Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
デイジーの想定と予測はノバラの想像の域を超えていた。
さしものノバラも情報量が多すぎて、整理し切れない。
「……司令、この想定の精度は?」
まずは、大前提。
あり得ない想定をしているのであれば、この予測自体が無意味である。
「半年以内にアレと同程度のテロが起こる可能性は、ラジアータを含め、DA内で可能なシミュレーションは全て行っている。全てで同様の結論に至っている。まず、間違いなく起こる」
でしょうね、とノバラは考えた。
連続治安世界一位は、薄氷の上だ。
これまで本当の凶悪犯罪だのテロだのは未然に潰してきていたが、ちょっとでも穴ができたら、その氷の上に立っているのは難しい。
……そして、既に穴は空けられた。
それでも、そのリコイルに半年耐えられる可能性があるというのは、我が国の機関いや暗部の優秀さ故か。
「……すみれのことは?」
ノバラにとって、言ってしまえば、リコリスの仕事は仕事以上の意味がない。リコリスの中にはDAという親への感謝と恩返しをと考えている者は少なくないし、過激な者では、「一死報国、七生報国」などと宣う者もいる。一方で、ノバラはDA自体に対しての愛着は大してない。精々で、すみれ、楓司令、川辺医師、あとは幾人かの同僚や先生と、離れてはいるが姉と呼べる人のため、というところか。凶悪犯罪の未然防止などには興味もないのである。いわば家業を行っている身内が困っているから自分もやらなきゃ、と思っているだけで、やらなくていいと言われれば進んではやらないだろう。
リコリスという立場に誇りもなければ、こだわりもないし、執着もないし、未練もない。
翻って仲間、身内のこととなると話は別だ。
リコリスとしての立場故の関わりだと言っても、家族以上の繋がりがある。人を殺すことに躊躇はないが、身内を見捨てることはできない。
そういった意味で、ノバラは致命的と言っていいほど、リコリスには向いていなかった。
今も、顔にこそ出さないが、すみれの損耗予測には相当動揺している。
「満期まで持たないということはお前も承知しているだろう?」
『満期』などと、まるで受刑者に対する言い方のようだが、要は女子高生というカヴァーを演じられる限界年齢(一応は一八歳ということになっている)のことだ。それまで勝手に抜けさせない、という皮肉も含めてのことだろうが。
しかし、負担の少ない通常任務で1年と少し、今回のような少数での強襲などを行う特殊任務が続けば、三か月も持たないという。
すみれはその『病状』から、長くは生きられないとは承知していたが。それでも。
「……早すぎる」
そう思わざるを得ない。
しかし、これには様々な事情が絡み合っているので、あまり文句も言えないのだ。
「ここ最近は投薬量も増えている。かと言って、遊ばせておくわけにもいかん。満期前に処分されかねん」
DAは決して慈善団体ではない。
現状、伊達すみれの単体戦闘能力は群を抜いており、彼女なしで実行できない作戦もままあるのだ。しかし、それはすみれが仕事をするという前提の話。費用対効果が割に合わなくなれば、リコリス一人に愛着などない上層部が切り捨ててくることは容易に想像がつく。
楓司令が現状風よけになってくれているおかげで、すみれにかかっている多額の医療費などには片目を瞑ってもらっている状態である。
デイジーの予測は、作戦遂行しつつ、すみれの延命を図るものでもあるため、計算上の制限を受けているのだろう。そのため、あくまでリコリスとしての活動として計算したものであるからして。
「……それでも保障は、一八歳まで、ですか」
その先は保障できない、ということだ。
その事実に目の前が暗くなる。
「まだ、三年弱はある。それまでに、あるいは……」
あるいは治療法がみつかるかもしれない。
そうであればこの『ペナルティ』を受けないわけにはいかないだろう。
