Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
次回は打ち上げ回的な幕間かな?
ノバラに蹴り飛ばされ、地に倒れたたきなが起き上がろうとしたときに見たのは、まるで自分に手を差し伸べているようなノバラの手の平に、空から降ってきた自分のM1911が吸い込まれるように収まった瞬間だった。
「
ノバラの言葉は神への感謝を述べるものであったが、たきなはそれが偶然ではなく、ノバラが計算した通りなのだと悟った。
少なくとも、たきなの銃を蹴り上げ、たきなを蹴り飛ばして、たきなが起き上がる瞬間に銃をキャッチできるようにするというのは。
千束はノバラの身体能力は高くないと言っていた。
外で見ていれば、十分すぎる程に強く見えたが、確かに実際ヤり合ってみると、なるほど、確かにその身体能力は高くはない。
だが、それ以上に駆け引きの上手さや技術力が桁違いだった。
鍛え上げていることは手を見れば十分分かっていたが、体重差のある相手を真向から相手をして一切押し負けない。それは相手の呼吸、間、初動を上手く見切っているからこそできることだ。
ノバラは今回あえて千束と同じような戦い方をしていたのであろうが、それを抜きにしてもその強さを理解できた。
純粋な体術勝負であれば、たきなの知るリコリスの誰よりも強い。そして、その強さは才能などではなく、ただただ愚直なまでの努力の結晶だった。それ故に、ちょっとした揺さぶり程度では揺さぶることは適わなかった。
これは負けたな、とたきなは思っていた。
無論、勝負が着くまで、勝利を諦めるつもりなど毛頭なかったが、現時点でたきなは完全に詰んだ。
ノバラが既に銃口をこちらに向けているのに対し、自分はまだ構えることすらできていない。
ノバラが引き金を引きさえすれば、この勝負は決着が着く。
……ただし、それは一対一ならば、の話である。
パンパン、と乾いた音が二度。
その内の一つが、ノバラから銃を奪い去った。
「たきな!」
その声とほぼ同時にたきなは反射的にS&W M&Pをノバラに向けて、そして、その引き金を引き絞った。
パンと言う音ともに、ノバラが少しだけ体を揺らす。
「……ありゃ?」
「……え?」
拍子抜けするほどあっさりと銃弾はノバラの胸に吸い込まれた。
「あ~……すみれが先にヤられちゃったか。さすが千束。……普段なら二発でなんて当てられないくせに、こういうときはやたらと当ててくるんだもん。英雄気質というか、神懸ってるというか」
運命に愛されているんだよね、とノバラはポツリとこぼした。
にこりと微笑んだノバラがたきなに手を差し出す。
「
「……
たきなはノバラに言葉を返しながら、彼女の手を取る。
くっと引っ張られて立ち上がったたきなはまだ半信半疑の表情だったが、そんなたきなに満面の笑顔をしたノバラが抱き着く。
「
たきなはぽかぽかと温かいノバラの体温を感じながら、抱き返して、ゆっくりと髪を撫でる。
「……ありがとうございました、ノバラ」
「こちらこそ、楽しかったよたきな! でも、次は負けないから!」
「私こそ、次は負けませんよ!」
たきなとノバラは互いに手をつなぎながら微笑み合った。
「あ~……ん~……いい雰囲気になってるところ、悪いんだけど、お二人さん」
千束は躊躇しながらも、二人に向かって声をかけた。
「え~……千束、余韻にくらい浸らせてよぉ。情緒ってもんがないの?」
案の定、ノバラがぶーを垂れるが、千束は顔を引きつらせながら、その惨状を指さした。
「あれ見てみ?」
ノバラは何となくは分かっていたものの、改めてその惨状を見て、思わず顔を覆った。
「……
「そんで、ノバラ? これの修繕費が私持ちって、どういうことだ? ん? 言うてみ?」
にこやかだが明らかに怒りの表情をしている千束にノバラはきょとんとした顔をした。
「え、妹のやらかしをフォローするのは姉の役割でしょ?」
当然、とばかりの言葉に千束はにやりと笑った。
「盛大なブーメランだな! じゃあ、お前が払え☆」
そう言われて、初めて気づく。
ノバラは普段から周りのリコリスに妹扱いされてきていたから、基本甘えるが、すみれは数少ない例外でノバラの妹分であることに。
つまり、すみれのやらかしのフォローをするのは、ノバラになるわけで。
「…………あああああっ!? そうなるのっ!? しまったぁ! 余計なこと言ったぁ!」
