Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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過去回想です。
今のところ、5年前という設定ですが、あとで直すかもです。


45 Monster dog

 ノバラに与えられた任務は、別件から明らかとなった違法な人体実験を行っているであろう施設の偵察、可能であれば制圧であった。

 

 無論、通常であれば、一人で向かう類の任務ではない。

 

 だが、それでもノバラ一人が任務に当たっていたのは、それだけ緊急性があると認められた案件であり、そして同時に、ノバラ以外は邪魔になるというDA札幌支部の判断であった。

 

「指定位置に到着。指示を求む」

 

 一番近い道路から山の中に入り、慎重に歩いてきたノバラの足で一時間ほどだろうか。山林の中にあって、ノバラは本当にこんなところに?という思いが強かった。何せ国立公園の中である。真っ当に研究施設が建てられるとは正直思えなかった。

 仮に作ることができたとしても、まともな研究ができる気がしない。携帯の電波も普通には繋がらず、ノバラもわざわざクソ重たい暗号通信用の衛星携帯電話を持たされてDA札幌支部と連絡を取っているくらいだ。

 

(いや・・・?戦時中に作ったものを利用した・・・?でも、こんなところに・・・?)

 

 戦時中であれば、何か秘密裏に研究するために施設を作った、というのはあり得そうな話ではあるが、それにしてももっといい場所がありそうなものである。

 

『入口は自然物に偽装されているはずだ。よく探せ』

 

(簡単に言ってくれるなぁ!まったく!)

 

 大体にして、人を送り込むなら事前調査をやっておくのが普通ではないのか。何故、現地で一人寂しく探索せにゃならんのだ、とノバラは不満たらたらだった。

 だが一方で事前調査などやりようがなかったのだろうな、とも思う。

 通常であれば、インターネットやら何やらを経由して特定するのだろうが、この周辺でそういった通信の形跡は確認できていない。何なら無線レベルの通信装置があるかすら怪しい。

 辛うじて分かっているのは月に数回、この近辺に人が出入りしている形跡があるということくらい。そして、これも研究者などではなさそうであった。

 

 手元にある情報が少なすぎる。

 施設規模も分からなければ、人員もどれだけいるか分からない。持ち込まれる物資の量から極少数であることは予想されるが、それだって当てにできるか分からない。

 

 しかし、こういった事前情報のない任務に当たっては、ノバラは極めて優秀だったと言えよう。

 

 その隠密性故に相手に発見され辛く、ノバラの体術と体格であればほとんどの場所に潜り込める。そして、自分で情報収集を行って、必要であれば、自分で判断し、始末をつけることができる。ノバラが幼くてしてファーストとなったのは戦闘能力よりもむしろそういった有益性を見込まれてのことであった。

 

(・・・これか?)

 

 大樹の根本の辺りが不自然に膨らんでおり、よく見れば、人の歩いていた跡が雑に消されている。それもかなり新しいようだ。

 

(周辺警備は雑そうだ・・・監視カメラなんかもなさそうだし)

 

 きっと、こんなところに誰も来ねぇよ、という油断・・・いや、無駄なコストが掛かるという節約意識かもしれない。

 

「入口らしき物を発見。これから潜入を試みる。装備関係は必要最低限以外、隠匿して置いていく。連絡はしばらく取れない」

『了解した。要保護対象者がいる可能性もある。その場合は、要保護対象者の身の安全を最優先に』

 

 偵察、可能なら制圧じゃなかったのか、さらに救助が加わるとか、難易度高すぎる、聞いてねぇ、とノバラは若干イラっとした。

 

「はぁ・・・?ここで保護したって、どうやって下山させろと・・・」

 

 まぁ、オペレーター君は命令で言わされているのであって、他意がないのは分かっているが、文句くらいは聞いてもらわなければ、ノバラの憤懣のぶつけどころがない。

 

『上からの命令だ、影狼(shadow wolf)