……ノバラの腹は決まった。
「最上ノバラ、DA本部直轄支部喫茶リコリコへの出向の任、拝命いたします」
エクストラ用の翡翠色のリコリス制服には同系色のベレー帽が付属している。ノバラは室内であっても、そのままの恰好であったことから、礼をするのではなく、カツッと踵を揃え、揃えた右手の指先がこめかみの辺りにくるように腕を上げる。
少女には似合わない敬礼らしい敬礼だった。
「結構。すみれには私から告知しておこう。だが、さすがに特殊作戦群の任務をゼロにもできん。あっちでも動いてもらうことはある。ま、お前たちに命令できるのは、指揮系統上私だからな。しばらくは私もそっちに付き合うさ」
答礼と言うにはそぐわない楓司令のひらひらと振られた手に、ノバラは元の姿勢に戻りながら、『あの人』を思い浮かべる。
自分の姉のような人。周りを思い切り振り回し、誰もかれもを笑顔にする人力の台風のような少女。
「……東京は久しぶりですね」
「お前はリコリスにしては、色々出かけているだろうが」
「任務ばっかりじゃないですか。休暇みたいなもので行けたのは延空木事件の前の年くらいですよ」
前に会ったときは元気そうにしていた。
……今回、『心臓』の問題もある程度は片付いたと聞いている。
元気なら、今回『も』散々振り回してくれるだろう。
それが怖くもあり、楽しくもあり、嬉しくもあった。
肩を並べていた同僚が次の瞬間には二目と見れない姿になっていることもある業界だ。ましてやかつてのルームメイトとして生き残っているのは……すみれを除けば、あの人、「錦木千束」くらいのものだ。
「……ふっ。深刻そうな顔をしていたのに、あっと言う間に楽しそうにしているな」
「何ででしょうね? あの人のところ行けば、何とかなる。そんな気にさせてくれる人でしょう? だからじゃないですか」
『英雄』と呼ぶ人もいる。
だが、ノバラにとって、最もしっくりくるのは『姉』。
ノバラの中で、数少ない身内の一人。
「なるほどな。そうか、アレはお前の『姉』か」
「そうですね。私が『姉』と認める人です」
『姉』と言っても、結構ずぼらなところとかあるし、手もかかるし。
こっちの事情とか、悩みごととが全部吹き飛ばしてしまうほどのまさに人型のハリケーンでもある。
それでいて、自分に信念を持っているから、『心』がとても強い。
だからだろうか。そこにいるだけで、人を安心させてくれるのは。
「まぁ、なら、せいぜい甘えてくるといい」
「ええ。是非にそのようにしてきますよ」
……いずれにしろ、わずかな時間でも余裕ができたのは、僥倖である。
「ありがとう、デイジー」
ノバラの言葉にデイジーのアバターはちょっとソッポ向いた後、こちらの方をちらちら見ながら、頬を赤く染めている。
『まぁぁぁったく、もっと感謝してくもいいんですよぉ? 私の演算能力は本来そういうことに使うんじゃないんですからね? ……って言うか、お姉さまたちが何も言わないから見逃されているだけで、見つかったら、仙台支部まとめて処分案件ですからね?』
「……まぁ、そうだな。頭のお堅い連中であれば、背信行為だとか言い出しかねんし」
ケケケと意地悪そうに笑う楓司令にノバラは苦笑しながらも、感謝の言葉を口にする。
「……司令にも感謝していますよ」
「なに、お前たちは私の娘のようなものだ。できる範囲でできることはやってやるさ」
そうだろう? と楓司令は、私とデイジーに目を向ける。ノバラはそれに笑顔を返すが、調子に乗った様子のデイジーは……
『そうですそうです。ノバラは私の『お母さんの一人』なんですから。もっと私を頼ってもいいのよ?』
何だか、盛大に鼻が長くなってそうなので、とりあえずへし折っておくにした。
「いや、デイジーには色々言いたいことはあるんだけどね?」
人のことを『ちびっこひんぬー』などとぬかした恨みは忘れてないわよ。
『何でですかぁ!』
口は禍の元。最上ノバラは意外に心が狭いのである。例え相手がAIでも。