Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
お腹いっぱいになったすみれは座敷の上で、座布団を枕にしてすぴ~すぴ~と眠っていた。
滅多にノバラや楓以外の人と話すことのないすみれは同年代の少女達と自身の人見知り加減を忘れ、はしゃいでいた。よって、本人の気づいていないストレスがどっと訪れた、という感じだろうか。まるで電池が切れたように眠りこけている。
邪気のない眠り顔にたきなは少し笑みを浮かべると、すみれを起こさないようにそっとお皿を重ねてカウンターに持っていく。
厨房の中では、千束とノバラが並んで洗い物をしている。
千束がお皿などを洗って、ノバラが布巾で拭く。
リコリコではクルミくらしか使い手のいない台の上にノバラが乗って作業している姿は、幼い子どもが背伸びをしているような感じで微笑ましい。
「ほれ」
「あいあい」
千束が洗い流したお皿を雑にノバラの方に放り投げると、ノバラが飛んできたお皿を布巾でするりと受け止めながら皿を拭いて、バンランスの効かなさそうな台の上でも、軽く飛び跳ねるようにして、上の方にある戸棚に片づけたりしている。そんな姿は何とも二人らしいが。
「たきな~、他のお皿は・・・」
洗う物がなくなった千束が、カウンターの方にやってきたたきなに声をかけたが、たきなは唇の前に指を立てて静かにするよう一生懸命ジェスチャーをする。
「ありゃ・・・」
「たはは・・・」
千束とノバラはたきなが何故そんなことをしているのか、原因が見えたので思わず苦笑した。
「すぴ~・・・ぴゅるる・・・くぴ~・・・ふしゅるる・・・」
大の字になって眠っているすみれが何とも無防備に寝入っており大変可愛らしい。寝息が変な音をたてているのもまた笑いを誘う。
「・・・うたた寝くらいだったのが、完全爆睡モードに・・・」
「ま、はしゃいでいたみたいだし、しゃーないな」
頬に手を当てて、呆れた様子のノバラと優しい笑みを浮かべる千束。すみれを起こさないようにするためか、囁くような声であった。
「お皿はこれで全部です」
「んじゃ、ちゃっちゃと洗うか」
「すみれが起きるまでまったりしよー」
言葉のとおりの連携プレーでササっと三人で片づける。
ふぅとたきなが息をついて、カウンターに座ると、その隣には微笑みながら千束が座った。
コトリと目の前に大き目のマグカップが置かれる。
「お疲れ、たきな」
「ありがとうございます」
「私は持ってきただけ。淹れたのはあの子」
厨房の中では、ノバラが自分の分をまだ注いでいる様子だった。
たきながそれを一口口に含むとじんわりと甘味が広がる。
「ココアですね」
「コーヒーはたらふく飲んだからな」
同じように千束もカップを傾ける。
口に含めば、ココア独特の香りが広がり、牛乳のまろやかさを感じる。砂糖の甘さは甘すぎず丁度良い。飲み終わりに少し喉があったかくなるような感じと鼻に抜けるような香りは、ラム酒でも垂らしたのだろうか。単に温めた牛乳を注いだだけではない感じが何とも心憎い。
「おつかれさまー」
にぱっと笑顔のノバラが身を寄せるようにしてたきなの隣に座る。
「おー、ご苦労さん。先にやってるぜぃ」
飲み屋で出来上がっている近所のおっさんのような千束の言葉にたきなは思わず苦笑する。
「先にいただいています、ノバラ。とってもおいしいです」
「ありがとう!」
ぱぁっと輝くようなノバラの笑顔を見ると、たきなも嬉しくなってしまう。
「料理もおいしかったですよ。相当練習したんじゃないですか?」
「そう?でも、結局、料理って毎日するものだし」
練習ってほどのものでもないよ、とはてな顔のノバラ。
面倒臭がりの誰かさんとは違うな、とたきなはジト目で千束を見やる。
