性が出てきたと専らの噂だ。
しかし、ラジアータがデイジーに、というか仙台市部に話を持ってくると言うのは、これまでに一度もない。
……いや、旧電波塔事件の時に支援要請はあったのか?直近の事件でも大きな事件はあったが、どっちもそれなりの事件を対応していたので、結局救援には行けていないが。
「……ラジアータが?」
『正しくは、ラジアータ『も』です』
デイジーが『お姉さま』言えば、真っ先に思いつくのはラジアータだが、そもそもこの子は末っ子だ。各支部のAIの開発コンセプトは違うとは言え、凶悪犯罪の未然防止(あるいは抑止)を最大目標としていることは間違いない。それが今回の失敗に関わっているという。
「それはまたきな臭いわね。デイジー、想定は?」
ノバラの問に、デイジーは急に無表情になると、すらすらとその想定と検討結果を話し始める。
『当機の想定は、四、三二〇時間以内に電波塔事件あるいは延空木事件と同レベルのテロないし暴動が起こるものとします。この場合、本部のみでの対処は不可能判定です。各支部のファーストを投入を検討します……エラーエラーエラー……パターンが不足しています。パターンが不足しています。各リコリスのパーソナルデータを入力してください。敵性勢力の脅威度を修正してください。戦力修正を行います。DA仙台支部から本部救援に係る適正戦力を検索します。最上ノバラと伊達すみれが最良と判断します。最上ノバラと伊達すみれの追加投入を検討します……『当該作戦前に、伊達すみれの損耗が推定されます。戦力が不足しています』。新たな作戦を立案してください。新たな作戦を立案してください。伊達すみれの成長度と損耗度を修正して検討します……エラーエラーエラー……伊達すみれの成長度は情緒の完成度に左右されるため、現在計算できません。現状戦闘力でのみ検討可能です。通常作戦時の伊達すみれの損耗予定は、一〇、〇〇〇時間と推定されます。特殊作戦群任務従事の場合、二、〇〇〇時間以内での損耗を予測します。対処してください。対処してください。伊達すみれに対する最上ノバラを同行させた場合の作戦遂行状況から再計算します。同作戦従事において、四、〇〇〇時間以内に損耗を予測します。対処してください。対処してください。当該作戦遂行に伊達すみれの生存条件を前提に変更します……エラーエラーエラー……伊達すみれの生存条件を満たすことができません。救援戦力拡張を想定します。DA仙台支部及び本部近隣の支部から本部救援に係る適正戦力を検索します。想定事案対処成功率五〇%以上の場合、該当戦力は、錦木千束、最上ノバラ及び伊達すみれが必須条件です。伊達すみれに係る損耗予測を錦木千束及び最上ノバラの同行による作戦遂行で再計算します。『計測できません』。リコリスの標準稼働時間を越えました。伊達すみれの損耗予測を修正します。想定事案対処成功率は規定値を超えました。想定を終了します。錦木千束の現在所属を確認します。DA本部直轄支部喫茶リコリコと判明しました。同部署は非DAの民間依頼のほか、DAの非殺傷任務を主としています。同支部での伊達すみれの作戦従事の場合、通常作戦遂行時の最大一/二での負荷軽減が見込まれます。以上の結果から、最上ノバラ及び伊達すみれの両名をDA直轄支部喫茶リコリコへ出向させることが最良と判断します。当機の想定計算結果は以上です』