 

 命令と強く言われてしまえば、ノバラがそれ以上反論することも難しい。

 

「はいは~い・・・出資者様には逆らえませんからねー。可能な限り頑張りますよー」

 

 やる気があるのないのかわからないノバラの声を聞きながら、オペレーターは苦笑した様子を見せる。

 

『武運を祈る』

 

 そう言って、オペレーターの声は途切れた。

 

 やれやれとノバラは首を竦めながら、登山用のリュックなどの一式を盛り上がった土の陰に置いて、カモフラージュ用のネットで覆う。

 

 そして腰に短刀を一本ぶら下げ、ナイフなどの暗器を服にしこみつつ、念のため、太ももには専用ベルトで、ベレッタを吊り下げた。

 

「さてさて、碌な場所じゃないのは分かり切ってるけど、行きますかね」

 

 消し残しと思われる足跡の付近を探ると木の根のように偽装された取っ手を見つける。変なところだけ妙に手が込んでいた。

 

(鍵・・・なし。警報の類・・・なし。トラップも・・・なし?え、マジ?ザルすぎじゃね?)

 

 人工物があるのは間違いないのだが、何ともおそまつな具合だ。ノバラは逆に盛大な罠かもしれないと疑う程だった。

 

 グッと蓋を開けると下には梯子が続いている。見る限り電灯が点いている様子もないので、ノバラは仕方なく、ライトで一瞬だけ照らし、着地地点が見えることだけ確認すると、蓋を閉めつつ飛び降りる。

 

 ト、トンという着地の音の反響具合から、ノバラは思っていたよりも広い空間であったことに気づく。

 

 入ってきたところからは5、6メートルといったところか。

 

 人の気配がないことを確認すると、ノバラは周りを確認するためにライトを点ける。左右に広がっている床は驚いたことにコンクリートでできていた。道幅は大人二人でも十分すれ違うことができる程度の広さはある。

 

(・・・足跡は・・・直近で二つ。その少し前に三つくらい)

 

 薄っすらと砂ぼこりが積もっている様子からあまり頻繁に人の出入りはないのだろうが、どうやら下へと下っていく方に足跡が続いている。

 

(・・・しかし、この新しい足跡二つ・・・デカいな。少なくとも研究者ではない・・・規則正しい歩幅に、おそらくコンバットブーツ。・・・軍人か、その類だろうけど)

 

 何ともきな臭いなぁ、とノバラは先を急ぐ。

 

 下へと続く道は大きく螺旋を描いているようであり、単なる研究施設としては大分大がかりに思えた。

 

 やはり、戦時中の軍事施設を流用したものと思われた。

 

 入口から手探りで進みながら十分程だろうか。薄っすらと明かりが見えた。

 

(・・・揺らぎがないから、たいまつとかランプではないみたいね。電気は来ているのか・・・)

 

 ここまでは監視カメラの類も設置されている様子もなかったが、そこから先はあるかもしれないと思って動いた方が良さそうだ、とノバラは気配を消しながら進む。

 そっと明かりの元を確認しようとすると、ノバラは違和感に気づく。

 

(・・・焦げ臭い?いや、これは!?)

 

「・・・That's f*cking crazy(正気かよ)・・・」

 

 ノバラが目にしたのは、爆発物で吹き飛ばされた入口の跡であった。

 

 地下で爆発物を使用するなど随分と乱暴だ。先行した何者かは少なくともスマートに事を運ぶという考えはなさそうだ。

 

(しかし、これは一足遅かったか・・・)

 

 どうも無駄足になりそうだ、とノバラはため息とつく。

 爆破されたのは結構前だろう。既に熱を感じない様子からも一両日は経過しているように思える。これだけ強引に押し入ったのであれば、さっさと撤収しそうなものである。

 

(・・・ん?でも、新しい足跡で外に向かったものはなかった・・・もしかして・・・まだ中にいる?)