余計なことを言わずにそういう契約で模擬戦を受けたと言えば、千束はぐぬぬと言いながら、渋々支払ってくれたのだろうが、これは完全にノバラが墓穴を掘った。
…………だが、ノバラにはまだ最終兵器がある。
「……たきなぁ♡」
ノバラはたきなの腕にしな垂れかかってきゅっと掴むと、うるうるとした瞳を覗かせながら、恥ずかしそうにたきなを見上げる。
くらりとたきなは眩暈にも似た感覚を覚える。
ノバラが潤んだ瞳でおねだりをしている、それだけでたきなの脳みそは沸騰した。
「……千束」
きゅぴーんと目を光らせたたきなが千束を見る。
その目が雄弁に語る。
『まさか、こんなに可愛いノバラに払わせるとか、本気で言っていないでしょうね?』、と。
「それは卑怯だるぉ!?」
まさかの相棒の裏切りに、千束はがびーんという驚愕の表情になる。
「でも、ノバラも千束を困らせてはいけません」
そう言いながら、たきなはノバラにふっと微笑んだ。ノバラもそれに分かってるよ、とばかりに笑顔を返す。
「は~い。たきなお姉ちゃん!」
素直に返事をしたノバラを優しく撫でながら、たきなは言葉を続ける。
「ですので千束、可能な限り私たちで折半です。千束と私はノバラの姉として、ノバラはすみれの姉として」
「まっ、しゃ~ね~な!」
千束はそう言いながら、たきなとノバラをまとめて抱きしめる。
「わっ、千束、苦しい!」
ノバラが抗議するが、それでも同じように抱き返し、たきなも同じようにした。
そして、誰ともなく笑い声をあげる。
「にひひっ」
「あははっ」
「ふふふっ」
勝負がついて、三人は笑い合った。
闇の中に引きずり込まれるよう感覚から、すみれはようやく抜け出して、気持ちの悪い感覚を振り払うようにして、飛び起きた。
どうやらベッドの上であるらしいこと、そして何となく香る薬の匂いで医務室か何かだろうと推測する。
「起きたか、すみれ」
傍らではすみれに何か処置をしていたらしい楓が立っていた。
「……しれぇ」
「相変わらず、丈夫な体だ。非殺傷弾とは言え、綺麗に当てられたな。脳震盪を起こしていたようだ。それ以外に外傷はない。今日はあとはゆっくり過ごすんだな」
「……うん」
明らかにしょぼけている様子に楓は苦笑した。
「随分、落ち込んでいるな」
制限のある状態ですみれが千束に勝てる確率はそれほど高くはなかった。戦力分析が予めできていれば、当然と分かるのだろうが、すみれにはそういったことができる経験もなく、まともな敗北は初めてだろう。
「……私、負けちゃったなぁって」
すみれは始める前は勝てると思っていた。
だが、戦っている最中に千束が怖くなって、そして、負けた。
悔しいと思いは当然ある。だが、それよりも先に来るのは罪悪感だった。
「千束は現役最強の、いや歴代最強のリコリスだ。お前程度の経験であそこまで食い下がったんだ。大健闘だろうよ」
楓はそう褒めてくれるが、すみれが考えるに、あの模擬試合は負けたと思っていた。すみれだけではなく、ノバラも。決着を見るまでもなく、すみれが敗北した時点で経過はどうあれ、勝負に負けるであろうことはノバラに言われていたからだ。だからこそ、すみれはますますしょんぼりする。
「……でも、ノバラちゃんにごめんなさいしなくちゃ」
「アイツがそんなことを気にするタマか? すみれはいつもとおりにしていたらいい」
「うん……ノバラちゃんに嫌われないかな?」
自分のせいで負けた。ノバラに恥をかかせた。ノバラに迷惑をかけた。そんな負の感情がすみれを不安にする。
「断言するが、ノバラがお前を嫌うことなんかある訳ない」
「そう……なの?」
「アレは、ああ見えて情が深い。自分では分かっていないだろうが。だから、気にするな、とは言わないが、お前が引いてはだめだ。いつも通りに振り回してやるくらいで丁度いい」
お前たちの関係はそんなに薄っぺらくないだろう、と確認するように楓に言われて、すみれはこくこくと頷いた。
「うん……うん! そうだね! ノバラちゃんたちは!?」
合点が言ったとばかりにすみれはちょっと興奮するが、すぐにぐらりと体が揺れる。
「直にここに来る。ゆっくり休んでいろ」
すみれの体を支えた楓はゆっくりとすみれをベッドに寝かせる。
「うん……まだ、ちょっと眠いから、しれぇ、そこにいてね……」
「ああ……ゆっくりお休み」
とろんとした様子のすみれを見ながら、楓は愛おしいものに触れるようにそっとすみれの頭を撫でていた。