「・・・だ、そうですが。ズボラな千束さん?」
じゃんけんでズルして、家事全部やらせたこと、まだ根に持ってるのか、と千束は痛い所突かれたとばかりに苦笑気味だった。
「・・・コイツがマメ過ぎるんだよー。でも、旨かったぞー」
「んふふっ♪千束に褒められたぁ、めっずらしい」
きゃっと頬を軽く抑えるようにしながら、ノバラは顔を赤らめる。
「ノバラがすみれのご飯も作ってるんですか?何と言うか、すみれは千束みたいなお子様舌かと思ってたんですが、コーヒーもブラックでしたし、ちゃんと味わっているような感じがしたので」
「おーい、誰がお子様舌だ」
「千束はジャンキーな物食べすぎなんだよ。ピザとか、ハンバーガーとか。甘い物だとドーナツとか、パンケーキとか?もっと先生の作る和菓子をちゃんと味わうべきだと思うよ?んー・・・すみれのご飯は、週3・・いや週4くらい?一緒に住んでるけど、私、結構忙しいし」
リコリス棟と同じような共同生活をしていると考えたら、多すぎるような、と思うたきなであったが、ノバラがちょっと申し訳なさそうにしている様子から、本当はもっと作ってあげたいのだろうな、とも思う。
「ご飯に塩かけて料理とか言っていたヤツが、ちょっと料理作れるようになるとこれだもんなー」
「仕方ないじゃん。昔は何か肉も野菜もおいしく感じなかったんだからさー」
千束が揶揄うように言うと、ノバラはぷぅっと頬を膨らませた。
「・・・どういうことです?」
それにしても、見事に料理をして見せたノバラがご飯に塩だけとか、あまり想像できず、さらには、肉も野菜もおいしくないというのは、たきなには理解できずに、思わず聞き返してしまった。
「コイツ、偏食すぎて、白飯くらいしか食わんかったのよ。大変だったなぁ・・・ガキんちょの癖に栄養はサプリで摂れるからいいやって達観してやがったから」
ああ、それは何か分かるな、とたきなは変に納得した。自分を顧みてもゼリー飲料で済ませたり、お腹に溜まればあるいはカロリーが摂れていればいいやというときがままある。そんな共通点があることを発見して、少しだけたきなは面白いと思った。
「はぁ、それはまた・・・しかし、そんな状態から何で料理を?」
しかし、そこまで食に興味がなければ、料理をしようとなんて思わなそうなものだが、ノバラの料理の腕はリコリスとしての最低限の限度ははるかに超えているから、たきなはちょっと不思議に思う。
「当時、千束が何とか私に野菜とか食べさせようとして、下っ手くそな料理作ってくれてたんだよねぇ?」
千束は恥ずかしい記憶を思い出したようで、ちょっとだけ、顔を赤くしている。
「そんときは私だって料理したことなかったんだよ」
「分かってるよ?でも、だから、嫌いな野菜でも我慢して食べたんだよ?・・・千束が一生懸命作ってくれたから、味わって食べなきゃ、大事に食べなきゃ、って思ってさ。そんな風にしてたら、これってどうやってできてるのかなー、どうやったらおいしくできるかなーって考えるようになって。札幌に行く頃には、一人暮らししても困らない程度には料理もできるようになってた」
クスクスと感慨深げに微笑んでいるノバラの様子がたきなにはとても可愛らしく思えた。
「仙台の前は札幌だったんですか?」
「そうそう!仙台に来てから、2年くらい?すみれと住むようになったのはそれからだね」
おや、とたきなは思う。
すみれとノバラの親密度からすれば、それこそ千束とフキと同じくらいの付き合いでもおかしくなさそうものだが。
「・・・もっと長いのかと思いましたが?」
「ん?あー、ごめん、紛らわしかったね。すみれとの付き合いは、そうだなー・・・5年くらい前になるのかな。まだファーストになったばかりの頃だったと思うけど」
ぽつぽつとノバラがすみれとの出会いを話し始めた。