 

 ノバラは警戒の度合いを一段階上げる。

 

 爆発の跡を見た段階では、証拠隠滅を急いだのだろう、とノバラは思っていたが、ここで別の可能性も出てきた。

 時間をかけて内部を確認しているということは、研究結果の強奪の目的の可能性もある。だとすれば、この問題となっている研究組織とはまた別の組織が関わっているかもしれないのだ。

 

(あ~・・・帰りた~い・・・!)

 

 絶対、碌なことにならんわ、コレ、と思いつつも、先に進んでしまうのは、職業病かもしれない。ノバラは帰還したらメンタルヘルスを受けることを決意する。リコリスにそんな制度あるのか分からないが。

 

 ノバラは手前の部屋から一つ一つ中を確認していく。相手は少なくとも軍人っぽいのが二人。中にも協力者がいる可能性もあることを踏まえれば、バックアタックとか洒落にならない。

 

(それにしても・・・)

 

 ノバラは部屋を確認する度に何とも言えない気持ち悪さを感じていた。

 

 研究施設というのは良い意味でも悪い意味でもきちんとした目的がある。そして、目的を達成するために効率的に作られている・・・はずだ。

 だが、この施設からはそういった意図が上手く読み取れない。

 乱雑に荷物が放り込まれている部屋があれば、妙に綺麗に何もない部屋がある。かと思うと、雑に拭き取られた血糊が残っている部屋があり、薬品が陳列された部屋がある。

 少なくともまともな神経をした者が管理していないであろうことを思わせる。

 

(なるほど・・・違法な人体実験ね・・・ありそうだわ)

 

 正直、ノバラは違法な人体実験なんて今どき?という思いがあった。人体実験よりもむしろ、薬中SM監禁ロリペド変態趣味の秘密基地とか、胸糞は胸糞でもまだ見れる類のモノの方があり得そうだと思っていたのだが、実物を見て考えを改めた。

 

 中に進む程に濃くなる血の匂いと・・・甘ったるくすら感じる腐臭。

 

(あ~・・・この部屋・・・入るのヤだな~・・・)

 

 扉を開ける前から嫌な予感しかしない。

 

 だが、入らない訳にもいかないので、そっと気配を消して扉を開ける。

 

 ぴちゃ・・・くちゃ、くちゃ・・・。

 

 何かを咀嚼するような音と生物の息遣い。

 

(わ~い・・・思ったとおり、碌なことな~い・・・)

 

 ノバラの目にはまだよく見えていないが、明らかに肉片らしい何かを喰っている音がする。

 

「ぐるるるっ・・・」

 

 暗闇に光が二つともる。ナニかが振り返ったのだと分かった。

 わずかに漂っていた獣臭から、人間ではないな、と思っていたものの、振り向いたソレは、ノバラの想像以上にでかかった。

 

「・・・いんぬぅ!?」

 

 メチャデカい犬だった。どれくらいデカいかと言うと、警戒して、中腰気味になっていたノバラと平行して目が合うのだ。体高で1メートル以上ある。

 見た目こそマスティフっぽいが、犬よりヒグマに似ているくらいである。隆々とした体を震わせ、口からボタボタと涎を垂らす様は、ノバラを活きのいいエサと認識したようだ。

 

「え~・・・何食べたら、そんなでっかくなんの?」

 

 だが、犬と分かったノバラはのほほんとしていた。犬の背後は見なかったことにして。

 仮にこれがヒグマでもライオンでもノバラの反応は変わらなかったかもしれない。見た目にはビビったが。

 

「ガァァッッ!・・・ギャン!?」

 

 ノバラの喉笛に噛みつこうと飛び掛かったその犬は、顎下をノバラに強かに打ち据えられる。そして、着地しようとして失敗した。

 左前脚がずるりとズレた。

 

「ん~・・・思ったより硬いなぁ・・・ワン公」

 

 襲ってこないのだったら、放置するつもりだったノバラだが、敵対した限り、ソレは殺すべき生き物だと認識した。それ故にノバラは左手で顎を打ち上げるのと同時、右手で抜いた短刀を目にも見えない速度で振るい、左前脚を斬ったのだ。

 ノバラがギロリと犬を射竦めると、残りの足をふるふると震わせている。

 

 野生でも、飼われているのでも、訓練されたのでもない、自らの力に驕った犬。

 野生であれば、ノバラには構わなかっただろう。飼われていたのであれば、愛想を振ったかもしれない。訓練されたのであれば、足を斬られた程度では向かってくるのが当然だ。そのどれでもないこの犬はあまりに中途半端だった。経験も教育も知性も忠誠心もない害獣だった。

 

「クゥゥ・・・キュゥゥ・・・」

「うるさい」

 

 怯えている様子の犬をノバラは冷たい目で見ると、一刀で首を切り落とした。

 ずしゃり、と犬の体が崩れ落ち、地面には血だまりができる。

 ノバラは短刀を軽く振るって、血を切り、懐紙で刃を拭くと納刀する。

 

「・・・まったく動物の癖に実力差もわからないとは・・・」

 

 ノバラ自身、犬が嫌いではないだけに、無駄に殺させられたことは気に入らなかった。この犬はおそらく実験動物だったのだろうが、まともな躾もされていなかったから、敵も味方も無関係もの関係なしに襲ってくるようになっていた。極度の飢餓状態ならまだしも、ノバラが入ったときには食事をしていた。だと言うのに、狩りでも楽しむかのように襲ってきたのだ。危なっかしくて生かしておく訳にいかない。

 ノバラは犬の死体を観察する。斬った感触からも分かっていたが、筋肉、骨といったものが異常と言っていいほど発達している。これが副産物とするなら、おそらく対象は人間なのであろうが・・・。

 

(う~ん・・・プロテインと筋トレではいかんのかねぇ・・・)

 

 ダメなんだろうなぁ、とノバラも考える。

 

 ノバラ自身、同年代と比べれば、ちょっと異常なくらいには鍛えているし、必要なたんぱく質は確実に摂取している。だが、それが、ちゃんと筋肉(あるいは身長とか胸)の成長に繋がっているからと問われればそうでもない。

 

 しかし、これが違法薬物などを使ってやるほどの研究かと考えれば、どう考えてもそれほどのものではない。おそらく他にも何かあるのだろうと推察された。

 

 そうやってちょっと現実から目を離しつつ、ノバラは覚悟を決めて部屋の中をゆっくりと見た。

 

 犬っころが何か食べている様子から頭の片隅にはあったが、そこに散らばっているのは死体だった。全てが見えている訳ではないが、相当の量だ。奥の方では積み重ねられているし、何なら白骨化しているようなものも見える。犬っころが口にしていたのはどうも少女のはらわたらしかった。上半身の半ばから引きちぎれ、頭は半ば潰れている。よく見れば、死体のほとんどは少年少女に見えるし、その死体はまるでひき殺されたようにひしゃげ、潰れ、はじけ飛んでいた。でろんと飛びした腸やもはや何だっかすらよくわからない臓器がも落ちている。頭が潰れた死体からは割れた頭だけでなく、耳や鼻からも脳漿が飛びてている。

 

「・・・うぷっ」

 

 さすがのノバラも気持ちの悪さにえずくが、喉の奥から上がってくる酸っぱいものは何とか飲み込んだ。

 そして、この惨状、さっきの犬っころとも思ったが、どうも違うようだ。研究室内のどこからか、この襲撃で逃げきて、腹ごなしをしていたのだろう。

 

(これで、軍人っぽいの二人のほかに、化け物並みの膂力を持っているヤツがいることを想定しなきゃならないなー・・・うぇ~)

 

 ノバラのテンションはダダ下がりだった。

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